今日もハレルヤ!

水木レナ

第1話 アタシはアザミです

 アザミは困っていた。


 日本舞踊のお師匠にピシピシしごかれ、お稽古場を飛び出してきたばかりである。


 暮れなずむ夕日の町に、ひとりたたずむアザミの姿があった。



 顔を持ち上げると、そこに日本家屋の門がまえ。



「いい枝ぶりの松……です」



 首でもくくる気か。


 そんなことをされた日には、この家の家主が外聞悪くて噴飯ふんぱんものだ。


 若いみそらで――と、言っても十八になっても縁づかない町人の娘だが――帯でも解いてぶら下がりそうで怖い。



 そこへ伊達男、登場。



「あなた、前髪が乱れてますよ」


「まあ、恥ずかしいです。早く、帰らなくちゃ」


「お稽古を抜け出してきたんでしょう。時間をつぶさないといけないのでは?」



 アザミは顔を見た。


 どうして、この男、そのことを知って……?


 アザミはこの男に見覚えがあった。



 三味線を持っている。


 着流し姿はいなせである。


 商家の道楽息子だ。



 アザミにはあなた、などと猫を被って話しかけてくるが、双子の妹のタンポポに対しては取り繕おうともしない。


 タンポポが、この男を親分などと言って慕っているため、邪険にできない。



「甘味でもどうですか」



 今、それどころじゃない。



「妹のタンポポを誘われては? 喜ぶと思いますよ」


「私が喜ばせたいのは妹さんじゃない。アザミさん、あなただ」



 女ならば甘味を喜ぶはずだと思いこんでいる。そんな浅葱あさぎ誠也せいやが、アザミは大っ嫌いだった。




「アタシなら平気です」


「強がりですね」



 すぐさま決めつける。この男のこんなところが嫌だった。



「アザミさんは、バカみたいに真っ正直だから放ってはおけない」


「バ、バカとは何ですかっ」


「私は、いつもと違う時間帯にあなたをお見かけした。だから不思議に思って話しかけたら、何の脈絡もなく”平気”とおっしゃった。ということは……何かあったのでしょう?」



 その瞳は気遣わしそうだ。


 アザミは一気にほだされた。


 茶屋の三色だんごを前に愚痴り始めた……。



 主に師匠への不満が爆発した。


 あとからあとから、次から次へと。


 だんごなんて、食べている場合ではなかった。



 食べている場合ではなかったけれど、甘味は好物だから食べはした。


 おいしいものを食べていると、怒りも興奮も、口惜しさもほどけてゆく。


 ヤケ食いも、たまには良いものだと思えた。



「ンぐ、のどが……つっかえて……」


「大丈夫、ここのお茶、ぬるいですから、飲んで!」


「ふぅー、ありがと。おいしかったわ。ごちそうさま」





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