アスリートの葛藤
天照てんてる
第1話 僕のデビュー戦
僕は、競輪学校を卒業したばかりの、アスリート予備軍。まだアスリートとは呼べない、と思う。
明日は僕のデビュー戦だ。僕がアスリートとしてやっていけるのかどうか、明日からの三日間で決まると言っても過言ではない。
初めての前検日。小松島出身の僕は、弥彦競輪場を初めて訪れた。そもそも、新潟県に来たこと自体が初めてだ。これからは全国各地に行かないといけなくなるんだな、そう思うとワクワクする気持ちが半分、面倒だなと思う気持ちが半分という感じだった。
検車場で、自転車を組み立てる手もおぼつかない。インタビュアーが来ても、何を話せばいいのかよくわからない。
僕は明日、3レースの2号車でデビューすることになっていた。
***
1レースと2レースで、僕の同期――在校成績3位と4位のふたり――のデビュー戦があった。どちらもぶっちぎりの逃げ切り勝ちで、お客様も中継も勝利者インタビューも沸いていた。
僕の在校成績は下から2番目だった。卒業記念レースの結果も、
僕の走る3レース、当然のようにオッズは僕が一番人気だ。それは僕だけの力ではなく、同期ふたりがぶっちぎりの逃げ切り勝ちを決めたことによるものもあっただろう。
一体どれだけのお客様が僕自身の実力に期待してくれているのか。ただの新人としてしか見られていないのではないだろうか。僕はそんなことを考えながら、黒い勝負服に身を包んで敢闘門から出て行った。
***
ファンファーレが鳴り、構えての声が聞こえ、僕は前傾姿勢を取った。たった今から僕は競輪選手なのだ。そう、たった今から。
ひとまず誘導員の後ろを取った僕は、あまり何も考えずに誘導退避まで走る――つもりだった。2周目に入る前、僕は力みすぎて誘導車の後輪に自分の自転車の前輪を引っ掛けてしまい、落車した。
もちろん起き上がれる程度の痛みだった。だが、僕は恥ずかしさで起き上がれず、そのまま担架で運ばれてしまった。
***
運ばれたあと、いろいろな人にこっぴどくしかられたが、そんなことよりも何よりも恥ずかしさでいっぱいだった。
僕がちゃんとしたアスリートとして、ちゃんとしたデビュー戦を走れる日はいつになるのだろうか。大した怪我ではなかったが、僕はこのまま引退してしまいたい気分でいっぱいになっていた――。
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