第3話 落日
…長引くミココロ会議に飽きたのか、5歳のヒロは「キャハハ~ !! 」と1人ではしゃぎながら境内を駆けずり回っています。
「……………!」
「とにかく、もう結論を出しましょう…! 」
「そうね…」
何しろ本堂前にて立ち話での会議なので、フミはそろそろ膝が痛くなる心配も出て来ました。
「…だけど、よく考えてみたらさぁ、そもそもこんなガラスケースの値段を住職さんが正確に把握してるだろうか?」
なぜかふっ、とそんな考えが浮かんで僕はそう言いました。
「…言われてみれば、確かにそうねぇ! …いちいち境内の備品の金額なんて頭に入ってないわよ、たぶん!」
叔母さんがあいづちを打つように応えました。
「だから金額を言わない、いえ、言えないんだわ!」
「正確な金額を知らないのに、いくらです!って言ったら、ある意味僕たちを騙すようなことになるからね…」
「それで "御心" って話にせざるを得ないんだ…」
「それじゃあ最初から金額の正解は無かったってことですよね !? 」
「…何だかなぁ…」
…僕たちはそこで初めて、真剣さが表情から消えて苦笑いを浮かべたのでした。
「分かった!…じゃあもういい加減ミココロ会議は終わりにしよう!」
フミはついにそう言うと、自分の財布から一万円札を二枚取り出してマサヨちゃんに手渡しました。
「これ、住職さんに渡して来てちょうだい!ガラスケースのお詫びですって言ってね、あと、割れたガラスの片付けにホウキとちり取りも有ったら借りて来てくれる?」
「はいっ!」
マサヨちゃんが応えてまた社務所へ走って行きました。
「…やれやれ、とんだミココロ騒ぎになっちゃったわねぇ…」
「全くねぇ…!」
フミと叔母さんが苦笑して愚痴っていると、間もなくマサヨちゃんが戻って来ました。
「 "御心" 、渡して来ました。…割れたガラスの片付けはお寺の方でするそうなので大丈夫だそうです。触ってケガしたりしないようにって、かえって気を遣って頂きました」
マサヨちゃんの報告に、フミは頷き、
「よし、じゃあもうそろそろ陽も陰って寒くなって来たから帰ろう!」
と言いました。
「ヒロ~!帰るよ~っ !! 」
マキが少し離れた場所で境内の玉砂利をいじくってた甥っ子に叫びました。
…しかしその時、突然僕は今さらながらハッ !! と気づいたのです。
「あれっ?親父はどうした !? 」
僕が叫ぶと、みんなもハッ! として本堂の石段に座ってうずくまっていたサダジに視線を集めました。
…サダジは相変わらず酩酊状態で頭から血を流しながら赤い顔でヘラヘラ薄ら笑いを浮かべていました。
みんなの視線が自分に向いてるのに気付くと、立ち上がりながら言いました。
「何?…決まったの?ミココロ…」
そして額のハンカチを取ると、傷口から小さくピッ! と血が吹きました。
「お父さん…全く…」
フミは再びため息をついて呟きました。
するとその時、マサヨちゃんが、
「あっ、そうだ!私、バッグの中に絆創膏があります!」
と言いました。
「じゃあそれを貼り付けて帰ろう!…何だかちょっと寒くなって来たわ」
フミがそう言って、結局サダジは額に絆創膏を重ね貼りされ、僕たちは善養寺を後にしました。
みんなで車に乗り、江戸川の土手道を走って帰路につくと、善養寺のはるか向こうに傾きかけた夕日がまぶしく東京の下町の家並みを照らしていました。
サダジのケガについても、
(まぁ、のんきにヘラヘラしてたくらいだから、大丈夫なんだろうな…)
とその後は誰も話題にしませんでした…。
菊とミココロ
完
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