第245話 【閑話・神林飛鳥】貴志先輩! と婚約者?
「た……た……貴志先輩がっ 本物がっ キターーーーーー!!!!!」
斉木さんが雄叫びをあげた。
その轟きは勝手口まで余裕で届き、台所から数人の男女が顔を出すと、そのうち二人の女性が小走りで飛び出してくる。
浴衣は走りにくいので、裾をたくし上げて走る姿はなかなかに目のやり場に困ったが、潔くも豪快だ。
「本当に来たーーー!」
「おお〜! 貴志くんだよ!」
猪突猛進の勢いで走り寄る姿を少し離れたところから見学する。
彼女らは、感極まったようで突然、泣き出……さなかった――が、そのまま勢いよく貴志さんに飛びついた。
斉木さんはその二人をサッ
だけど、貴志さんは
――ん!? え? 抱きついてるよね!?
ね……熱烈な歓迎だ。
一応、複数の女性からの抱擁をうけているのだが、どうしてだろう――テレビのラブシーンを見て気恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らすような男女のそれにはまったく見えない。
どちらかと言うと――生き別れた同志との再会を喜ぶ、雄々しさ溢れる歓迎の仕方に映った。
清々しくも遠慮のない彼女らのウェルカム・バック・ハグに、わたしは驚くばかり。
どうやらこの女性剣士達、貴志さんが中学時代にこの道場に通っていた当時の顔見知りのようだ。
貴志さんが斉木さんの名前を覚えていたのと同じく、彼女らの名前を言い当てた時には、お姉さん方から歓声があがっていた。
あまりに猛烈な歓迎に気を取られ、わたしは大切なことを忘れていたことに気づく。
――そういえば……真珠は?
押しつぶされていないか心配になって彼女を探すと、貴志さんから数歩離れた位置に無事避難完了していたようで、ホッとする。
真珠は引きつった笑いを見せていた。が、突然ハッとした表情を見せると後ずさり、ササッと植え込みに隠れてしまう。
女性達の勢いに怯えて、怖くなってしまったのだろうか。
声をかけようかと思ったけど、真珠は隠れんぼや鬼ごっこが好きだったことを思い出す。
遊んでいるだけかもしれないことに思い至り、わたしは真珠の観察をそのまま続けることにした。
よく見ると、彼女は難しい顔をしながら、女性剣士と貴志さんを凝視している。
「この歓迎の仕方は、わたしの予想と大分違った。いや、でも……不思議と嫉妬心が生まれない……何故だ?」
そんな声が聞こえた。
子供らしからぬ考察の仕方に驚いたけど、背伸びをするくらい貴志さんのことが大好きなのかと、微笑ましい気持ちになる。
穂高クンと晴夏クンの二人は、貴志さんに襲い掛かる獰猛な女性たちに恐れをなしたのか微動だにできず、唖然とした表情で静視している状態だ。
斉木さんをはじめとする剣士達が、貴志さんの後ろに佇む二人の美少年に気づく。
「美少年発見!!!」
「貴志先輩の甥っ子さんですか?」
「抱っこしていいかな? ボクたち?」
「可愛い、可愛い」を連発するお姉さん達が、二人の美少年を抱き上げようとする。
真珠が身を乗り出しかけて、慌てて植え込みに隠れる。
「まさかの抱っこ! こっちも想像と違ったけど、どうしよう……二人共、嫌がってる? 見学してないで……助けるべき?」
美少年二人の様子を見て心配になったのか徐々にオロオロし始める。
その時、斉木さんが何かを思い出したようで、周囲をキョロキョロと見回した。
「貴志先輩、婚約者さんも一緒にいらっしゃるって、あっちゃんが神林先生に話していたのを聞いたんですけど……いらしてないんですか?」
貴志さんがハッと目を見開き顔を上げた。
「ああ、そうだ。お願いしたいこともあったので、紹介しよう。真珠――」
後ろを振り向いた貴志さんの動きが、氷のようにピキーンと固まった。
そこに居たはずの真珠が忽然と消えているのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
「あいつは――
周辺をひと通り見回しても姿が見えず、真珠がどこにもいない事実に貴志さんが焦りはじめる。
「あのド阿呆め――あれほど離れるなと……
地の底から響くような貴志さんの声に、植え込みに隠れていた真珠の肩がビクッと跳ね上がる。
「穂高! 晴夏! 真珠を探すぞ――問題が起きる前にな」
貴志さんの様子に、美少年二人も慌て始める。
「さっき『聖水』かけてましたよね?」
穂高クンが、貴志さんに問う。
「かけているが、本当に効くのかどうかはまだ試したことがない。確信が持てない以上、野放しにはできない」
『聖水』?――なんだろう。ファンタジーな響きだ。
「貴志先輩?」
「月ヶ瀬くん?」
女性たちは訳が分からず、首を傾げているようだ。
「すまないが、一緒に探してもらえないだろうか?」
三人が不思議そうな顔をしながら、貴志さんに質問する。
「探すって……婚約者さんのことですか?」
「逃げるって……それは、一体どんな女性なの?」
「ちょっと待って、えーと、その方の格好は?」
お姉さん方は困惑中だ。
その問いに、貴志さんは至極真面目な表情で答える。
「水色の浴衣を着ている――見た目だけなら、小さな少女だ――五歳の」
「はい? 小さな少女?」
「婚約者が五歳?」
「え? 婚約者……」
お姉さん三人の理解の範疇を超越した回答に、女性剣士全員の動きが――いや、どうやら思考も同時に――緊急停止したようだ。
【後書き】
続きは、本日12:45更新予定です。
こちらの閑話は、気楽に読んでいただけますと幸いです。
(読者様から浴衣姿でのお話が読みたいとリクエストをいただき、番外編のような形で作成したお話になります)
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