第31話 空を飛ぶ元勇者

「ど、どうなってるのよ! 私はレッドドラゴンを召喚したのにっ!」

「エレン。それよりも今考えるべき事は、あのグイベルをどうするかだ。上空に逃げられたら、お手上げだ」


 ティル・ナ・ノーグに居た頃、空を飛ぶ魔物の対処はエレンの召喚魔法か、フローラの神聖魔法がメインだった。

 今、エレンの召喚魔法が不調で、フローラが居ないので、召喚直後の手が届く範囲に居る間に何とかするしかない。

 空に逃げられたら倒すのに手間取り、陽菜の捜索の大幅なタイムロスとなってしまう。


――GYAOOO


 大きな口を開けて叫ぶグイベルは、体長が三メートル程で、ティル・ナ・ノーグでは空飛ぶ蛇と呼ばれていたのだが、俺から言わせてもらえばレッドドラゴンと同じ竜だ。

 ただ、戦闘面ではレッドドラゴンよりも弱く、好戦的でもないので、魔王との戦闘で召喚される事は無かったけど。

 一先ず空中へ逃さないようにするため、俺とマリーがすぐさまその背中に飛び乗ると、長い首をもたげたグイベルと目が合った。

 その瞬間、竜のブレスが来るのかと思って身構えたのだが……一向に来る気配がない。

 それどころか、その瞳には知性が宿っているようにも見える。


「ソウタ、どいて! 大技を出す!」

「マリー、待った! このグイベル……ちゃんと召喚魔法の理に従っているんじゃないか? 何も仕掛けて来ないぞ」

「……確かに。じゃあ、エレンの指示に従ってくれるって事?」


 マリーと顔を見合わせるが、しかし時間も無いので、グイベルの瞳に感じた知性を信じて飛び降りる。

 未だに悔しそうな顔をしていたエレンを抱きかかえ、


「え? えぇっ!? ソウタ、もしかして、ようやく私と子作りしてくれるの!?」

「冗談に付き合っている時間は無いんだ。エレン、グイベルに指示を出してくれ」

「ちょ、冗談って。ソウタ、私は本気で……ひゃぁぁぁっ!」


 再びグイベルの背中へと飛び移った。


「エレン。グイベルに、上空から陽菜を探すように指示出来るか?」

「流石に陽菜を探せっていうのは無理だけど……『上空で待機後、勇者ソウタの魔力の影響を受けている人物の元へ運んで』……あ、了解だって」


 エレンがそう言い終えた瞬間、グイベルが羽ばたき、一気に上空へと舞い上がる。

 プールに居る人たちに目撃されてしまったかもしれないが、かなりの速度だったので、画像や動画に収められてはいないと思いたい。


「そ、ソウタ……寒い。助けて……」

「エレン! ……ノースリーブでミニスカートだからか。仕方が無い。一先ず、こっちへ」


 まさか日本で空を飛ぶ事になるとは思っていなかったので、無駄に生地の面積が小さな服を着ているエレンが凍えそうになっていたので、グイベルの背中と、そこに四つん這いでしがみ付く俺の間にエレンを入れる。

 ……今更ながらに思い出すと、レッドドラゴンに乗って魔王城へ突入した時は、フローラが神聖魔法で風を防ぐ結界を張ってくれていたんだった。

 しかし、四つん這いになっているエレンに、覆い被さる様に四つん這いになっている俺の絵面は、かなりマズイものが有る。

 しかもこんな状況だというのに、何気にエレンが自らのお尻を俺の身体へ擦りつけている様な気が……いや、流石に気のせいだろう。寒さで震えているだけだと信じたい。


「エレン。さっきグイベルに言った、『俺の魔力の影響を受けている人物』っていうのは、どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ? こっちの世界の人たちは体内に魔力を持って居ないでしょう? だから、こっちの世界でソウタと長く一緒に居る人は、ソウタの体内から漏れ出ている魔力が、僅かに体内へ入っているはずよ」

「そう……なのか?」

「はい。そういう物です」


 俺はティル・ナ・ノーグで光魔法が使えたものの、主となる武器は剣だったので、あまり魔力について詳しくない。

 だが魔法のプロであるエレンがそう言うのだから、その通りなのだろう。

 しかし、その理屈で言うと、席が近い和馬だって影響を受けていそうなのだが、グイベルはちゃんと陽菜の元へ運んでくれるのだろうか。


「ところで、ソウタ。さっきから私のお尻に当たっている物の事なんだけど……」

「いや、エレンがお尻を押し付けているんだろっ!」

「何の事ー? それよりも早く……きゃあっ!」


 空を旋回していたグイベルが、突然急降下し始めた。

 これは、陽菜を見つけたという事だろうか。

 全力でつかまって居ないと、振り落とされる!

 腕力の無いエレンは、既にグイベルの背から手が離れてしまっており、俺が覆い被さっていなければ、宙に放り出されている所だ。

 怪我の功名という奴だが、こんな状況だというのにエレンが器用に身体を半回転させ、俺の背中へ腕を回してきた。

 俺の両手が塞がっておらず、こんな状況でなければすぐさま止めさせるのだが、そのまま俺の身体をよじ登り……


「って、おい。エレン! 何をする気だ! やめ……んっ!」

「……んーっ! ソウタ、もっと! 私だけキスしてもらってないもん!」


 グイベルがどこかへ着地するまでの間、何度も無理矢理キスされてしまった。

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