菊とミココロ
森緒 源
第1話 菊花展
…その頃はまだ叔父さんも叔母さんも元気で、東京江戸川区の小岩というところで燃料店をやっていました。
この二人には子供がいなかったので、休日などに僕が顔を出すととても喜んでくれて、だから僕にとっても居心地の良い家でしたね。
詳しく言うと、叔母さんは「ナカ」と言う名前で、僕の母親の妹。
叔父さんは「キヨシ」と言う名前で、この江戸川区小岩の地元の人でした。叔母さんが「この人は江戸っ子のはじっこ」ってよく笑いながら言ってました。
その頃の僕の家族身内は、既に隠居していた母親フミと父親サダジ、僕と妻マキ、そして弟ユージと奥さんのマサヨとその息子ヒロ(5歳) の3家族が同じ松戸市内にそれぞれ家庭を持って暮らしていました。
…ある秋の休日に僕のところに母親フミから電話が来て、
「小岩の妹のところにちょっと用があってユージ一家と行きたいからお前、車を運転して連れてってくれないか?…お父さんもユージも休みの日だってんで朝からビール飲んじゃったんだよ!」
とのこと。
…結局、僕ら一家3家族はユージのワンボックス車(8人乗り) で小岩に向かいました。
「…小岩の二人も朝からビール飲んで良い気分になってるみたいだったから、たぶん今日は私らと一緒に楽しくやりたいんだよ」
ハンドルを握る僕の後席で母親フミがそんなことを言ううちに、松戸と小岩は近い距離、なので30分足らずで車は叔母さんの家に着きました。
「こんちは~!叔父さん叔母さん、みんな揃って来たよ~ !! 」
…僕が玄関口でそう言うと、
「おう、良く来たね~!上がって上がって !! 」
と叔母さんが出て来て言いました。
…その後、叔母さんの家の居間で叔父さんと父親サダジと弟ユージはお酒を飲みながら歓談し、他のメンバーは叔母さんと近況報告やら世間話をして寛ぎ、一緒に楽しい時間を過ごしました。
…昼に出前の寿司など頼んでお腹を満たし、一息ついてお茶など飲んでいると、叔母さんが僕と母親フミに言いました。
「姉ちゃんたちは今日、ワンボックス車で来てるんでしょ?…私さぁ、連れてってほしい所があるんだけど…」
僕は母親フミの顔が頷くのを見て、
「うん、いいよ!…何処に行きたいの?」
と応えると、
「東小岩の善養寺で、今ちょうど菊花展をやっててね!…綺麗だって言うから見に行きたいんだよ」
叔母さんが言いました。
…という訳で、
「俺らは菊の花は特に興味無いから留守番してるよ」
と言う叔父さんと弟ユージを残して、その他7人は車に乗って菊花展の善養寺に向かいました。
父親サダジも朝から飲んでいたので留守番組かと思いきや、わりとイベントや祭りなどに好奇心をひかれる男で興味本位に菊花展組へ付いて来たのでした。
善養寺 (小岩不動尊) は江戸川べりの土手下にあり、本堂脇の境内には四方に広がる枝振りが見事な樹齢600年の一本松「影向(ようごう)の松」があり、東京都指定の天然記念物になっています。
…移動時間10分ほどで、僕たちはお寺に着きました。
みんなゾロゾロと車から降りると、秋晴れの空の下、今さらながら「ん~っ !! 」と唸って伸びなどして境内に足を入れました。
僕が初めて訪れた本堂脇の「影向の松」は実際に枝ぶりが大きく広がる荘厳な大樹で、あの有名な「この~木何の木気になる木~」に似た名木でした。
…お寺の敷地内をブラブラ行くと、本堂から少し離れた境内の片隅には見事に手入れされた鉢植えの一輪菊がずらずらと何十本も並んで展示されていました。
まっすぐ伸びる茎の周りは針金などで巧みに補正や補強などの工夫がされ、花の見事さによって「優秀賞」「奨励賞」「特別賞」などの札が着けられていました。
さほど菊花などに僕は興味がある訳でも無かったのですが、しみじみ見ると出展した人々の丹精込めた努力や愛情などがそこはかとなく感じられ、気付けばけっこう時間を忘れて見入っていました。
「おじちゃん!」
…菊花に気を取られている中、突然後ろから声をかけられて振り返ると、そこには甥っ子ヒロ(5歳) が立っていました。
「あのね、爺ちゃんがね、顔真っ赤だよ!」
ヒロが僕にそう言うので、
「そりゃあ朝からずっと酒飲んでるからだよ!…気にするな」
と答えました。ヒロはあっさり、
「わかった」
と言って本堂の方へ帰って行きました。
僕はしかし、まさかこの時に大変な事件が起きていようとは全く思ってもいなかったのです!…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます