第19話 文化の違いに悩まされる元勇者

「そういや、エレンは昨日の夕食ってどうしたんだ? マリーは陽菜が作ったご飯を食べたけど」


 エレンの道案内に従って二人を送ろうとして、ふと疑問に思った事を聞いてみた。

 エレンは学校で普通に昼食は食べていたものの、マリーは全く分かっていなかったし、昨日も家に来なければ夕食にありつけなかっただろう。


「ふっ……愚問ね。家でレバーをひねったら、お水が出てきたから、それで我慢したわ」

「要は、何も食べてないんだな。買い物の仕方を教えてやるから、先にスーパーへ行こう」


 家から徒歩五分の所にあるスーパーへ連れて行き、商品の多さに驚く二人を連れてササッと買い物を済ませる。

 長年一緒に居たので、二人の好きな食べ物は熟知しているし、ティル・ナ・ノーグにも似たようなものがある食材を中心に買っておいたので、調理器具の使い方さえ教えれば、あとは二人で何とか出来るだろう。

 ……ちなみに学校外にも関わらず、何故かエレンの学生証へ登録されている電子マネーが使えてしまった。

 女神様の力、万能過ぎないだろうか。

 まぁ異世界転生させたりするくらいなのだから、何でも出来て当然なのかもしれないが。


「ソウタ、マリーちゃん。ここが女神様に言われた、私たちの家よ」

「へぇ……って、俺の家から歩いて一分も掛からない場所じゃないか」

「うん。私も、ソウタの家がすぐ傍でビックリした。これからは、学校へ行く時に毎朝ソウタの家の前で待ってるね」

「……変な噂が立つと困るから、やめてくれ」


 毎朝俺の家の前に、小学生くらいの女の子が立って居る……うん。いつかご近所さんから通報されるな。


「マリー。エレンは女神様から、ここでマリーと一緒に暮らすように言われたらしい。だから、学校が終わったらこの家に帰ってくるんだぞ」

「わかった。ちょっと二階を見てくる」


 そう言って、マリーが玄関の目の前にある階段を上がって行く。

 女子高生二人で住むには広すぎる二階建ての家なのだが、家の造りが俺の家と酷似しているのは何故だろうか。

 一先ず買った食材をリビングへ運ぶと、テーブルの上に二台のスマホが置かれている事に気付いた。


「ちょっと待ってくれ。このスマホは何だ? 最初からあったのか?」

「うん。けど、何か分からなかったから、触ってないんだけど……何かマズい?」

「いや……俺が使っているのよりも新しい、最新の物だから、ちょっと羨ましかっただけだよ」


 食材を冷蔵庫へ仕舞っていると、マリーが戻って来たのだが、その手に変な物が抱きかかえられていた。


「何故か二階の窓の外にケット・シーが居たんだけど」

「あー、ちゃんと帰ってたのか。良かった、良かった」


 ケット・シー用に買った魚を食べさせようとして顔をそむけられ、ちょっとがっかりしつつ、家電製品の使い方を二人に教える。

 ちなみに、ケット・シーは魚を焼いたら食べてくれた……グルメか!

 生魚を嫌がるケット・シーなんて初めて見たんだけど。

 あとは実演という事で、目の前でシチューを作ってみせた。

 といっても家電製品が軒並み新しくて、カットした材料を入れてボタンを押すだけで自動調理してくれる調理器具まであったので、切った野菜に下味をつけてボタンを押しただけだけど。


「風呂は昨日マリーに教えたから大丈夫だよな。他に不明な事はあるか?」

「ちょっと待って。マリーちゃんにお風呂の使い方を教えたって事は、昨日二人で一緒にお風呂へ入ったの!? だったら、ソウタは私とも一緒にお風呂へ入るべき!」

「一緒には入ってない! 使い方を教えただけだ!」


 エレンの要望を即却下して、最後にスマホの使い方を教える。


「これでウチやエレンの端末から、ソウタに言葉が送れるの?」

「あぁ。グループを作っておいたから、こっちだと三人共が見る事が出来るぞ」

「ヒナにも送れるの?」

「送れるが、送って良いかどうかを、俺じゃ無くて陽菜本人に先ず確認すべきだな。それが日本のマナーかな。とはいえ、個人での直接のやり取りとは別に、クラスでのグループに招待してくから、そっちには書き込んで良いぞ」


 マリーに説明しながら、早速クラスのグループへ二人を招待しておいた。

 とはいえ、こっちは完全な連絡網としてしか使用されておらず、殆ど書き込む人は居ないけど。

 皆、仲の良いメンバーだけで個別にグループを作っているし、俺も基本的には一対一でのメッセージのやり取りしかしていないが。


「あとは電話って言って、離れた場所でも会話が出来る機能がある」

「へぇー。じゃあ、夜にソウタの家へ行かなくても、お話出来るの?」

「まぁそういう事だけど、夜は寝るものだし、俺に限らず相手の都合とかもあるから、あんまり掛け過ぎないようにな。先にメッセージを送って、電話しても良いかどうかを聞くと良いんじゃないか?」

「なるほど。ちなみに、ソウタはいつもヒナって人にメッセージを送ったり、電話したりしているの?」

「……電話は時々。メッセージはほぼ毎日やり取りをしていたかな」


 エレンの質問に答えつつも、実は異世界生活が長かったせいで、スマホのメッセージ機能の事をすっかり忘れて居たというのが正直な所だ。

 休み時間に陽菜へ直接話しかけようとしていたけれど、よくよく考えればメッセージを送れば済む話だったと、ようやく気付く事が出来た。

 家に帰ったら、早速陽菜にメッセージを送っておこう。


「だいたいの事は教えたと思うし、何かあれば電話で聞いてくれれば良いから。じゃあ、そろそろ俺は帰るけど、さっきの機械から音が鳴ったらシチューが出来あがりだ。ちゃんと食べるんだぞ」


 そう言ってリビングから出ようとすると、何か思い詰めたような表情のマリーに回り込まれた。


「どうしたんだ、マリー?」

「……教えて。ソウタはウチに、ヒナと同じくらいメッセージを送ってくれる?」

「悪いが送らないと思う。何度も言っているが、俺は陽菜の事が好きなんだ。だから、陽菜と同じだけの時間をマリーやエレンには使えない」


 もう何度同じ話をしたか分からないが、これは譲る事が出来ない話なので、何度でも真剣に伝えるしかない。

 今、俺がマリーたちに食事の作り方を教え、生活方法を教えて居るのは、異世界から来たという事情を知っているのが俺しか居ないからだ。

 本来は冷たい態度を取って、俺の事を嫌いになってもらうのが良いと思うのだが、その手段は日本での生活が板に付くまで取る事が出来ない。

 だから、魅力的な二人の事を考えれば、早く俺の事を諦めてもらって、他の男を見つける方が互いに幸せだと思う。


「あのさ……俺は陽菜の事が好きだから、俺の事は諦めてくれないか?」

「何故?」

「うん。ソウタが言っている事の意味が分からない」


 あれ? 至極まっとうな事を言っているつもりなのに、何故かマリーとエレンから否定されてしまった。


「だって、俺は陽菜と付き合うつもりなんだけど」

「それはそれで構わない。本当はソウタの一番になりたいけど、この際、二番でも仕方が無い」

「待って。マリーちゃんは三番だよ。ソウタの二番はこの私なんだから」


 ん? んん? 何だ? マリーとエレンは何を言っているんだ?


「えっと、二番とか三番って、何の事だ?」

「何って、ソウタの第一夫人がヒナだから、第二夫人がウチで、第三夫人がエレンっていう話」

「待った! 第一とか第二とか……って、まさか……まさか、ティル・ナ・ノーグって、一夫多妻制なのか!?」

「そうだよ。日本も一緒でしょ?」


 どうして、わざわざそんな事を聞くの? と言いたげなマリーの言葉で、俺はその場で頭を抱えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る