第27話 酒だ飲めや歌え 2
「そう、あなたも苦労してたのね」
うわ、なんかすごい同情されてる。よくわかんないけど申し訳ない気持ちになるな。ほんとなに、滅びでもしたのその街。
「ほら、メリッサ。一番美味しいところよ食べなさいな」
リタが、大型犬くらいはある巨大トカゲの丸焼きのしっぽ部分の根元を取り分けてくれた。え、ていうかトカゲ? まじ。
いや、まあ、うん、視界には入っていたよ。あれだけでかいトカゲの丸焼きがテーブルに真ん中にメインの料理のように置いてあれば誰だって気づくよ。でも心の奥でどこかで無かったことにしようとしていた。だってなんか怖いじゃん。
「あら、どうしたの? 食べないの?」
「いえ、トカゲを食べるのは初めてでして」
たしかにここ数日でトカゲが市場で売られているのは見ていた。しかし、日本で暮らしている一般の人ならば、トカゲを食べた経験のある奴はかなりの少数派だろうし、やっぱり大半の日本人が爬虫類を食べることに多少なりとも抵抗があるだろう。
「チェパロも食べたことないなんて……」
「食べたことあったーーーー」
「なに、急に大声を出さないでくださる。驚くじゃない」
「すみません。たった今、衝撃の事実にを知ってしまったもので」
まじか、アナスタシアと食べたチェパロの串焼きはトカゲの肉だったのか。こんなドッキリを仕込んでくるなんてやるな異世界。いや、でもたしかにあの串焼きは美味かった。なんなら、あの後一人でも買いました。はい。
「なんだか騒がしい人ねあなた。とにかく冷めないうち召し上がったら」
「はい、いただきます」
目の前の尻尾に向き合う。いくら食べたことがってもこういうふうに形がはっきりしていると、やっぱり精神的なハードルがある。でもここで立ち止まっても後には引けない。
尻尾肉の塊にナイフをいれる。思っていたよりも全然柔らかい。簡単に一口分切り取ることができた。
よっしゃ、行ってやる。こうなりゃヤケだ。フォークに刺したチェパロの肉をいっきに口に放り込んだ。
「うま」
思わず小さく感嘆の声が出てしまった
えっ、なにこれうま、うますぎる。くちに入れた瞬間に舌の上でとろける油。それでいてしつこすぎず、噛むたびに溢れる旨みはもはや味覚の暴力。串焼きで食べたときよりも明らかに美味い。
むかし、新入社員だった頃に会社の上司に連れて行ってもらった少年漫画のタイトルみたいな名前の焼肉屋さんで食べた肉と張れるぐらいうまい。
「これ、すごく、美味しいです」
「そう、気に入ったのならよかったわ」
それにしてもこれはビールが欲しくなる味だ。来た時に持ってきたもらったお酒が麦酒とか言ってたけど、たとえ異世界とはいえ、麦のお酒なら十中八九ビールだよね。とりあえず飲んでみよう。
「ぬる」
これもまた思わず声が出てしまった。ていうかぬるい。え、めっちゃぬるい。そうか冷蔵庫もビールサーバーもない世界ならば冷えていないのは当たり前か。そして苦い、思っていたより苦い。あっでも香りは凄くいい、ぶどうみたいな果物みたいな感じ。
「メリッサ、どうかしたかしら?」
「いえ、故郷の麦酒とお酒と味が違ったので、ちょっと驚ちゃいまして、でも美味しいです」
たしかに日本の居酒屋で飲めるようなキンキンに冷えたビールの方が好きだが、これはこれでって感じだ。
「嬢ちゃん、隣いいかい?」
うわ、謎の知らないドワーフのおっちゃんがいつの間にかとなりにいる。
「ええ、どうぞ」
まあ、そう聞かれたらそう答えるしかないよね。ここで断れるのはよっぽどのコミュニケーションの上級者だろう。
「わるいねぇ、よっこらしょっと」
ドワーフのおっちゃんが椅子をよじ登る。低身長の種族にはここの椅子はちょっと高いみたいだ。
「いやあ、娘に嬢ちゃんのこと聞いて、一度話をしてみたくてね。今日たまたま飲みにきたら、お嬢ちゃんの歓迎会をやるっていうから参加させてもらったよ」
まじか、このおっちゃんはあまりにも堂々とみんなに混じってたから、てっきり冒険者ギルドの関係者だと思っていたがまさかの部外者か。なんたるコミュニケーションモンスター。
それで、俺と話しをしたいとか言ってたけど、娘? 誰のお父さんだろう? ドワーフの女の子の知り合いなんていたっけ?
「えーと、どなたのお父さんですか?」
「ああ、わりいわりい、そうだなまずは名乗らないとな。俺は鍛冶屋のスミス。娘のアナスタシアが世話になったみたいじゃないか」
「あー、アナスタシアさんお父さんですか。いえいえこちらこそお世話になりました」
あの天使のお父さんか。うーん、似てないな。
「嬢ちゃん今、似てないって思っただろう」
えっ、なんなのこの世界の人は心がよめるの?
「いえいえ、そんなこと思ってないです」
「いやいや、嬢ちゃん、顔に出てるよ」
「えっそんな、出てましたか」
今までなんか心を読まれてるなと思ってたのは顔に出てたから? 気をつけよう。
「たしかにアナスタシアが言った通り、嬢ちゃんは美人で強いけど、どこか抜けてるってやつだな。ガハハハ」
アナちゃんそんなふうに俺のことを紹介したんだね。
「アナスタシアは身長以外は妻に似てよ。べっぴんだろ」
「ええ、とても可愛らしい子でした」
「そうだろう。そうだろう」
そんなふうにドワーフのおじさんとアナスタシアの話題で盛り上がっていたところお店のドアが勢いよくひらかれ誰かが入ってきた。
「おとーさん、またここにいた」
噂をすればなんとやらだ。そこにはアナスタシアがプンスカと立っていた。なるほど美少女は怒った姿も絵になる。
「娘のアナスタシアです」
「あっ、メリッサさん、こんばんは。この間はどうもですよ。ってなにのんきなことを言ってるのお父さん。まだ仕事残ってるのに、お母さんカンカンだよ。もう帰るよ。」
「もう一杯だけ、な、アナスタシア、もう一杯だけ」
「いいから、帰るよ。すみませんうちの父が。あっ女将さーん支払いは、またお店の方につけておいてくたさいですよ。ほらいくよ」
アナスタシアがドワーフのおじさんを、引きずりながら店を出て行く。アナスタシアは小柄だけど結構力あるんだな。
「もう、こんなに酔っ払って。またお母さんになに言われるか知らないよ」
「こんなのドワーフにとっちゃあ酔ったうちにはいらん。それに妻が怖くて酒なんて飲めるか」
「そんなこと言っていつも半ベソかいてるでしよ。ほら、酒は飲んでも飲まれるな。はい、復唱」
「酒は飲んでも飲まれるな」
なんやかんやなかのいい親子なんだな。ドナドナ状態のおじさんを見ながらそんなことを思った。
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