第十三話 【思い描く未来】




 俺の問いに、ラディナは瞳を伏せる。

 答えたくないというよりは、どう答えるかを考えているという様子だ。

 受動的魔術パッシブマジックの効果があるコインによって治療を終えた結愛は、未だに目を覚まさない。

 しかし、用いたコインに内包されていた受動的魔術パッシブマジックの効果が想定通りなら、いずれは目を覚ます。

 落ち着いて、結愛が目覚めるまでの時間を繋ぐ。


「そっちにいるお前の父親が関係してるのか?」

「そんな怖い顔するなよ。俺たち戦友だろ?」

「ハッ。その戦友を裏切って相手側についてる奴が、よくもまぁいけしゃあしゃあと言えたもんだな」


 ラディナの父親。

 シュトイットカフタ帝国の皇帝にして、個人の戦闘能力が人類一位だと名高い人類の最強の戦力。

 帝王ドミニク・シュトイットカフタ。

 お道化るようにして肩を竦める男の立ち姿は、しかし一分も見当たらない。

 強気な瞳はきちんと戦場に配られて、誰の一挙手一投足を見逃さないように張り巡らせている。


「ま、人間色々あるってことだ。俺の目標を達成するためにはこっち側が手っ取り早い。ただそれだけだ」


 人間が百人いれば百通りの考え方がある。

 考え方が違えば対立することもあるだろうし、違う考えでも仲良くなれることだってある。

 逆に、同じ考え方でもアプローチの方法が違えば過程が違うし、当然ながら結果も変わる。


「それに巻き込まれた側としちゃあ笑えないんだよな。まして大切な仲間が唆されてるなら猶更なおさらだ」


 怒気を瞳と声に孕ませて、飄々とお道化る赤っ毛の強い茶髪の男を睨みつける。

 帝王ドミニクに対しての怒気など暖簾に腕押しと大差ないが、感情を表に出すことに意味はある。


「葵様」


 ラディナがようやく口を開く。

 ドミニクとの口撃を止め、そちらに意識を向ける。

 伏せていた瞳を上げて、俺を真っ直ぐ見据える朱の瞳には、しっかりと己の意志が込められている。


「私は、葵様が好きです」

「――ああ。俺も好きだぞ」

「ありがとうございます。ですが、私の言う“好き”は葵様が結愛様に向けるそれを同じものです」


 それは紛うことなき告白だ。

 綺麗な赤の髪と大人顔負けのスタイルを持つレベルの高い美少女。

 十二歳とは思えないほどの思考力と行動力を持つ美少女。

 地球にいた頃の俺なら、何かのドッキリか罰ゲームを疑う事象イベント

 しかし、今ならわかる。

 ドッキリでも罰ゲームでもなく、ラディナの本心であると言うことが、わかる。


「ラディナ」

「――はい」

「俺はラディナの気持ちに答えられない」

「はい、存じています。葵様に想い人がいることも、それが成就できなくとも、他の誰とも関係を持たないことも」


 流石はラディナだと内心で褒める。

 結愛に対して行った告白の返事を貰わない限り俺は誰にも振り向かないし、当然成功したら結愛だけを想い続ける。

 逆に失敗したとしても、結愛を想い続けることには変わらないので結局は結愛以外の誰かと結ばれることはない。

 この世界で一番長い付き合いのラディナは、元からの思考力と観察力を以て、俺の性格を看破している。


「それでも私は、葵様が好きです。一途なところも。不器用に優しいところも。普段は色々と考えるのに、咄嗟の場面では考えるより体が先に動いてしまうところも」


 ラディナの本心が語られる。

 出会いの印象は最悪だったはずなので、それを考えれば大出世もいいところだ。


「私は葵様が好きです。だから私は、こちら側につきます」

「俺にもわかるように、そっち側につく理由を説明してくれ」


 報連相は大切だ。

 確かに報告も連絡もしてくれているが、一番大切な相談がない。

 まして、これからの行動で敵対するというのなら尚更だ。


「……私は魔王軍に囚われていた際の記憶がありません。ソウファもアフィも同じだと思います」

「そうだな、そう聞いてる。その二人は見当たらないが……」

「二人なら向こうの方で魔獣と戦っていると思います。数も質も大したことないので、もうすぐ戻ってきますよ」

「おいおいアンナ。数も質も大したことないってのは言いすぎじゃないか?」

「事実ですよお父様。あの程度の魔獣では、二人の敵ではありません」


 ラディナが視線で示した方向へ“魔力探査”を飛ばすと、二人の姿を捉えた。

 確かに魔獣と戦っている。

 二人の後ろが住民の避難先なのか、逃げ遅れている人を誘導する人が声を張り上げている。

 それを受けて、逃げ遅れた人々が走って南にある精霊の森方面へと逃げている。

 逃げ遅れた人から守るようにして戦っているが、苦戦している様子はない。

 ラディナの言葉通り、もうしばらくすればこちらに戻ってくるだろう。


「話が逸れた。で、なんでラディナはそっち側につく? まさか、説明できないなんて言わないよな?」

「……私は、魔王軍に囚われていた時の記憶を取り戻しました」

「――なるほど?」


 記憶のことに触れたからなんとなく予想は出来ていた。

 けれど、驚きがないわけじゃない。

 どうやって記憶を取り戻したのかが気になるところだが、今は置いておく。

 それよりも、記憶を取り戻したから敵対するはイコールで繋がらない。


「その記憶の中に、魔王と葵様含む召喚者様方が戦った十魔神、そして魔王軍宰相の記憶がありました」

「アンナ? これからは魔王軍に下るんだ。実力が上の相手には敬語でな?」

「すみません、お父様」

「いいんだ、これから直していこう」

「……それで?」


 十年ぶりの父娘の会話だと思えば微笑ましいのかもしれないが、会話を一々中断させられてる立場に置かれるとイライラが募る。

 まして状況が状況だ。

 早く説明が欲しい。


「すみません。話を戻します。取り戻した記憶には、魔王軍の戦力がある程度わかるだけの記憶がありました」

「へぇ……俺ら人類に伝えてくれれば、次の大戦でかなり役に立つんじゃないか?」

「そうですね。ですが、それはできません。魔王様及び魔王軍の戦力は、人類など軽く絶やせます」

「俺が天の塔の試練を突破して、力をつけて戻ってきた今でも無理だと?」

「葵様がどの程度の実力をつけてきているのかはわかりませんが、私の想像の範疇を多少超えていたとしても無理です」


 断言された。

 普段からはっきりと物を言うラディナだが、今のは確信を持っての発言だったように思う。

 その記憶をところだが、ラディナへの接近は隣の父親ドミニクが許さないだろう。


「……事情は分かった。でもどうしてラディナがそっち側につくかがわからないな」

「自分の好きな人が将来確実に死ぬ道を行くとしたら、葵様はどうしますか?」

「全力で止める。嫌われてでも連れ戻す」

「私もそうします。ですが嫌われる以前の問題として、私では葵様を止められません」


 ラディナの言葉なら受け入れるかどうかはともかくとして、しっかりと聞きはする。

 結果として、俺の行動を止めたり、あるいは変えることだってできるはずだ。

 だが当の本人はそう思っていないのか、自分の言葉が正しいと疑わっていない様子だ。


「ですので、他の方法でアプローチをすることにしました」

「それが魔王軍に下り、俺に敵対することだと?」

「魔王軍は帝国と同じで実力至上主義。功績を上げた者には報酬が支払われる」

「……なるほど。俺たち人類じゃ魔王軍には勝てない。なら強い魔王軍に下り、そこで功績を上げて報酬と言う名の願い事を聞いてもらう。その願いは――」

「はい。葵様の救済です」


 合点がいった。

 突拍子もない敵対勢力への転身は、俺と同じ“大切な人の為”という至極単純な理由が元。

 それが正しいかどうかなんてのは、立場や考え方によって変わるから何とも言えない。

 少なくともラディナはそれが最善だと判断した。


「俺のことを想ってくれるのは素直に嬉しい。こうして家族以外の異性にモテたのは初めてだから、どうすればいいかもよくわかってない。でも一つだけいいか」

「はい」

「俺のことを想うなら、俺だけが救われる未来なんて望んでないことはわかるはずだ」


 ラディナは俺が好きで、俺の為に俺と敵対することを選んだ。

 だが俺は結愛が好きで、俺だけが救われることを良しとしない。

 ラディナの好意を無駄にしてしまう結果になるだろう。


「魔王様は、人の心身を掌握する術を持っています。たとえ葵様の本心は違くとも、私とともにのちの人生を生きていくことはできます」

「……本末転倒じゃないか? ラディナは俺の為に行動してるのに、結局俺は幸せになれてない」

「私は、葵様とともに生きていたい。ただその願いを叶えたい。でも、葵様には結愛様がいる。私に振り向くことはない」

「だから自由意思を奪ってでも、ってことか」

「……」


 ラディナは無言で肯定する。

 つまるところは、俺の為を謳っておいて自分ラディナの為と言うだけの話。

 それを否定するつもりはサラサラない。

 俺だって結愛の為を謳っているし、その為の行動をし続けてきた。

 尤もそれは、究極的に言えばそれはただの自己満足。

 結愛が好きで、結愛に幸せになって欲しいからという自分の我が儘を押し付ける。

 おれが好きで、おれとともに幸せになりたいからという自分の我が儘の為に行動する。

 俺とラディナは、自分の気持ちを前面に出しているか否かの違いでしかない。

 本質は全く同じだ。


「主様!」

「戻ってきてたのか」

「ああ。二人も無事だったね」


 ラディナの結論は変わらない。

 気持ちがわかるからこそ、そこまで理解できてしまう。

 故にどうするかを迷っていたところへ、魔獣を倒しきったであろう二人が戻ってきた。

 外傷はなく、見た目も動きからもどこかを負傷した素振りはない。


「戻っていきなりだけど二人に聞きたい。ラディナは大切な仲間だよな?」

「? 当たり前だよ!」

「当然だ。どうした急に?」

「実はな――」


 魔獣と戦っていて話の内容が何もわからない二人に、今の今まで行われていた会話を包み隠さずに話す。

 全てを聞いたソウファとアフィは、俺の唐突な質問の意味を理解したように驚きを表情に出していた。

 単に、ラディナが敵対するという事実に驚いただけかもしれないが。


「本当なの? ラディナ様?」

「はい。葵様の説明は全て正しいです」


 不安そうに、信じられないというように。

 恐る恐る確認するソウファに、ラディナははっきりと告げた。

 ソウファが今にも泣きだしそうに俯く。


「――葵」

「どうした?」

「葵は、ラディナが寝返ってもまだ、ラディナが大切か?」

「ああ? 何言ってんだ――」


 そんな質問こと、誰に問われても即答できる。

 結愛の安否がわからなくなり、それでも結愛なら大丈夫だと言葉にはしておきながら、心のどこかは不安で埋め尽くされていた。

 結愛が死んでしまえば自分を見失う。

 それはつまり、死と同じ。

 不安に苛まれながら、それでもそうならない為に前に進むしかないと強引に割り切った。

 割り切って、自分を偽ってでも前だけを向き続けようとした。

 だけど、ラディナは俺を自然体でいさせてくれた。

 無理に自分を飾らなくてもいいんだと、拠り所ゆめを失った俺の新たな拠り所となってくれた。

 意図的か無意識か。

 その分別はどうでもいいが、ラディナが見えないところで俺の支えになってくれていたのは間違いない。

 故に、何度、誰に問われても、俺は迷わず即答する。


「――当たり前だろそんなの」

「……だよな」


 俺の答えを知っていたかのような返答だが、アフィは予想していたのだろう。

 俺ならそう答えるとわかっていて、確信を得るために問うたのだ。


「葵、俺に自由行動の権利をくれないか?」

「お前の行動を束縛した覚えは……ないことはないが、今話すことか?」

「今しかない。端的に言うが、俺はラディナの傍にいようと思う」


 アフィは唐突に断言した。

 前触れなんてない。

 いや、さっきの質問が前触れだったとして、誰がわかるだろうか。


「……本気か?」

「ああ。本気だ」

「理由を話せ。わかりやすくな」


 アフィの発言に俯いていたソウファも顔をあげていた。

 驚き、信じられないと表情が語っている。

 ラディナの寝返りよりも驚きの度合いが大きいように思うが、それは偏にソウファにとってのアフィと言う存在の大きさがそうさせている。


「俺は、ソウファの保護者役だ。実際に血の繋がりがあるわけじゃない。なんなら、俺はソウファに救われた側で、保護者なんて名乗るのは烏滸がましいかもしれないが、それでもソウファのことは妹のように思ってた」


 独白じみたそれは、一緒に旅をしてきた間柄である俺にはわかりきっていたことだ。

 色々なところで、アフィはソウファを気遣っていた。

 救われた温情とか、そう言った類のものではない感情。


「でも、魔王軍に囚われてから葵に救われてこっち側に戻ってきてから、ソウファは成長していった。少なくとも俺の目線からは」


 アフィの言う通り、ソウファは確かに成長している。

 肉体的なものでも、実力的なものでもなく、精神的な面だ。

 魔王軍に囚われる前までは、人の体に見合った幼さとでも言うべき面が残っていたのに対し、戻ってきてからはその幼さを感じる場面が減っている。

 もちろん、全てがなくなったわけではない。

 けれど確実に、ソウファは大人になり始めている。


「俺は保護者だ。ソウファと知り合ってからずっと、ソウファのことを見てきた。でもソウファが成長していく過程で、俺と言う存在は必ず成長の弊害になる」


 よくある話だ。

 せっかく成長の幅を残していても、外部のストッパーがそれを抑止してしまう。

 精神的な面なら猶更だ。

 ソウファの成長の段階で、アフィがいるからという安心は、妨害になる可能性がある。

 あくまで可能性。

 絶対でもなければそうなると決まったわけでもない。

 なのにアフィは、確信を以って断言している。


「それに、俺はもうソウファの傍にぴったりついている必要はないんだよ。ソウファを大事にしてくれる人が沢山できた。俺だけがソウファの味方になってあげなきゃいけない時期は、とうの昔に過ぎていた」


 穏やかな笑みをソウファへと向ける。

 例え梟のでもそれがはっきりとわかるくらいに、今のアフィは慈愛に満ちている。

 決してソウファが嫌になったとか、マイナスの感情でソウファの元を離れるわけではないと、言葉の外から伝えている。

 そして間違いなく、それはソウファへと伝わった。


「ぁ――」


 引き留めたいと手を伸ばし、けれどそれは自分の為だと理解しているから伸ばしかけた手を引き戻し。

 感情はずっと一緒にいたいと叫んでいるが、理性はアフィを尊重しようと語り掛ける。

 そんな葛藤を繰り返すソウファの頭に手を乗せる。


「お前がソウファをどう思ってるのかはわかった。でもそれは、お前が魔人あっち側につく最大の理由じゃないだろ」


 アフィは言った。

 ラディナが大切かと問うてきた。

 魔人側につく理由の一つとしてソウファの成長が丁度よかったにしても、その質問とはまるで関係がない話。

 つまり、別の理由がある。


「その通りだ。さっき、葵に聞いたよな。ラディナが大切かって」

「聞かれたな。大切だって答えた」

「それを聞いて、俺はあっち側につかなければならないと確信した」

「どうしてだ?」


 ラディナの時と同じでいまいちピンとこない。

 故に、素直に問いかける。


「葵は大切なものを失うのを嫌う傾向にある」

「誰でもそうだろ」

「特に葵は、だ。失うのもそうだが、傷つけられるのも嫌だろ?」

「ああ。独占欲は強いからな」


 アフィの言うことは正しい。

 実際、結愛を喪った未来ときは怒りで世界を滅ぼしたらしいので、間違いないだろう。

 自分でもそうだという自覚があるから、自他共に認める事実だと言って差し支えない。


「ならもし、ラディナがあっち側についた先で何かあったら?」

「間違いなくキレるだろうな。場合によっちゃあ全力で取り戻しに行く」

「そうならない為の俺だ」

「……なるほど。ワンチャン、世界が滅ぶ原因となりかねない未来を回避する為に、ラディナのおもりをするってことか」

「言い方が気になるところだが、まぁそう言うことだ」


 ようやく理解した。

 結局ラディナもアフィも、俺が原因で魔人側につこうとしている。

 自業自得――でもないような気がするがともあれ、二人の意志は理解した。

 そして、どうあっても止められないことも。


「わかった。アフィ、ラディナを頼む」

「わかってる」


 俺の言葉に頷いて、アフィはラディナの元へ飛んでいく。

 それを捉えつつ、視線の先でアフィを待つラディナへと声をかける。


「ちょっと待てや。なんでそっちだけで話を進めてやがる」

「……なんだ」


 その前に、ナイルが割り込んでくる。

 不満を隠さず、怒りすら滲ませて俺を睨みつけてくる。

 その怒りは俺だけでなく、ラディナの元へ向かうアフィにまで向けられている。


「なんだ、じゃねえだろ。勝手に話進めて……こっちに認められると思ってんのか?」

「ラディナがもうそっち側として認められてんだろ? ならそこにもう一人増えたところで大して変わらないだろ。そこんとこどうなんだ?」


 リーダー格っぽい魔人の男――カスバードへと視線を向ける。

 名前は忘れたが、女性の魔人に介抱されていたらしいカスバードは、魔人の女性に心配されながらも立ち上がって、俺の視線に答える。


「どうだろうな。だが少なくとも、こちら側の戦力が増えるのであれば無条件で突き放すことはしないだろう」

「だそうだ。これで問題はなくなったな。じゃ、とっととさよならだ」

「……それはできないな」


 手をヒラヒラと振ってさよならを言動で示す俺に対し、カスバードはそれを断った。

 今は引き下がれないとばかりに視線に力を込めて、回復したばかりとは思えないほどの眼力を放ってくる。


「俺としても、ラディナを連れ戻すために戦いたい気持ちがないとは言わないが、今は結愛の方が心配だ。だからお前らに構ってる暇はない」

「こちらとしても、その女を生かしてはおけない。存在自体があまりに危険すぎる」

「だから殺す、と?」


 あんまりに短絡的な思考だが、危険分子を残しておきたくないという気持ちはわからないでもない。

 殺せないという精神的な縛りがある俺には真似もできないし、そもそも真似をする理由もないが。

 ともあれ目の前の魔人たちは、このまま引き下がるつもりはないらしい。


「しゃーないか。勇者、結愛が起きるまでちゃんと守っといてくれよ?」

「……無理だ。俺は魔人一人に負けている……守るのは――」

「何言ってんだ。お前なら魔人くらい余裕で――もしかして、のか?」


 魔人たちに引く気がなく、対話では埒が明かないと悟って手っ取り早く力で捻じ伏せることにする。

 その為の防衛をフレデリックに任せたが、当の本人は首を振った。

 言葉からも表情からも自身の無さが見て取れたが、それがなぜかわからない。

 フレデリックが自身の力を十分に発揮できれば、魔人など取るに足らない。

 なのになぜ、と考えたところでふと気が付いた。

 フレデリックがに気が付いた。


「――おい勇者!」


 フレデリックが気付いてないことに気付かせるのはかなり骨が折れる。

 直接的な言い回しをしてしまえば意味がなくなることがあるからだ。

 一瞬の思考で直接的でない言い回しを考える。


「今をよく見ろ! 目を凝らして、お前にしかない力で結愛を守れ!」

「……お前、俺のこと――」


 フレデリックが何か言っているが、そんなことに意識を向けている暇はない。

 魔人たちに対して戦う意思を見せた以上、悠長になんてしていられない。

 撃退するだけなら大したことはないだろうが、守ることに意識を向けなければならないとなると話は変わってくる。

 勇者が気付くのが早いか、魔人たちが俺の突破口を見つけられずに撤退するのが早いか。


 口角が珍しく吊り上がるのを感じる。

 笑うような状況でないことは火を見るよりも明らかなのに、俺は自分の意志を無視して笑っている。

 まるで、これこそが俺の本心だとでも言うように。

 ならばもう、その本心に任せてみてもいいのかもしれない。

 、俺の本心に全てを――


「――掛かってこいや魔人ども。天の塔攻略した俺の力、試させてもらうぜ」


 俺は不敵な笑みを浮かべたまま、自信満々の表情で啖呵を切った。



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