第246話 【閑話・神林飛鳥】『ヒーロー』と『悪役令嬢』?
女性剣士三人が思考停止で固まった瞬間、抱っこを免れた穂高クンが彼女らに追加で説明する。
「僕の妹なんです! 早く探さないと」
穂高クンの声に、お姉さん達が我に返ったようだ。
「なるほど! 姪っ子ちゃんか」
「婚約者は? んん?」
「え? あれ? 姪御さん?」
晴夏クンが何かに気づき、素早く植え込みを指さした。
「いた! シィはあそこだ」
ビクッと跳ね上がった真珠が反射的に逃走体勢に入り、浴衣の裾をピラッと持ち上げると小走りでこちらにやってくる。
まったく、世話が焼けるな――そう思いながら、わたしは真珠をすかさず捕獲した。
「つーかまーえた! 真珠、かくれんぼしてるの? 貴志さんのトコに戻ろ!」
「飛鳥!?」
羽交い絞めにされて驚いた真珠が、わたしの名前を叫ぶ。
「貴志のお仕置きが待っているから戻れん! お願い! かくまって」
ちょっと半べそ状態だ。
「大丈夫だよ。一緒に行って謝ってあげるから。ほら――折角、綺麗になっているのに、かくれんぼで浴衣が着崩れちゃったらもったいないよ」
わたしの言葉に、真珠が「綺麗? ……ああ、浴衣のことか」と呟き、遠い目になる。
どうしたのだろう。
いつもなら、褒め言葉を伝えると「当たり前でしょ!」と舌ったらずな声を上げて胸を張り、ドヤ顔をしていた筈だ。
その姿がちょっと生意気で私的にかなりツボだったのだが、今日に限ってはダークサイドに堕ちかけるこの様子――何かあったのだろうか。
「浴衣も勿論素敵だけど。真珠のことだよ? 今日の真珠はスッゴク綺麗でビックリしちゃった。本当に可愛い」
そう言ってから、わたしは腰をかがめ、彼女の柔らかそうなホッペにチュッとキスをした。
今日の日中も、久々に会った真珠が美しく変身していたので驚いたけど、この浴衣姿は更に百万倍の威力がある。
道場内にいる分には安心できるけど、街中だとしたら一人で野放しにするのは間違いなく危険レベルの美少女っぷりに感嘆の声が出る。
万が一にも何かあったら大変だ。
今日の納涼会がお開きになるまで、真珠のお世話係をつとめよう!――と、わたしはグッと拳を握った。
真珠は真っ赤な顔になりながら、わたしの唇が触れた頬を触っている。
「飛鳥、それ本当? 今日のわたし、ちょっとは綺麗? 本当にそう思ってくれる?」
真珠は上目遣いでこちらを見上げ、わたしの着る
なんだこの可愛い生き物は!!!
ヤバい――すこぶる可愛いさが炸裂だ。
「わたしが真珠に嘘ついたこと、ある?」
真珠はキョトンとした顔を見せた後、その表情がじわじわと笑顔に変わっていく。
「……ない――飛鳥は嘘をつかない。そっか……そっか……えへへ、うふふ」
真珠がニコニコとご機嫌になったので、わたしはその頭を撫でた。
「飛鳥、ありがとう。すごく嬉しい!」
その笑顔の輝きに、わたしは溜まらず真珠を抱き上げる。
フワリと良い香りが鼻腔をくすぐった。
不思議と懐かしさを感じる芳香は、真珠から放たれているようだ。
「うわっ 可愛い」
「おわ! 美少女ちゃんだ」
「綺麗な子だね〜。お姉さんが抱っこしてあげようか?」
こちらにやって来た大学生女性剣士がわたし達を取り囲むと、口々に真珠を称賛しはじめた。
手放しで褒められたことが嬉しかったのか、真珠ははにかんだ様子で三人にお礼を伝える。
その様子に、お姉さん達の目が細められ「可愛い、可愛い」の大合唱となった。
「あっちゃん、真珠を見つけてくれて助かった」
貴志さんの安堵した声が耳に届く。
けれど次の瞬間、真珠に向かってお説教開始と相成った。
「真珠、あれほど離れるなと言っていたのに、お前の耳は飾りなのか!?」
そうやって叱りつつも、貴志さんは真珠に向かって両腕を伸ばす。
わたしは真珠を彼に渡……そうとしたけど、真珠がどうあっても離れない。
この首に腕を巻き付けた真珠はツンッとした態度をとり、貴志さん、穂高クン、晴夏クンに告げる。
「貴志は旧交を深めたらいいよ。お兄さまとハルは、翔平に『心の友』を教えてもらうんでしょ? わたしは飛鳥やお姉さんたちの近くにいる。迷惑も……できるだけかけないようにする」
真珠は、何故か虫の居所が悪いようだ。
もしかしたら今日一日の疲れが出てしまい、
「真珠、何を怒っているの?」
「シィ? 約束と違う」
穂高クンが首を傾げ、晴夏クンも不思議そうにしている。
「飛鳥もこのお姉さん達も、お祖母さまみたいに褒めてくれたもん。たまには自分を甘やかす日も必要だと、今更ながらだけど気づいたの!」
「は? 真珠、お前は一体何を言っているんだ? 訳がわからん。とりあえず、こっちに来い!」
真珠の言葉に、貴志さんがイラッとしているようだ。割と冷静なイメージがあったので、珍しいなと思いながら二人の様子をうかがう。
「光の世界の住人の――『ヒーロー』役の三人には分からない気持ちだよ! ……どうせ、どうせっ 『悪役令嬢』のわたしには清楚な浴衣なんて、似合わないですよーーー!!! 」
そう絶叫すると、真珠の目からはポロポロと大粒の涙が
貴志さんがその様子にギョッとして、真珠の涙を咄嗟に掌で
穂高クンが懐からミニタオルを取り出し、急いで貴志さんに手渡す。
貴志さんは、それで真珠の頬を濡らす涙を丁寧に押さえはじめた。
「泣くな――どうしていいか分からなくなるだろう」
貴志さんが動揺し始めたので、わたしは助け舟を出すことにする。
「貴志さん。真珠は、もしかしたら眠くなってるんじゃないかな?」
わたしの言葉に貴志さんがハッと息を呑む。
「お前、午前中に寝すぎたから穂高と晴夏と一緒に昼寝ができなかったとボヤいていたが、まさか……今頃眠くなって――愚図りだしているのか?」
真珠はそれには答えずに泣き続け、わたしに更にしがみ付いてくる。
「貴志さん――今日はわたし、真珠のお世話係になろうと思ってたから、もし良かったらだけど、預かりますよ? 真珠、わたしと一緒にいよ……、あれ? もう寝てる……」
真珠は既に眠っていた――涙を目頭に溜め、わたしの甚平をしっかりと掴みながら。
貴志さんはヤレヤレと溜め息をついていたけれど、天使のような真珠の寝顔を目にした途端、彼の目元が優しく弧を描いた。
「あっちゃん、悪いが、真珠は俺の目の届くところに置いておきたい。縁側に居てもらってもいいか?」
わたしは大きく頷いて承知した。
「今日の真珠の可愛さは成層圏を突き抜けてますもんね。心配な気持ち、よぉく分かります。人目につく場所で抱っこしているので、安心してください」
貴志さんが「ありがとう。助かるよ」と笑う。
「さっきのコイツの絶叫で、真珠が不機嫌だった理由も分かった。『いつにも増して人目を引くから注意しろ』と三人がかりで念押しをして、コイツも『わかった』と返事をした筈なのに――まったく……話を聞いていなかったのか……世話が焼ける」
そして、「仕方がないヤツだ」と独り言のように呟くと、笑いながら真珠の頬に触れた。
その後、美少年二人に何があったのか話を聞くと、穂高クンと晴夏クンはバツが悪そうに口を開いて、ことの
どうやら彼らは、真珠の浴衣姿が想像以上に可愛くて、驚きで声をかけられなかったらしい。
「僕は、やっぱり兄失格かもしれない」
と、穂高クンが肩を落とし。
「何て伝えたらいいか分からなかった」
と、晴夏クンも難しい表情を見せる。
「まあ、俺も似たようなもんだ」
と、貴志さんが苦笑しながら、美少年二人の頭を撫でた。
三人共、真珠のことをとても大切にしていることが分かり、なんだかとっても嬉しくなって、チョッピリ羨ましかったのは内緒だ。
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