第七話 【与えられた役割】




「本当に、いいんだな?」


 帝都へ転移する人を決め、二時間が経過した。

 選出された人たちは司令部から離れた広場へと集まって、転移の準備を終わらせている。

 そんな彼らを待たせ、その広場から少しだけ離れた場所で、ラティーフが真剣な表情で問いかける。


「はい」


 それに答えるのは、共和国組と呼称される元戦う召喚者の翔。

 後ろには、日菜子、隼人、龍之介と言った、共和国組の全員が集まっている。


「俺たちは、お前たちを無事に元の世界へと送り届けるのが使命だ。可能な限り、お前たちの面倒を見ていたいと思っている。だが今から向かう場所はそんなことをしている余裕のない場所だ。正直に言うと、帝都での戦いに参戦するのなら、俺たちはお前たちの命を保障できない。無事に元の世界へ送り届けられる確証はなくなる」


 全身鎧に身を包み、腰にはパレードの時に持っていたものと同じ大剣を帯びている。

 頭の防具は付けていない為、その顔は見える形となっているが、それが逆に、ラティーフの真剣さを押し上げるものとなっている。


「本当ならお前たちを鍛え上げ、この戦いでも自分の命を守れるだけの実力を身に着けてもらう予定だった。だけど、それは叶わなかった。だから、俺たちはお前たちに戦って欲しくない。こっちに残り、援護に回って欲しいと思っている」

「知っています」

「……何度でも言うが、俺はお前たちに構うことはできない。命の保証はない。この戦いで死んだとしても、俺たちは責任を取ることができない」


 ラティーフの視線が、翔たちを順に巡っていく。

 その場にいる十人がそれぞれラティーフと視線を交わす。

 そこにどんな意図があるのか、それを汲めるかどうかはわからない。

 だが事実として、共和国組の誰も、その視線から目を逸らさなかった。


「それでも、帝都の戦いにくるんだな?」

「はい。俺たちの覚悟は変わりません。何もできず、知り合いが苦しんでいるのをただ見ているだけなんて、絶対に嫌だ」


 人によっては、この言い分を我が儘だと言う人もいるだろう。

 嫌だなんて感情論で自らの命を懸けて戦うなんて、偽善も甚だしいと言う人もいるだろう。

 だが何をどれだけ言われようとも、翔たちの覚悟は変わらない。

 この世界に来た時に決め、途中で迷い、長い間悩み、その果てに出した答え。

 だから、その決意は生半可なことで変わらない。


 その覚悟をこのやり取りで思い知ったラティーフは、その真剣な表情をフッとやわらげ、優しい顔を見せる。


「わかった。じゃあ最後に一つだけ言っておこう」


 優しい表情のまま、ラティーフは甲冑に包まれた武骨な腕を前に出す。


「――勝つぞ」

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」






「お待たせしました。ナディアさん」


 共和国組を後ろに引き連れ、白銀の全身鎧に身を包んだラティーフは転移場所として指定された広場へやってきた。

 やってくるなり集中を切らさないように瞑想していたナディアへと声をかける。


「大丈夫。そっちは?」

「問題ありません。人は変えずに行きます」

「わかった」


 短いやり取りをして、ラティーフたちは帝都へ向かう人たちが待っている、線の掘られた円の中へと足を踏み入れる。


 その円の中にいるのは、王国魔術師団長のアヌベラ、帝国の王にして人類最強と名高いドミニク、召喚者の葵、転移を行う協力者のナディア、共和国の軍隊――スートの全リーダーの四名に、神聖国の教皇マルセラの九名だ。

 そこに、ラティーフと共和国組の十名で合計二十名。

 ナディアの魔力量で、安全マージンを十分に取った状態での最大転移人数ギリギリの少数精鋭が集められた。

 これが、この二時間の間で集められた魔王軍の本隊に対抗するための戦力だ。

 これにプラスして帝都の防衛機構で、魔王軍を抑え込む。


「準備は良いですか?」


 ナディアの問いに、集められた二十人が頷く。

 それを確認し、ナディアは再び瞼を閉じる。

 それがきっかけとなり、ナディアの魔力が高まっていくのを感じる。

 人間では出せる人も限られているほどの膨大な魔力が練り上げられ、それが地面に印として掘られた円を囲むようにして展開される。

 次第にそれは人を包み込むようにして集まっていき、魔力の燐光として形作られていく。


「――いきます」


 その言葉を最後に、対魔王軍本隊の二十名の姿が荒野から消えた。






 * * * * * * * * * *






「これ、マジか」


 葵に手渡された魔術陣の描かれた紙を、言われた通りの手順で起動したところ、未来のSFを彷彿とさせるような物体転移を目の当たりにし、同時に送られてきたものに対して驚きを隠せない。

 それは言葉にも表情にも表れている。


「こんなの作ってたなんて……綾乃くんって意外と優秀?」

「少なくとも馬鹿な愛よりはそうでしょうね」

「こんなときまで馬鹿って言った! こうせ~い」

「はいはい」


 いつものやり取りをして、最近は昔よりも一層甘えん坊になった愛佳あいかをテキトーになだめて、再度送られてきたものへと視線を送る。


「これなら、俺達でも戦える――って言いたいけど、俺たちの想像よりも扱いが難しいからね、これ」

「そうなの?」

「うん。俺も聞いただけだけど、実際に使うと空気抵抗やら反動やらで、真面に使うのはできないってさ」

「なら体格の大きい人か、力のある人に使ってもらった方がいいかもね」

「そうだね。あと使い方を教えなくとも知ってる人がいいだろうから、王国組おれたちの中から選んだ方がいいかな」

「そうだね。じゃあ私たちが行ってくるよ」

「うん。お願い」


 幸聖とそんなやり取りをして、愛佳と摩耶まやが荒野に残った召喚者おうこくぐみのいるテントへと向かっていった。

 二人と入れ替わる形で、王国騎士団副団長のサラーフが幸聖の元へやってくる。


「サラーフさんはこっちに残ったんですね」

「はい。私は団長のような実力はないですが、指揮能力なら遜色ないと自負していますので」

「そうなんですね。あでも、第二波への対応は組合員が主導になると聞きましたが?」

「その通りです。ですが、こちらに残った軍が動かないわけではありません。あくまでメインが軍から組合員へと移っただけですから」

「……確かに。それもそうですね」


 サラーフの言葉に頷いて、幸聖は再び視線を下に向ける。


「それが葵様から受け取った武器ですか?」

「そうです。誰でも使える武器なんですが、扱い方を知っている人が使った方がいいと思ったので愛佳と摩耶に王国組みんなを呼びに行ってもらっているところです」

「なるほど。それはその通りですね」


 サラーフは幸聖の言葉に同意し、魔術陣の上にある金属製の武器に視線を送った後、遠い空へと視線を転じる。

 それに釣られ、幸聖も同じ方向を見据えた。

 しばらくの間、静寂が訪れる。

 数時間もすれば戦場と化すであろう場所にいるとは思えないほどに緩やかな時間が流れている。


「今回みたいなこと、初めてなんですよね」

「今回みたいなことと言うと、魔王軍が荒野ではない場所に姿を現したことですか?」

「はい」


 幸聖の言葉に、サラーフは少しだけ思案するような顔を見せた。


「そうですね。初代勇者様が戦った場所は違うともされていますが、詳しい記録が残っている第二次の大戦からはずっとこの荒野で戦ってきました。元々は草木も自生していたそうなのですが、繰り返される激しい大戦の中でこのような荒野になったと」

「じゃあ、帝国に向かったのも偶然まぐれじゃ無くて、こっちの裏をかいた作戦ってことですか」

「こちらの予想が覆された、と言うことでもあります。元々、この荒野に全勢力を注ぎ込み待機していたのは、魔王軍がこの荒野にしか姿を現せないからです」

「聞いたことがあります。確か、魔人たちがいる大陸から一番近いのは帝国の東の半島だけど、その道中に海竜の生息域があって、進行の邪魔になるから、この荒野が戦場になっていると」


 幸聖の言葉にサラーフはその通りですと頷く。

 遠い空を見続けたまま、サラーフは言葉を続ける。


「いくら人よりも高い身体能力と魔術の能力があっても、陸で生活をしている以上、海で本領を発揮する海竜と海上で戦うのは厳しい。そもそも、竜はこの世界の守護者とも名高い最強の生物ですから」

「だから、予想が覆された、と」

「はい。魔王軍側の戦力が高いのは伝え聞いていました。もちろん魔王軍が動きを見せたと言うときも、最終戦力の確認や行動先までも教えて貰っていました。ですが、覆されました」


 空から地面へと視線を転じ、サラーフは拳を握り締める。

 サラーフ自身に非はないのだが、その思考に至らなかった自分を責めているのだろう。

 だがそれはどうしようもないことだ。

 サラーフの言っているのはつまるところ結果論と言うものでしかない。

 ある結果があり、その結果に対して「こうだったらよかった」、「こうできたな」と考えるのは意味のないことではない。

 だからどうにかして、今だけは司令塔に集中してもらいたい。


「ですが、今はこんなことで迷っているのは良くないですよね」


 幸聖がどう言おうか悩んでいる間に、サラーフはしれっとそんなことを言った。

 それに目を丸くしたが、幸聖が何かを言う前に自分でその気持ちに折り合いをつけたのだと理解し、杞憂に終わったことに安堵する。

 正直に言えば、幸聖は人に何かをアドバイスすると言うのが得意ではない。

 だから、サラーフが自分で解決できて、二つの意味で安心した。


「この後、おそらくですが、フレデリック・エイト様――第二波の魔王軍を退ける指揮を執る、金等級の組合員の方がお見えになると思います。その際、この武器の説明を少ししていただけると、指揮も執り易くなるかと」

「そうなんですね。わかりました」

「では、私はこれで」


 丁寧に頭を下げて、サラーフは丘を下っていった。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、サラーフの背中を追い、見えなくなったところで再度、魔術陣の上にある武器へと視線を落とし、武器の傍に置かれている説明書を手に取る。

 それをパラパラと捲り、幸聖たちが知っている部分、変わらない部分や、この世界で作られたと言うことで変わった部分を確認する。

 見れた範囲でだが、面白い発想や明確な強化など、色々な試行が見て取れる。

 それを実行した作製者も、それを実行させようとした葵にも、凄いと言う語彙力の欠如した言葉しか出てこない。


「――面白いですね」

「うおぁっ!」


 面白さ半分真面目さ半分で説明書を読み耽っていると、背後からいきなり声をかけられた。

 それに驚き、素っ頓狂な声を上げて尻餅をき、全身で驚きを表現した幸聖に、声の主は申し訳なさそうに眉をひそめた。


「すみません。いきなり声をかけてしまって」

「――あ、い、いえ。大丈夫です、その、吃驚びっくりしただけですので」


 まだバクバクと高鳴っている心臓をなだめるように胸に手を当て、声の主の顔を見上げる。

 声の主は優しさと大人な雰囲気を漂わせる、赤っぽい黒髪の青年だ。

 明るい金とも銀ともとれる綺麗な瞳は、幸聖と幸聖の手に持つ武器の説明書に注がれている。


「それで、えっと……どちら様ですか?」

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はフレデリック・エイト。魔王軍の第二波へ対抗する人類軍の最高指揮権を預かった、金等級の組合員です」

「あなたがそうでしたか。サラーフさん――王国騎士団副団長の方から話は伺っています」

「それはよかった。それで、その武器は?」


 フレデリックはにこやかな笑みを浮かべ、視線を下――魔術陣の上に置かれた武器へと注いだ。

 ようやく心臓が落ち着いてきたのを確認し、立ち上がって同じものに視線を向ける。


「これは俺たちの仲間の一人が、俺たちの世界にあった武器を再現したものです。これを読む限り再現は完璧なので、後方からの援護は魔術に引けを取らないかと思います」

「なるほど。前線を張る武器ではなく後方で援護する武器でしたか。……わかりました。ではこちらに残った召喚者の皆様にはこの武器を扱う方五名とその護衛についていただけますか?」


 フレデリックはほんの僅かな時間だけ考えるような素振りを見せて、幸聖にそう告げた。

 それに目を丸くし、その言葉のありがたさと同時に、まるで前線で戦う戦力に数えられていないような言い草に、ちゃちなプライドの所為せいか少しだけ気が立つ。


「ああ、すみません。勘違いして欲しくないのですが、私は別に、あなたたち召喚者が要らないと言っているわけではないのです。召喚者は長い間、召喚者の中の連携を鍛えてきたはずです。それが全員か、何人一組の数チームかはわかりませんが、それを利用できるのならそちらの方がよいと判断したまでです」


 幸聖の感情や思考を読んだかのように、フレデリックは言葉の真意を告げた。

 あの一瞬でそこまで考えていたのかと驚き、同時のそこまで考えてくれていたのになんて申し訳ないことを思ってしまったんだと申し訳ない気持ちになる。


「それに、その武器があなたたちの世界のものならば、知っているあなたたちが近くにいた方が緊急時に対処しやすいでしょう? それに、後方を守るのも立派な役目の一つです。もし前線が突破され、この司令部まで魔王軍が攻めてきた場合や、あるいは帝都に魔王軍が姿を現した時のような緊急事態イレギュラーが起きた場合の最後の砦としての活躍も期待しています」

「……そういう意味だったんですね。言葉のままだけを受け取り、変な誤解をしてしまってすみません」

「いえ、そちらが謝ることではありません。言葉足らずだった私にも非はありますから」


 フレデリックの好青年っぷりに感服する。

 これが金等級まで上り詰めた、ある種、人類の最高到達点なのかと感動とも言える感情を抱いた。


「それにしても、その武器を用意してくれた方を、あなたは尊敬しているのですね」

「……はい?」


 何を言ってるんだ? と言葉と表情にありありと出した幸聖に、フレデリックは違いましたか? と首を傾げる。


「あなたの物言いからは、その方を同等以上の存在だと認めているような感覚を受けましたが……」

「いやいや、そんなことはないです。あいつは確かに憧れではありますが、それはあくまで行動と言うか、目標と言うか、とにかくあいつは尊敬するような人じゃない、はずです」

「……そうですか」


 幸聖の物言いに、フレデリックは何とも言えないような表情を浮かべる。

 それがどんな感情を心に抱いているのかわからないが、今は自身の感情すらもわからない。


 パレードのあった日、葵の戦う姿に昔の夢だったヒーローを幻視した。

 葵の行動や言葉など、全てにヒーローの素質などないのに、それが視えたのだ。

 唯一、ヒーローの素質があるとするのなら、結愛会長という存在を直向ひたむきに追い続けていることくらいだ。


 だから、何もわからない。


「では、私はこれで失礼します。今話したことを、他の召喚者の方へお伝えください」

「あ、はい。ここまで来て説明していただき、ありがとうございました」

「援護、よろしくお願いしますね」

「はい!」


 フレデリックは男の幸聖でも惚れてしまいそうなくらいに優しく微笑んで、その場を去っていった。

 その後ろを、深いフードを被ったローブ姿の人が付いていく。


「……あんな人いたっけ?」


 フレデリックとの会話中、一度も視界に移らなかったそのローブを人影に、何とも言えない気持ちを抱いた。

 警笛が鳴るわけでも、嫌な予感がするわけでもないが、なんだかモヤモヤした気持ちだ。

 少なくとも、危険を感じるようなものではない。


「お待たせぇ。みんな連れてきたよぉ」


 愛佳が笑みを浮かべながら手を振って歩いてきている。

 その後ろには、愛佳と一緒に王国組を呼びに行った摩耶と、目的の王国組のクラスメイト達が歩いてきている。

 ちゃんと役目は果たしてくれたらしい。

 ならあとは、幸聖がやるべきことを為すだけだ。


「来てくれてありがとう、みんな。じゃあ早速だけど、コイツも含めて、あと数時間後に始まる大戦の話をしよう」


 魔術陣の上に置いてある金属製の武器を持ち上げて、どんな感情を向けていいかわからない相手と同じような悪戯な笑みを浮かべてそう言った。



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