第八話 【進展。そして】
意識が浮上していくのを感じる。
水の流れる音、石の匂い、空洞を吹き抜ける風、肌に触れる冷たく硬い感触。
寝ている時は無意識に感じ、処理しても記憶には残らない五感の全てが活性化していく。
「――ッ」
意識が覚醒し、勢いよく体を起こす。
無意識のうちに首に手を当て、しっかりとくっついていることを確認した。
その確認も束の間、葵は“魔力感知”にソウファとアフィ以外の存在を捉える。
「……」
『無銘』を引き抜き、捉えた存在へとそれを向ける。
そこにいたのは、姿形がわからない透明な魔物などではなかった。
全身を濃紺の毛に覆われ、黒っぽい立派なアモン角を有している。
羊の顔なんてまじまじと見たことはないが、その顔は自信に満ちているように見える。
「……」
フイッと顔を背け、体を反転させる。
こちらに堂々と背を向けて、ゆったりと遠ざかっていく。
急ぐわけでもなく、こちらを警戒しながらでもなく、油断も隙もある背中を見せてゆっくりと。
自身は攻撃されないという絶対の自信が、簡単に背を向けられる理由なのだろうか。
尤も、葵自身逃げる羊を追う必要はないから、その判断は正しい。
光源から遠ざかり水路の奥の暗がりへと消えていった羊を眺め、心の中で十秒数える。
数え終わり、戻ってくる気配もなければ“魔力探査”でしか捉えられないような距離まで遠ざかっている羊を確認して、張りつめていた緊張を解く。
「何だったんだ……?」
羊の登場も、その目的も、どうしてこんな場所にいたのかも、結局何もかもわからなかった。
ただ今はあの
「……担いでいくか」
スヤスヤと寝息を立てるソウファに近づいて、その体を持ち上げる。
寝顔を見るに悪夢などではないだろうが、敵地ともとれるこの場所に長居はしたくない。
まだここに来た目的は達成できていないが、少なくともこの戦力では簡単に太刀打ちできない。
両手が塞がるが、逃げる一択ならおそらく問題はないはずだ。
「葵……あれ、今のは」
「夢だ。ひとまず脅威は去ったと思うけど油断はできない。早めに出よう」
ソウファを抱き上げる段階で、アフィが目を醒ました。
夢の中で自害したのか、あるいは葵の知らない条件を達成し目覚めたのか。
ともあれ担ぐ重量が減ったのはありがたい。
効力を失い一つだけになった光源を先行させて視界を確保する。
「行けるか?」
「ああ。大丈夫だ」
羽を何度か上下させ、アフィは頷いた。
それを尻目に、意外と重量のあるソウファを抱えて光源の後を歩く。
白煙という明確なきっかけがあったものの、あの一瞬でこちらの認識すら上回る幻覚――いや、夢を見せてくる羊は厄介だ。
もしあれがこの水路から抜け出してきたら、帝都に甚大な被害を与えるのは間違いないだろう。
実害という意味では薄いかもしれないが、眠らされた後でならどんな強者でも簡単に殺せる。
そんなことを考えながら無事に地下水路を脱出。
夢のように入り口が閉じられているようなことはなかった。
太陽の光を一身に浴びる。
時間で言えば一時間程度だろうが、とても久しぶりのように感じる。
濃密な時間を過ごした――とは違うが、非常に疲労感があったのは間違いない。
そんな場所とも、今日は一旦さようならだ。
依頼を受けている以上、またこの場へ来ることになるだろうが、今度は易々と負けてやるつもりはない。
「どうする? まず帰るか?」
「……そうだな。ソウファを連れて戻れるか?」
「それは可能だが……どこか寄るのか?」
「うん。一応、依頼主に報告は必要だと思うし、もうちょっと情報が欲しい」
その為の情報交換を行うために、一度依頼主の元へ赴く。
今考えればあまり情報を得ようとしていなかった。
もっと会話をして、情報を得ることだってできたはずだ。
なぜそれをしなかったのかと今更後悔しても意味はない。
「すぐ戻る。ラディナにもそう伝えてくれ」
「わかった。気を付けてな」
魔獣だけで町中を歩くのは色々な意味で危険だが、従魔証があるから問題はないだろう。
例えチンピラに絡まれても逃げ切るだけの実力はあるだろうし、帝都の住民がアフィたちの姿を見て恐怖しても実害はない。
今日町を歩いてたら魔物が歩いてたんだ~、程度の会話のネタとして終わるだろう。
地下水道へ至る道を戻り、その道中にある組合へと顔を出す。
まずは結愛の情報の確認だ。
すっかり慣れた依頼のタブレットを操作して情報を確認。
変わらず更新がないことに落胆の溜息をついて、ついでに情報を得るという意味で一時間前に受けた依頼を確認する。
「ん?」
先ほどと同じ条件で絞り込みをしても目当ての依頼が見当たらない。
依頼を受けたから一覧から消えたのかと一瞬だけ考えたが、結愛の依頼はムラトたちが受けていても見れるので、それはないと即座に否定する。
ならばどうして見当たらないのか。
「……ま、話聞くのが早いか」
見当たらないのなら仕方がない。
そう割り切って、素直に依頼主の元へ行くことにする。
実際に対面して会話をする方が、得られる情報も多いだろう。
組合を後にして、宿屋へと向かう。
ものの数分で到着し、ついさっき顔を合わせた受付の女性に会釈する。
「あ、先ほどのうちに泊まっていた組合の方に話を聞きに来た方、ですよね?」
「はい、そうです。今いらっしゃいますか?」
一言二言会話をしただけだが、どうやら覚えられていたようだ。
特徴的な顔をしているわけではないと思うが、印象に残っていたのだろう。
話しかけられたついでに出掛けていないかの確認をする。
「それが……先ほどの方たち、何やら用事ができたとかで部屋を引き払われまして」
「部屋を? どこに行ったかとかは……?」
女性は首を横に振った。
依頼主が依頼を放棄したままどこかへ行くなど考えられない。
受付の女性の言葉をそのまま理解するなら、形見の指輪よりも優先する事項ができたのだろう。
ただ伝言もなしに居なくなるのは、如何なものかと思う。
せめて急用ができたのならいつ戻るかとか、その辺の事情を言伝しておくのが普通ではなかろうか。
「わかりました。ではその人たちが来たら伝言、お願いできますか?」
受付の人に今日あったことを掻い摘んで伝え、伝言として残しておく。
伝わるかどうかはわからないが、保険だ。
さっきは見つけられなかったが、依頼を通してでも依頼主とのやり取りはできる。
もちろん、依頼主が依頼を確認しなければ意味がないが、組合員なら早いうちに見つけるだろう。
「うん、じゃあ帰るか」
数時間ぶりに帰ってきた城は大差なかった。
もうすぐ昼時ということもあり、人の往来は多少あったがいつもと変わらない。
「早かったな」
「あ、お帰り! あるじ様!」
「ただいま。起きたんだな」
「うんっ。でも、役に立てずにごめんなさい」
「気にするな。それよりまだラディナが寝てる。そっとしておいてあげよう」
「そ、そうだね」
声を小さくし、コクコクと頷く。
ベッドでスヤスヤと寝息を立てるラディナにチラッと視線をやる。
寝息と同じで平和そうな寝顔だ。
十年来の再開という想定外の出来事があったが、精神的な面での問題はなさそうだ。
ソウファとアフィを連れて部屋を出る。
扉をそっと閉めて、行く当てもなく城内をぶらつく。
大戦が終わってからの移動時間を含めないひと月と少しの間、この城に滞在していた召喚者とは違い帝国の各町や村々を回っていた葵は召喚者の中でもあまり顔が知られていない。
それでもすれ違う人々は葵が召喚者とわかると頭を下げる。
顔が知られていないのになぜ葵が召喚者だとわかるかという問題は、ひとえにソウファとアフィの存在だと言える。
狼の魔物と梟の魔物を連れた黒髪の人物は召喚者だ、という認識が葵のことを認知させている。
尤も、最近ソウファは人型でいることが多いので、認知はアフィの専売特許のような形になっている。
「お、葵! 丁度良かった。今時間良いか?」
背後から声がかけられた。
振り向かずとも誰かわかる。
召喚者から一番頼りにされる快活な性格の持ち主であり、王国の騎士団長を務める実力者でもあるラティーフだ。
背に少し大きめの荷物を背負っている。
「ああ、問題ない。俺も話したかったことがあるんだ」
「そりゃよかった。飯は?」
「まだだ」
「んじゃ、食いながら話そう」
ラティーフに連れられ食堂を訪れる。
まだ昼には少し早い時間だが、食堂にはそれなりに人がいた。
人の少ない場所に陣取り、手を組んでラティーフは早速口を開く。
「葵、これからどうするんだ?」
「大戦は終わったわけだし、俺は結愛を探しつつ、師匠から預かった刀を故郷に届けようかなと。人間の国は軍の一部を動かして今まで以上に探してもらえるようになりますよね?」
「そうだな。祝賀会でも言ったように、これからは大戦に向けて訓練していた人員を割り当てられるようになる。他国も同じだ」
それはつまり、結愛捜索に充てられる人員の増員だ。
今までも結愛の捜索に人員は割いてもらっていたが、それはあくまで余剰分。
捜索を専門にするだけの人員はおらず、人類の目的が大戦の勝利である以上、それだけに割く人員はいなかったのも当然だ。
しかし大戦が終結した以上、国や町の守護に充てるだけの人員を割いて、それ以外の全てを結愛の捜索へと充てられるようになる。
もちろん休息やら何やらがあるため常時全てを動員できるわけではないが、それでも大躍進だ。
「なら俺は大森林に行こうかと。師匠の故郷がそこにあるので」
「そうか……そうだな。よりここ半年以上の間、人間の国を探しても見つからなかったのなら、人間の国以外にいてもおかしくない、か」
「はい」
顎を擦りながら、ラティーフは机を見つめる。
しばらく沈黙が続き、それを破るように食事が運ばれてきた。
給仕係の女性に会釈をして、用意してもらった食事をいただく。
「葵の行動はわかった。それを止めようとも思わない。が、今のままで大丈夫か?」
「というと?」
葵の疑問返しに、ラティーフは視線を葵の体の右側に向けて黙る。
その視線に気が付き、納得した表情を浮かべたところで再度、口を開いた。
「片腕がない状態でこれまでと同じように動けるのか?」
「大丈夫ですよ。最初こそめちゃくちゃ苦労しましたけど、今ではほら、左手で生活できてます」
運ばれた食事を左手で握ったスプーンで掬い、口に運ぶ。
それだけなら右利きの人間でもできるが、見てわかるだけの違和感は残るものだ。
しかし今の葵にはそれがない。
各町を回っている間にラディナたちの協力を得て、日常生活に支障が出ないレベルまで昇華させている。
「しかし戦闘は難しいだろう?」
「……正直に言えばそうですね。ただそこらの魔物と相対するくらいならどうとでもなります。右手と同等とまではいきませんが、左手でも刀を扱えるだけにはなれてますから」
戦闘を満足に行えるかと言われれば微妙だが、少なくとも魔王レベルと戦うことにならない限りは問題ない。
そう言えるだけの左手の訓練はしてきたつもりだ。
この場でデモンストレーションを行ってもいいが、生憎とここは食堂。
刀を振り回せば目立つし危ない。
「ま、葵が問題ないのはわかってたことだしな。余計なお世話かもしれないが、これをやる」
そう言って、ここまで背負ってきた荷物を引っ張り上げて葵に差し出した。
これは? と視線で問うも、言いから受け取れと有無を言わさずに荷物を押しやってくる。
とりあえずスプーンを置いて、それを受け取る。
ズシッと重たく冷たい感触が袋越しでも伝わってくる。
包みの口を開き中を覗くと、そこには鈍色の光沢を放つ細長い物体があった。
「これ……義手ですか?」
「ああ。今朝仕上がったばかりの新品だ。葵なら自分でどうにかすると踏んで何も言わず動きもしなかったが、いつまで経っても片腕で過ごしてたからな」
「あー。だから今朝、ラティを見つけられなかったのか」
確かに葵は大戦終了後、ずっと片腕で過ごしてきた。
両手はないと不便だった場面は多々あった。
しかし義手を作る、という部分まで頭が回らなかった。
というより、敢えて考えなかったが正しいだろう。
義手があれば確かに楽になる。
しかし自分で作るとなると、
そうなれば時間も食う。
結愛を探して地球に帰還するのが目的な以上、そこで無駄な時間は食いたくなかった。
それに一人では不便でも、ラディナやソウファの手を借りれば何事も問題なかった。
メリットデメリットを比較して、敢えて作らなかった。
「元を辿れば俺たちが招いた欠損だからな。詫びもある。めちゃくちゃ特化させたわけじゃないが、それでも準国宝級の代物になっているはずだ」
「それはまた、極端というかなんというか」
詫びの気持ちが入ってるにしても、こうポンポンと国宝級の物品を譲渡するのは如何なものかと思う。
今着用しているローブも国宝級のものだし、召喚者の装備は基本が準国宝級だ。
受け取る分には嬉しいのだが、この世界からいなくなる人間に気軽に与えていいものなのだろうか。
ラティーフたち王国人の行き過ぎた優しさに疑問は尽きない。
「詳しい説明は書面にして袋に同梱してる。部屋でゆっくり装着してみてくれ」
「わかった。ありがとうな」
「いいさ。それより飯にしよう。まだ聞きたいこと、話したいことがあったら聞くぞ?」
「じゃあついでに色々聞かせてもらえるか? まずは……そうだな。大森林についてのこととか――」
食事をとりながら、ラティーフと話し込む。
既に知っていたこと、知らなかったことなどを知れて、とても有意義な時間を過ごせたと言える。
ついでに今日の依頼で起こったことを伝えてみたが、ラティーフでもわからなかった。
ラティーフは魔物について詳しいわけでもない。
そもそもダメもとで聞いたのだから落胆はなかった。
一応、帝王へは報告をしておいてくれるそうだ。
その後ラティーフと別れ、部屋に戻る前に一度帝国の訓練場へと顔を出す。
今日も帝国の軍の人間が鍛錬をしているが、それには目もくれずに端の方へ陣取って早速ラティーフから貰った義手を装着する。
装着の手順も紙面に書いてあったから迷わずに済んだ。
配慮が行き届いている。
「悪くないな」
「かっこいいね、あるじ様!」
装着した義手を天に掲げ、動かしてみる。
肩を包むようにして、二の腕から先が金属の腕だ。
金属でできた手を握り、開き、掌を見て甲を見る。
「うん。違和感もない。というか、びっくりするくらい馴染んでるな」
「寸法の提示とかしたのか?」
「いんや、してない……あ、でもこの世界に召喚された後、装備とかもらうときに身体測定はしたから、それを元にしたのかも」
「納得だな」
腕を振り上げたり、水平に薙いだりする。
まるで元からくっついていた腕のように違和感なく動かせる。
元の腕よりも少し重い気がするが仕方がない。
むしろ、金属の塊であることを考慮すれば軽いくらいだ。
「よし、じゃあ今度は――」
立ち上がり、アルトメナから『無銘』を取り出して右手で握る。
確かな柄の感触と『無銘』の重さを感じ一つ頷く。
それなりに広い訓練場だが、他にも人が使っている。
だから真剣を使うなら気を使わねばならない。
それを念頭に置きつつ、『無銘』を振るって感触を確かめる。
ナディアに習った型を、一つ一つ確かめながら行う。
一通りを終え、また頷いて『無銘』を握る義手を見つめた。
「うん、問題ない。握り替えも――できるね」
本当に違和感がない。
長年使ってきた相棒のように、恐ろしいくらいに馴染んでいる。
腕を欠損してラッキーとさえ思える。
ここまで完璧なものを用意してくれたラティーフには感謝しかない。
「これが基本性能なら、追加してくれた機能にも期待だな」
紙面を手に取り、ペラペラとページを捲る。
目的のページを見つけ、ひとまず全てに目を通す。
一つ一つを丁寧に行う前に、まずは全体に目を通せというのが師範の教えだ。
全体を知っているのといないのでは、同じ過程を踏むにしても結果が変わってくる。
それを知っているからこそ、その基本を怠らない。
「ん、これで全部だな。うっし、じゃあソウファ、アフィ。少し付き合ってくれ」
「わかったー!」
「了解した」
二人に付き合ってもらい、義手の機能を全て試す。
葵の為に設計、作成されたこともあってか、追加された機能は葵に馴染みのあるもので、非常に扱いやすいものだった。
戦況を覆せるほどの機能はないが、上手く使って良ければ戦況を優位に運べるだろう。
準国宝級というのも頷ける。
義手の試用に没頭し、気が付けば太陽が傾き、空はオレンジ色に染まり始めていた。
この世界でも、夕暮れという光景は美しい。
紅い陽の光を受けて、義手がその色に染まる。
「じゃ、一旦部屋に戻るか」
「はーい」
試験運用に付き合ってくれた後でも、ソウファの元気は失われない。
アフィは疲れたのか、ソウファの頭の上で丸まっている。
子供の体力は多いと言うが、ソウファを見ていればそれも納得だ。
そんなことを考えつつ、義手で細かな動きをする鍛錬をしながら部屋に戻る。
「――何かあったのかな?」
「ん?」
部屋に至る道の角を曲がったところで、ソウファが呟いた。
指差す先に視線を転じてみれば、葵の部屋の前でラディナとアヌベラが話をしているのが見えた。
珍しい組み合わせだなと思うと同時に、アヌベラの表情が差し迫っているように見えたので、ソウファと一瞬だけ顔を見合わせて少し早足になって声をかける。
「何かありましたか?」
「! 葵様!」
「よかった! 大事なお話がありまして」
「何ですか?」
アヌベラは大きく深呼吸をした。
覚悟を決めるように、あるいは自信を落ち着けるように。
そして葵の目を見据え、口を開いた。
「結愛様の目撃情報がありました」
アヌベラの言葉に、思考が固まる。
求めていた情報、待ち望んでいた報せ。
それを唐突に告げられ、一瞬思考がフリーズした。
しかし状況を理解し、その言葉をすぐに飲み込む。
「いつ! どこで――」
「場所はカナン神聖国首都。つい先ほど、教皇様から受け取った情報なので間違いはないかと」
与えられた情報の精査など必要ないだろう。
国の代表の情報なのならば、無条件で信じていい。
それが信頼できる相手ならなおさらだ。
「ありがとうございます。ラディナ、体調は?」
「回復しました。何時でも行けます」
「すぐに荷物を纏めてくれ。今日にでも発つ」
「はい!」
「ソウファはラディナの手伝いを頼む」
「わかった!」
手早く指示を出し、準備を整える。
深呼吸をして頭を整理し、アヌベラに向き直る。
「アヌベラさん。ラティさんや他の人たちに、伝言をお願いします」
「聞きましょう」
「俺は予定を変更して神聖国に行きます。大森林への通達はまた今度に。結愛がいる町の周辺に人員を派遣してください」
「わかりました。神聖国への入国手続きはこちらで済ませておきます」
「お願いします。あと帝王へ、礼を言えずにすみません。またお会いしたときに改めて、と」
「承知しました。それと一つ。途中にある連合国ですが、今は何やら面倒なことになっているとのことなので、迂回路を探しておくこともお勧めします」
「わかりました。ありがとうございます」
必要なやり取りを交わし、アヌベラは小走りで廊下を駆ける。
それを見届ける前に部屋へと入り、ラディナたちに任せた準備を手伝う。
しかし、手を動かす速度は遅かった。
半年以上も探し続けた結愛がようやく見つかった。
今までの曖昧な情報、真実味の薄い情報とは違う、信用に足る明確な目撃情報。
その事実が、目的まであと一歩のところに来たその嬉しさが、心の中を駆け巡っている。
興奮と言って良い。
それが、手を動かすよりも頭を
「終わりました」
「ありがとう。道は考えながらだ。取り敢えず進む」
三者三様に頷いた。
それを確認し、葵は城を後にする。
お世話になったのは短い間だけ。
思い入れはないが、感謝はある。
立ち止まり、振り返って頭だけ下げる。
誰にも礼を言えない代わりだ。
「行こう」
逸る気持ちを抑えつつ、既に慣れて久しい銀狼の加護による制限と格闘しながら、夕暮れの帝都を駆け抜けた。
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