終焉のモンストルム

雨音雪兎

第1話 終焉の霧

 安寧に続くと思われた平和な時代は一晩の内に崩壊した。


 “霧の怪物モンストルム”。一晩で世界を崩壊させた元凶である。名前通り霧から誕生した異形の生物だ。それらは世界各地に姿を現して破壊行動を始めた。標的となったのは人間以外にも動物や建物など、手当たり次第といったところだ。人類も指を咥えて危機が去るのを待つはずもなく、各国の軍隊を結集して反攻に転じた。


 無数の戦闘機が空を飛行し、無数の戦車が地上を走る。武装した兵士が編隊を組んで進行していく。その数は確認されている霧の怪物を遥かに上回るものだ。だからこそ戦場へ出兵する軍人も、それを見送る者たちも人類の勝利を疑わなかった。


 その結果は惨敗だった。自信を持って投入した近代兵器の数々が霧の怪物に通用しなかったのだ。そうなれば人類に反抗する術はない。霧の怪物による一方的な蹂躙だ。都市機能は麻痺に追い込まれ、各国が孤立する形で分断されていく。命からがら逃れてきた人たちは身を寄せながら人類滅亡の時を静かに待つことしかできなかった。


 絶望に打ちひしがれた人類に光明が差す。それらは世界各地に姿を現すと、卓越した身体能力と異能を操って霧の怪物を倒したのである。彼ら彼女らがどこから来てどのように卓越した力を得たのかは分からないが、それでも絶望の淵にあった人類にとってはまさしく希望の光に映ったことだろう。


 事実、各国の軍隊が手足も出なかった霧の怪物を一方的に討伐していく光景から人類が再び平和な時代を手にするのは時間の問題だと囁かれた。


 後に“霧奏者”と呼ばれる彼ら彼女らはその両肩に人類の期待を背負う。しかし、人類の期待とは裏腹に霧の怪物との戦争は長期化の一途を辿る。


 要因の一つは増殖力。いくら倒したところですぐさま新たな霧の怪物が誕生して失った戦力を補ってしまう。人類側からすればじり貧状態である。


 もう一つの要因は霧の怪物の中にもリーダ各と呼ばれる上位種が出現したことだ。部下となる下位種の霧の怪物を率いて進行作戦を仕掛ける姿はさがなら軍隊の指揮官そのものである。手当たり次第に破壊してきた霧の怪物に知性が芽生えたことで霧奏者からも犠牲者が出始めた。


 同胞の犠牲者リストが纏められた報告書に目を通した霧奏者の総司令官は報告書を握り潰した。


「これで犠牲者は百人にのぼったか……」


 知性に芽生えた霧の怪物が確認されてから犠牲者が日に日に増加していた。その数は人類で換算すれば微々たるものだが、数少ない霧奏者としては多大である。このまま犠牲者が増加するようならば戦線を下げる必要が迫られる程に戦況は人類側に不利だった。


「無限に等しい増殖力。知性に目覚めた上位種の出現。……だが一番の問題は圧倒的な物量の差か」


 座る椅子を反転させながら現在に置かれている問題を一つ一つ挙げていく。


 戦場に置いて数に勝る力は他にない。技術が発展して強力な兵器が開発されても、それを操作する人間がいなければ意味がない。まして現況は戦争の主力だった近代兵器が全て役に立たない状態だ。その役割を担うのが霧奏者だが、その数にも限りはある。超人的な力を得たといっても本質は人間と何一つ変わらない。


「我々に変わる力が必要だ。霧奏者がいなくなっても霧の怪物と渡り合える新たな力が……」


 終わりの見えない霧の怪物との戦争を憂いながら総司令官は新たな戦力の開発に着手するのだった。


 それから五百年の月日が流れた現代でも人類と霧の怪物との戦争は続いていた。

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