第16話 【葛城貴志】追憶と葛藤 3
足早に雷門を抜け、少女の姿を探しながら仲見世通りを進む――が、あの恐竜の人形を抱えた子供はどこにもいなかった。
それはそうだろう。
あれから時間もかなり経っている。
俺は子供相手に何を――会えなかったことに、こんなにも心が引き裂かれるような痛みを感じているのだろう。
これではまるで恋い焦がれていたかのようだ。
別に俺に、子供相手をどうこうしようというような悪癖はない。
女など何処にでもいる。
自ら己を差し出そうとする者など、いくらでも見てきた。
一時の快楽に溺れたことも、一度や二度ではない――
けれど、「これ」は、そういった肉欲とは違う。
そんな単純なものではない。
もっと高潔で、心が震えるような、あたたかな……何か――
何故か寂寥感の訪れた自分の胸中に、自然、自嘲の笑みが洩れた。
外は、暮れ時。
まだ明るさがほのかに残るとは言え、光よりも
闇が全てを呑み込もうとしているのだ。
それこそ、あの少女がこの場にまだ一人でいるのならば、正真正銘の迷子だ。
そうではないとしたら――何ものだと言うのか。
俺は、深い溜め息を落とした。
完全な日没までにはまだ時間がある。
観光客がライトアップの時間について話をしていた。
この心の焦燥を落ち着かせるため、それを見てから帰ろうと気を取り直し、本堂までゆっくりと歩くことにした。
日中の喧騒に比べ、人もだいぶ
ライトアップの時間には、また人も戻るのだろうか。
ふと本堂の石段の隅に目が引き寄せられる。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
――そう、そこにはあの少女が、所在なげな様子で
…
彼女を見ると、何故こんなにも心が締め付けられるのだろう。
あの瞳は、何故あんなにも憂いを湛えているのだろう。
何故、彼女が頭から離れないのだろう。
――今日、偶然に、ただ目についた程度、袖振り合う訳でもない相手なのに。
その答えを出すだめに、俺は少女に向かって歩いていった。
少女は恐竜のぬいぐるみの隣で膝を抱えて座り込み、途方に暮れたような顔をしていた。
俺は声をかけた。
「おい、お前。やはり迷子なのか?」
――と。
少女は顔を上げ、俺を認めると心底驚いた顔をした――が、目は逸らさす、俺の心を射抜くように見詰めてくる。
そうだ。この『目』だ。
子供の外見に似合わない、この大人の女のようなチグハグな印象を与えるこの瞳が――俺の心を捉えて離さなかったのだ。
「この世のものではない」と言われたら本当に信じてしまえるだろう。
見詰めあっていたのはほんの一瞬――その子供は突然涙をぽろぽろと
本人は、自分が泣いていることさえ気づいていないようだ。
(消えてしまうのではないか?)
そんな焦りが湧き上がり、少女の頭に触れたのは咄嗟の出来事――他人に自ら望んで触れるなど、今迄、一度たりと無かったのに。
人の涙を美しいと思ったのは初めてだった。
俺の思い出に、美しい涙は出てこない。
俺にとって、それは苦しみと悲しみの象徴だったから。
母の――
姉の――
流す
俺は少女を慰めるように、頭を撫でながら、その名を訊いた。
「お前、名前は?」
その少女の肩が、ビクリと震えた。
「伊佐子――私は椎葉伊佐子」
涙を拭いもせず、伊佐子と名乗る少女は、祈るような縋るような目で――
俺の心の中に、スルリと忍び込んだ。
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