山にて。

@takamura_eight

山にて。

少し怖い話でも。




今でこそ家に引きこもってるけども、昔はそれなりにアクティブだった。 一人でふらっと外国まで(言葉も何も分からんのに)遊びに行ったり、同僚がキャンプに行くと言えば喜んでついて行ったりしていた。


ちょうど今くらいの時期だったか、「ウチの実家の近くにキャンプ場ができるらしい、帰省も兼ねて行ってみようと思うんだが」と数少ない友人に誘われ、ひょいひょいとついて行くことにした。


その友人の実家はそりゃまあとんでもないド田舎であり、コンビニはおろか商店すら無いとの事で、「じゃあどこで物を買うんだよ」と聞いたところ


「……さあ?」などととても心強い言葉が返ってきたのを良く覚えている。


じゃあせめて、準備くらいはしっかりして行こうとの提案を「何かあったら実家に駆け込めばいいんだ」と快活に笑い飛ばされたので、私はこのキャンプに一抹の不安を覚えていた。 ……まあ、実際に到着したところで、それは全くの杞憂に終わったわけなのだが。


「新しく買ったテントがあるんだ」と道中の車で年甲斐もなくはしゃいでいた友人だが、到着してそこに居並ぶバンガローを見た途端、「もう帰りたい」と言い出す様は中々に滑稽ではあった。 


一方私も入念に準備してきたお陰で大量のお荷物を抱えるハメになったのではあったが。


「まあたまにはこういうのも悪くない」と虚勢を貼りつつ宿泊の予定を書き込む友人をほくそ笑みながら眺めていたが、内心は友人と同様不満タラタラであった。 何しろ規則が多すぎた。 


宿泊施設があるだけではなく、釣りも火を炊くのも所定の位置で、と来たものだ。


これではまるで中学生の臨海学校か何かではないか。 そう思ったのは友人も同様だったようで、本来の滞在日程をここで丸々過ごすのではなく最小限に留め、残りはどこか近くの山で適当にキャンプでも張らないかとの提案をしてきた。


それほど新しいテントが楽しみだったのか。


勿論その提案に否やなどあるはずもなく、私たちは嫌々お仕着せのレジャー(キャンプとは呼べないだろう)を一日だけ行う事になったのだった。


その施設での一日はまあ予想通り、非常に楽しくないものだったとだけ付け加えておく。


弾んだ足取りで忌まわしい施設を後にした私達は、友人の提案通り適当な山中で車を停めて、ついに念願のキャンプを張る事ができたのだった。


大体の方が想像するとおり、夜の山というのはそれだけで気の弱い者なら失禁しかねない程の恐怖である。


その上地図でも数ページに渡って「山」としか書いていないような地域での事、地元民である友人は平然としていたが私は内心怯えまくっていた。


なにしろそこら中から視線は感じるし(友人曰く、虫や獣だってこっちを見ているとの事)、不意にガサガサと鳴る草むら(友人曰く、虫や獣以下略)極めつけが「おーーい、おおーーーい」とこちらを呼ぶ声が時々聞こえる事だった。


友人は「ありゃ地元の爺さんが山に入った時にやってるまじないみたいなもんだ、人の声だよ」と笑っていたのであったが、続けて放たれた一言は私の決して大きくはない胆を縮み上がらせたのだった。


「たまに人間のものじゃないときがあるがな」


友人曰く、「あの呼びかけな、爺さん婆さんはみんなやってるらしいんだが、その呼びかけに返してはいけないらしいぞ」


「『おーーい』と聞こえたら『おーーい』とだけ返す事、と決まっているらしい」


「いや、『おーーい』と返すってのもヘンだな」 「とにかく応え(いらえ)を返すなって事らしい」


「『おおーーい』とだけ言っておけば、向こうにはこっちが気づいているって事が気づかれないから、だそうだ」


「返事をした場合?さあねえ…そんな事を試した悪たれはおらんからなあ」


ロクでもない話を聞いてしまった。そう思いながら寝袋に潜り込んだのだが、当然そんな話を聞いてしまっては暢気に眠れるはずも無い。 まんじりともせずに友人のいびきの数を数えていたが、数百あたりまで数えた辺りでぱちりと友人が目を開けた。


「……おい」と呼びかけたが、友人は起き上がるでもなくこちらに顔だけを向け、「静かすぎる」とだけ呟いた。


「いや、当たり前だろうこんな山の中で…」 「虫の声や、草や葉が風に鳴る音もしないだろう」


言われて見れば。



「……おーい…」



心臓が口から飛び出るかと思った。 友人は口元に指を当て、「しゃべるな」とだけ言ってそれっきり一言も発しなかった。



「…おーーい、おおーーい……」



「おおーーい…おーい」 絶対に応えを返すな、先ほど友人に言われた言葉が蘇ってきた。 「…おーーーい」 最初はかすれるような音量でしかなかった呼びかけが、徐々に大きくなっていくのが分かる。それだけでも言いようのない恐怖だった。



「おおーーい」「おおおおーーーーーーーいいい」「おおお」「いいい」



もはや人の声とは思えない。 友人の方に目を向けると、見たことのない形相をしていた。



「大オオおおおーーーーーーーーーーーいいいいいいいい」



もはや呼びかけと言うより、咆哮に近い。


やまない呼びかけの中、私は車までの距離と、ポケットに入った車の鍵のことを考えていた。


いざとなれば飛び出して逃げ出すしかない。 そう思って友人の方を見ると、友人も「く・る・ま」と口パクで伝えてきた。


嫌になるほど気が合う奴だ。


どれほど経っただろうか。 もはや耳元で叫ばれているに等しい音量だった呼びかけが、つっと止んだ。 今しかない。 まるで予め打ち合わせをしていたかのように二人ともがテントを飛び出し、車まで全力で走った。 友人に鍵を投げ渡し、エンジンをかけ、一目散に山を下った。



それ以来、私も友人もキャンプには行っていない。 道具もあの山に置きっぱなしだ。


逃げ出す際に横目で見たテントが、「くしゃっ」と倒れる瞬間だけが妙に印象に残っている。




おしまい。

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