第十四話 【勇者の覚悟】




 オレが手も足も出なかった魔人と、結愛のことを知る召喚者――綾乃葵との戦いが始まった。

 魔人たちが巧みな連携を使い、葵を包囲する形で攻め立てる。

 オレなら十秒と持たないであろう戦いを、葵は上手く立ち回わることで一分以上も持たせている。

 膂力も魔人たちと引けを取らず、技術に至っては魔人たちを遥かに凌いでいる。

 その技術の差こそが、人数不利でありながらオレたち全員を守りながら魔人たちと渡り合えている要因なのだろう。

 だが必然と言うべきか、攻めに転じることはできていない。

 守るべき存在として見られているオレたちが足枷になっているからだ。


「今を見る……?」


 なぜこのタイミングで、葵はそんなことを言い出したのか。

 言葉通りに捉えれば、結愛の死に呆然としていたオレへの叱咤だろう。

 だが受動的魔術パッシブマジックの効果で結愛の蘇生を成功させ、いざ魔人との戦闘が始まる直前での言葉にしてはタイミングがおかしい。

 自覚できる範囲では、結愛の蘇生に成功する前――葵との短い問答の時点で現実を見始められていたはずだ。


「なんであのタイミングだったんだ……」


 今考えるべきは、葵の援護に出る手段。

 オレのことを簡単に倒した魔人と対等に戦う術を考えるのが先決なはずなのに、思考は葵の言葉に偏ってしまう。

 その言葉の意味を理解するのが、現状何よりも優先すべきことだと本能か理性か、フレデリック・エイトの全身全霊が告げている。


「……今を見るってなんだ。何を言いたかったんだ――」


 考えても何もわからない。

 故に、愚痴るようにぼやこうとして、右手に力が入るのを感じた。

 視線を向けてみれば、眠る結愛に添えていた手が強く握られていた。

 まるで、やけくそにならずにきちんと向き合えと言われているようだ。

 葵の言葉と、結愛の意志。

 結愛に握られる手は、ただのまぐれかもしれない。

 でも、その二つは同じ意思の元に繋がっていると考えたら――


「――わかった。ちゃんと、向き合うから」


 握ってきた手に反対の手を添えて、小さく呟く。

 力が緩むことはなかったが、心なしか優しい握り方になった気がする。

 こじつけに近いものかもしれない。

 でも、考えることは無意味ではないはずだ。

 添えた手を持ち上げて、グッと強く握る。


「――――手……?」


 ふと、そこで気が付いた。

 結愛に握られている手。

 オレのことを倒した魔人によって、足と一緒に消滅させられたはずの、手。


「どうして治ってるんだ?」


 四肢欠損を治せるほどの治癒魔術を使える人間は仲間にいない。

 なのに、失ったはずの手が、足が、元に戻っている。

 何の支障もなく動いている。

 まるで、四肢欠損などなかったことのように。

 恰も、それが現実であったかのように。


「……結愛があの魔人に倒されたときには治ってた……?」


 我を失い覚えていなかった記憶を思い出してみると、その時点で既に手足は再生されていた。

 だが誰が、どうして、どうやって治癒魔術をかけたのか。

 それだけは、どれだけ思い返してもわからない。


「継承した能力が覚醒した……? いや、魔術的な素養は継承できないから違うはず――」


 勇者としての称号を得た時の説明を思い返す。

 称号を継承するタイミングで、先代から引き継げるだけの能力を引き継ぐことができる。

 身体能力や思考法など、個人固有のものは引き継げないが、それ以外は素質さえあれば引き継げる。

 だがオレにはあまり素質がなく、継承できた能力はほぼ皆無だ。

 それに、もしそんな隠された能力みたいなものがあるのなら、もっと早い段階で覚醒してもいいはずだ。


「いや違う。今考えるのは手足が再生した理由じゃなくて、現状を打破する何かだ」


 それはわかっている。

 言葉にした通り、しなければならないことはわかっている。

 でもなぜか、それを考えなければならない気がする。

 チラッと、葵と魔人たちの戦いへ視線を向ける。


「……すげぇ」


 一振りの刀で敵の攻撃をいなし、圧倒的な読みで攻撃を躱し、魔人の負けず劣らずの身体能力で押し返す。

 “理論上は可能”を実践するかのような立ち回りは、見ていて惚れ惚れする。

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言うわけではない。

 額には汗が浮かび、口は不格好に開かれている。

 だが顔に張り付く不敵な笑みが、“まだ時間は稼いでやる”と言っているように思う。

 オレの勝手な解釈かもしれない。

 ここで読み違えれば、間違いなく大惨事だ。

 でも、そんな気がしてならない。


「頼む、綾乃葵」


 聞こえるはずもないお願いを言葉にして、思考の海に浸かる。

 葵は「今を見ろ」と言った。

 過去に囚われ続けているオレに。

 過去から逃げ続けてきたオレに、今を見ろと。

 目を凝らして、オレにしかない力で結愛を守れと。

 単純に考えれば、目を凝らし、今を見据えれば、この状況を打破できる可能性がある。

 ならそれに、己の意志で従ってみる。


「――ふぅ」


 一度目を閉じ、深呼吸をしてリラックスする。

 目と鼻の先で殺し合いが行われているが、今はそれを考えない。

 しっかりと“今を見る”為に目を休め、頭の中を、心の中を整理する。

 大切な人がその他大勢の為に犠牲になったこと。

 世の中を理不尽に感じて、その時に力になってあげられなかったことを悔やんで。

 荒んで、この世の全てを呪って。


 でも、心の中の大切な人が、そんな自分を許してはくれなかった。

 前に進むしかないんだと、背中を押してくれた。

 ここに至るまでの旅路では、その過去がいつも後押ししてくれた。

 もちろん、それを忘れて生きていくというわけではない。

 きちんと心の中で、それは大切にしていく。

 でも、過去に縋り、今を蔑ろにしてしまうのは、もう止めだ。

 今のオレの大切なものを守る為に――


「――なるほどね」


 覚悟を決め、瞼を開けてみれば、そこには二人の小人がいた。

 否、正しく言うのなら、それは小人などではなく精霊。

 伝承でしか見かけないほどに使い手の少ない精霊術師になるための必須条件。

 それは即ち、気紛れな精霊と契約すること。


 精霊に聞こえない程度の小さな声で呟く。

 葵がどうして婉曲な言い回しをしたのか。

 どうして、オレに結愛やアヤたちを魔人から守れると確信していたのか。

 その全てを、理解した。

 どうして今まで精霊たちが見えていなかったのか。

 そんなことは後でもいいと今は切り捨てて――


「――オレに力を貸してくれ」


 二人の精霊は驚いた表情で顔を見合わせる。

 刹那、パァと明るくなった表情で振り返り、大きく頷いた。



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