第20話 【真珠】「兄の誓い」と「叔父の訪問」
迷子事件の翌日、榊原さんの運転で自宅へ戻ると、祖父母が玄関先でわたしを待ち構えていた。
お祖父さまは、午前中の仕事の半休を取るというかたちで、わたしの帰宅を待っていてくれたようだ。
「本当に無事で良かった」と涙ながらに喜ばれ、愛されているな、と嬉しくなって近寄ろうとしたところを和室に連行され―― それはそれは、がっちり叱られた。
もち上げてから急降下で落とすのは本当に止めてもらいたい。
が、昨夜、父母や兄に対して猛省したように、祖父母に手をついて心配をかけたことを誠心誠意詫びた。
和室で小一時間ばかり正座をさせられたのは、本当にきつかった。主に足が。
兄の穂高も、昨夜からどうも様子がおかしい。
いつもの天真爛漫な雰囲気が、すっかり鳴りを潜めている。
わたしの癒しのあの笑顔をもう一度! と切に願うのだが、何かを思い詰めているようだ。
両親は、自分たちの落ち度を猛反省し、できるだけ二人の世界に浸らないように、と努力している姿が垣間見れ、時々目を合わせては微笑みあう程度に収まっている。
これは、怪我の功名ということで、あのいたたまれなさから解放されたのだから、祖父母には「でかした!」と褒めてほしいくらいだ。
わたしが足の痺れで泣きそうになっていたところ、お祖母さま宛てに電話が入り、木嶋さんが助け舟を出してくれた。
なんと! その電話の主は、勘当されていたタカシ叔父さん。
木嶋さんはタカシ叔父さんのことを知っているようで、大慌てだった。
そして、お祖父さまはかなり動揺していた。
いつもは直接、祖母直通の携帯電話に連絡がきていたらしく、お祖母さまも「自宅にかけてくるなんて」と、とても驚いていた。
お祖父さまも「我が家の敷居はまたがせん!」と言っていた割に、「あいつはどうしたって? 電話の用件は何だったんだ?」と祖母にまとわりついている。
お祖母さまは、ちょっと鬱陶しそうだ。
「あなた、そこにお座りください」
祖母が祖父に正座をさせる。
なんだか叱られる子供みたいだな、と思ったのは秘密だ。
「明日、あの子がここにやってきます。わたしを含め、あなたと話がしたいそうです」
お祖父さまが、驚いた顔をしたあと、少し嬉しそうな表情をみせて――
「そうか……」
と呟いた。
「あの子は、もしかしたら、自分で真実に辿り着いていたのかもしれません。出ていくといった時も、わたしの母と養子縁組をする時も、何も言ってはくれなかったけれど……」
なんだろう? いま、ものすごく大事な話をしている気がする。
気になって耳をダンボのようにして聞き耳を立てていたところ、祖母がわたしの存在を再認識した。
「ああ、真珠。もういいわよ。お祖父さまと少しお話をしたいから、もう戻って旅行のお片づけをしてしまいなさい。きちんと自分の行動を反省できたわね?」
わたしは「はい」と言って、コクリと頷く。
もっと話を聞いていたかったが、そうは問屋が卸さないようだ。
…
自室に戻る途中、穂高兄さまの部屋の開け放たれた扉をのぞいてみる。
彼は自分の勉強机の前に座り、本を読んでいるようだ。
帰宅早々、夏休みの宿題を始めているのだろうか?
その後ろ姿を見詰めていたら、わたしの視線に気づいた兄がこちらを振り返った。
目が合うと、兄に手招きされ、部屋の中へと歩を進める。
「真珠、そこに座って」
小さなテーブルの前にクッションを敷いて、そこに座る。
兄も勉強机からわたしの前に移動してきた。
そして、少し考えるような素振りをしながら口を開く。
「あのね。今回の家族旅行で、兄さまがもっとしっかりしなくてはいけないということが、はっきり分かったんだ」
「はい……」
穂高少年は、自分が眠っていたせいで、わたしを迷子にさせてしまったことをとても後悔していたようなのだ。
そして、どうやら、あの両親に任せておいてはいけない、という危機感を覚えたらしい。
「僕が真珠を守っていけるように――たとえ将来何かあったとしても、世界中のどんな場所でも兄妹二人で生きていけるように、今からしっかりと準備をしておきたいんだ」
昨日の夜から一生懸命考えていたのであろう、その決心を真摯に伝えてくれた。
わたしは彼のそのまなざしに感動を覚えた。
そして、それと共に実はとてもホッとしたのだ。
以前も語ったと思うが、ゲームの月ヶ瀬穂高は、孤高の美青年だった。
数ヵ国語を完璧に操り、成績優秀、そして株でひと財産を築く――という、スーパーハイスペックな高校生だったのだ。
その原動力は、いわば家族への諦めと、憎しみ、そして悲しみだ。
それなのに、わたしという異物の登場により、なぜか両親の仲は暑苦しいくらいになり、家族の関係はゲーム中とはまったく真逆になってしまった。
それは、とても良いことだと思うし、それが正しい家族の関係なのだと思う。
けれど、このままいくと、お兄さまはそこまでの――孤高の美青年と称されるほどの人物になれるのか? という危惧がわたしの中で生まれていたのは確かだ。
「真珠……、もうどこにも行かないで。僕が絶対、真珠のすべてを守るから。必ず幸せにするから」
穂高少年は身長差を合わせるために、わたしの目の前で片膝をついた。そして、そっとわたしの手を取る。
(王子さまだ! まるでプロポーズのようなセリフではないか! ただの妹だけれど)
湧いた頭で、少しドキドキしながらその真剣なまなざしを見つめ返す。
あの可愛らしい穂高少年の純真な笑みではなかったけれど、とても優しい、少し大人びた少年の顔で、お兄さまは笑った。
わたしも笑顔で兄に告げる。
「はい。お兄さま。ずっとずっと一緒です!」
――と。
お兄さまは、急にわたしの手を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
素晴らしき家族愛――いや、ビバ・兄妹愛! だ。
(やっぱり家族っていいものだな)
もうこれなら『主人公』が現れても、お兄さまに追い出されたりすることはないのではないか? と思って、少しホッとした。
そして、勿論、わたしが『主人公』をいじめることも断じて無い。
お兄さまと貴志――どちらに協力したら良いのだろうか? とわたしは暫く悩むことにもなった。
結果は未だに出ないのだけれど。
…
そして翌日、夕方過ぎ――
わたしが日課のバイオリンの音階練習に勤しんでいると、表玄関の外――車宿り周辺が急に騒がしくなった。
そういえば、タカシ叔父さんが急遽我が家を訪問して、夕食をご一緒するんだったな、と思っていたら木嶋さんが呼びに来てくれた。
玄関の外で、祖母と母が何事かをタカシ叔父さんと話しているようだ。
わたしと兄は、玄関内にて待機中だ。
どんな人なのかとても気になるが、久々の家族の再会に水をさすような真似はしない。
母が上機嫌な様子で、玄関を開けて入ってきた。次いで祖母が叔父と共に入ってくる。
「ご挨拶をなさい」と母に促され、顔を向けたその先には――
「……ぅひゃぃっ」
――あまりの驚きに、変な声が漏れてしまった。
「伊佐……子?」
そう。そこには――
タカシ叔父さん――改め、葛城貴志。
その人が、茫然自失という表情で――我が家の玄関に立っていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます