第六話 【趨勢を左右する選択】




「すみません! お待たせしました!」


 ソフィアの伝令を聞いて、葵はナディアの転移ですぐに司令部まで戻ってきた。

 そこには既にラティーフやアヌベラ、帝王など、戦闘の主力メンバーが集められている。

 翔と龍之介の姿はないが、幸聖の姿があるから召喚者代表は彼なのだろう。


「いえ、大丈夫です! では続きを話させていただきます」


 ソフィアは葵の到着を歓迎し、すぐに本題に入る。


「通信は帝国から王国へ、そしてここへ伝令されました。幸い、帝国の冒険者がその違和感にすぐに気が付いたので、まだ首都への侵攻は始まっていないそうですが、一日もしないうちに首都が蹂躙されるとのことです」

「一日か……」


 ソフィアの言葉に、ラティーフが難しい顔で頷く。

 それもそのはずで、ここから正規ルートで帝国まで向かうと、最速でも二か月近くはかかる。

 とても一日なんてわずかな時間で援軍が間に合うはずがない。


 もちろんそれは、通常の移動手段を取った場合だ。

 ナディアが転移で瞬く間に帝国まで跳べるので、時間的な問題はいくらでも解決できる。

 ただ問題は、どれだけの人数を連れて行けるのかと、人間ではないナディアが転移を使えると知った時の他国の反応だ。


 前者は単純に、ナディアの魔力が足りるかどうかというものだ。

 エルフと魔人のハーフであるナディアの魔力量は人間なんて比にならないくらいの魔力量を持っているが、直線距離で一万キロ近くある帝国まで跳ぶとなると流石に何度もというのは難しい。

 転移は距離と質量に比例して魔力の消費量が大きくなってしまう。

 どれだけの人数を帝国まで運べるかが問題となる。


 だがそんな問題の前に、まずは転移のことを教えるかどうかが大事になってくるだろう。

 人類のことを考えるのなら、ナディアには申し訳ないが転移のことを話し、働いてもらうしかない。

 ただその場合、ナディアの今後がどうなるかわからない。

 ナディアの転移の利便性を見出した他国が、それを利用しようとナディアを奪い合う可能性がないとは言い切れない。

 特に、移動手段としてだけでなく戦力的なものとしても使える空間魔術は、実力のある異性を妻に娶ることで有名な帝王に目を付けられるのは火を見るよりも明らかだ。

 そうなった場合、やはりナディアの自由は奪われる可能性が高い。


 だが、と葵は一つの疑念に当たる。

 ラティーフは、ソフィア誘拐事件でナディアが転移を使えることを知っている。

 葵が助力を求めた時に、転移で共和国から王国まで来たのだから、知らないわけがない。

 なのに、それを提案しないのには何か理由があるのだろうか。


「一つ、提案がある」


 その声は、テントの外から入ってきた人物から発せられた。

 その人物は人間にしては長い耳を持ち、切れ長の金色の瞳に綺麗な新緑の髪を持つ、葵に刀を教えてくれた人物。


「……何でしょうか? ナディアさん」


 葵が頭を巡らせ、どうするべきかを悩んでいる間に、いつの間にかテントへと入ってきたナディアが手を挙げ声を発していた。

 葵の悩みの要因が現れたことに驚き、声を出すことを失念している間に、場を取り仕切っていたラティーフが意識を向けた。


「私は空間魔術が使える。二十人くらいなら、帝国まで連れていける」

「……」

「本当か?」

「はい」


 ナディアの答えに、ラティーフは考え込むようにして無言になり、その代わりと言わんばかりに帝王ことドミニクがその確認をした。

 ナディアはそれに頷き、周囲の会議に参加している人たちを驚かせる。

 それは、葵も例外ではない。

 と言っても、葵の驚きは他の人たちとは別のものだ。

 ナディアが自らを顧みず、転移が使えると名乗り出たことに対して驚いている。

 何か意図があるのかもしれないが、人の心を読めない葵にはわからない。


 わからないと言えば、ラティーフもそうだ。

 ナディアが転移を使えると知っているはずなのに、今もナディアが提案したことに対して無言を貫いている。

 思案顔をしているから何かを考えているのだろうが、やはりわからない。


「だが魔力は足りるのか? 魔術と言うからには、魔力を消費するだろう? それも使い手の少ない、希少な魔術だ。それ相応の魔力が必要だと思うが?」

「だから二十人まで。私も戦うから、魔力の回復も考えて連れて行けるのも一度だけ」

「……なるほどな」


 ドミニクの問答に、ナディアは冷静に答える。

 その冷静さが、言葉の内容を信じさせたのか、ドミニクは満足そうな笑みを浮かべた。

 それがナディアに目を付けたことにより笑みなのか、あるいはこの状況を打破できる可能性を見出したことに対しての笑みなのかはわからない。


「……良いんだな?」

「はい」


 ラティーフが顔を上げ、ナディアに向けて短く告げた。

 その言葉には、色々な感情を含ませていただろう。

 おそらくは葵の思考では至らなかった部分まで。

 それに、ナディアは間髪入れずに頷いた。

 まるで、もう覚悟はできていると言わんばかりに。


「……そっか。覚悟決められてなかったのは俺だけか……」


 ナディアの表情と言葉を聞いて、葵は小さく呟いた。

 若干の悲しさと疎外感、そして呆れを含んだ呟きだ。


「葵? 何か言いたいことあるか?」

「……いや、うん。ナディアさん」

「何?」

「……大丈夫ですか?」

「大丈夫。何かあっても、葵と一緒にいる」


 葵の質問に、ナディアはしっかりと頷いた。

 ただ質問の意図は間違って伝わったようで、葵は先ほどの会話の続きで大丈夫かと聞いたのだが、大戦が始まる前の一緒に行動しようと言ったことについてのことだと勘違いさせてしまった。


「そうじゃないんだけど……まぁでも大丈夫そうだね。ラティさん。何でもないです」


 ただ、結果として問題がないことを確認できたので大丈夫だと確信する。

 ナディアが決めたことならば、それを少し親しいだけの他人が口を出すのはお門違いというものだ。

 それが助言なら時としてプラスに傾くが、もう覚悟を決めている人間にかける言葉など、応援以外の何もない。

 だから、もう何も言わない。


「……そうか。じゃあ続きを話そう」

「お願いします」


 ラティーフは改めて、と机に広げた帝国の首都の地図を広げる。

 これは今回の為に用意したものではなく、ドミニクに頼んで描き上げた応急的なものだ。

 故に、荒野の地図よりも荒く雑だが、無いよりはマシだ。


「ではドミニクさん。お願いします」

「ああ。まずあんた――ナディア、だったか? に聞きたいんだが」

「何でしょう?」

「あんたが確実に運べる人数は何人だ?」


 ドミニクの質問に、ナディアは一瞬迷う素振りを見せる。

 ただ十秒もかからずに顔を上げ、その答えを出した。


「さっきも言った通り、二十が確実」

「わかった。じゃあその二十人を転移する場所はここだ。俺の指示通りなら、ここは緊急時の作戦司令部になっているはずだ。少し上空に跳んで、風の魔術で緩衝材を作って着地しよう」

「わかりました」


 ドミニクは手短に指示を出した。

 ラティーフと同じようなタイプの人間だとは思っていたが、やはり馬鹿ではないようだ。

 そもそも、いくら実力至上主義国家であっても、一国の王として君臨している以上、馬鹿にそれが務まるはずがないのだ。


「跳ぶのはナディアの魔力が回復してから。あとどのくらいだ?」

「二時間もあれば」

「じゃあその間に人選だ。これは俺たちで行うから、魔力回復に努めてくれ」

「わかりました」

「それで、次は配置だが――」

「し、失礼します!」


 ドミニクの進行で順調に進んでいくテント内に、ふとそんな声が響いた。

 それは入り口の辺りから聞え、そちらにテント内の全員の視線が向けられる。

 それに臆することなく、テントに駆け込んできた王国騎士団員の一人はビシッと敬礼し、大きく息を吸い込んだ。


「東北東より魔王軍の第二波と思われる軍勢を確認しました! 距離百キロ!」

「まだ居やがったのか……」


 騎士団員の言葉に、ドミニクが怖い顔で呟いた。

 ただその顔はともかく、言葉の内容には全員が同意した。


 そんな軍勢がどこに潜んでいたのかという疑問は、それを発見できなかった斥候へ向けるべきか、戦場を横断した上で気が付かなかった葵自身の失態を責めるべきか。

 ただ葵の“魔力探査”は使う魔力量で距離を変えられるが、今回使っていたのはだいたい半径一キロの索敵だ。

 故に、百キロ先の敵なんて見つけられるはずもないし、そもそも魔紋を解放していない状態だと五十キロ以上先の魔力を捉えることすら難しい。

 斥候も、敵の最前線を捉え続け、その情報を逐一報告してくれていたのだから、責められるのはお門違いと言えるだろう。

 だから仕方のないこと、どうしようもなかったことだと割り切って、話の続きを聞く。


「数は?」

「少なくとも、第一波の倍はいるかと」

「少なくとも倍、か」


 ハキハキと話す騎士団員の言葉が、絶望の報せのようになっている。

 今の第一波での戦いで、人類軍への被害はほぼ絶無だ。

 ただそれは、ラティーフやアヌベラ、ドミニクなど、人類軍の実力者がいたからというのも大きいだろう。

 もちろん、彼らがいなくとも負けることはなかっただろうが、被害なしで勝てたとは限らない。


 そうなる場合、魔王軍の本隊側に戦力を集中させるのは悪手だ。

 実力者が本隊の対応に向かうと、こちらの荒野側が手薄になる。

 そうなれば被害も避けられないだろうし、いくら本隊を潰したとしてもこちら側に被害が出てしまっては元も子もない。

 ただそれは、逆も然りだ。


「第一波との戦闘領域までの到達時間は?」

「幸い、進行速度は遅く、早くても十二時間はかかるかと」

「ならまだ……いや、向こうでも準備がいる。戦うのは難しいか……?」


 ドミニクは似合わない思案顔で呟く。

 数時間程度ならまだこちらを潰してから転移でも間に合うかもしれないが、半日ともなると流石に厳しい。

 そもそも、こちらを順当に全て潰してから出ないと帝都へ転移できないのだから、やはり難しいと言わざるを得ない。

 やはり、この状況で戦力を分散させるのは悪手だろう。


「相手の戦力はわからないか?」

「正確な数字は不明ですが、前線を張っていたのは魔物が多数だったので、先ほどと似たような陣形かと推測されます」

「それならまだいけるか……?」


 騎士団員の報告に、質問をしたドミニクは難しそうな顔で呟いた。

 ラティーフやアヌベラなど、周りの人たちも一様に似たような表情をしている。

 それだけ、状況が切迫しているのだろう。

 戦術に関して、葵は専門家でも経験を積んだ強者でもないから詳しいことは言えないが、それでも現状が相当不味いことだと言うのは理解している。

 この場に居れば、どんなに頭の悪い人間であっても理解しようとする姿勢さえあれば誰でも理解できるだろう。


「軍以外の参加兵の戦力はかなり高かった覚えがある。銅階級が五割はいたはずだ」

「そう言えば、現在の人類最高階級である金等級の組合員が参加してくれているはずです。その方を筆頭に聖歌隊の援護も含めた防衛線を張れば、どうにかなるのでは?」

「しかし組合員如きに守れるのか? 所詮、軍には入れなかった落ちこぼれ共の集まりだろう?」


 ラティーフが思い出したような発言をし、連鎖するようにアヌベラが希望を見出す言葉を放つ。

 しかしその希望は、ドミニクの大胆不敵とも、失礼とも言える発言が遮った。

 ドミニクが治める帝国は実力至上主義国家であり、あの国における組合員は軍に登用される為の手段でしかない。

 そういう背景があるからこそ、銅等級ともなれば軍に登用されるのが前提であり、ドミニクはさも当然のようにそんな発言をしたのだ。

 そこには、悪意なんて一つもない。


「そんなことはないですよ。銅等級の組合員は最低でも軍に入れるだけの実力は持っています。そうできないのは、家柄とか試験の難易度とかの問題だ。連携も、銅等級なら最低限のことはできると組合から認められています。むしろ、見知らぬ人との連携なら、組合員の方が優れていると言ってもいい」


 そんな物言いをしたドミニクに対し、組合員の実体を少しだけ知っている葵は冷静に反論する。

 怒りを露にするでもなく、あるいは悲しむでもなく、ただ淡々と、冷静に。

 意外な覚悟から反論が来たドミニクは少しだけ驚くような表情をしたが、すぐに感心したような表情に変わる。


「……葵、だったか? その根拠は?」

「以前、組合員の方とともにひと月ほど旅を共にさせていただいたことがあります。彼らは全員が銅等級の方で、俺とは初対面でしたが、すぐに打ち解けました。俺はその当時――いや、今でも人と関わるのが得意ではありませんが、そんな俺でもすぐに接することができるくらいにはコミュニケーション能力はあります」

「体験談か……まぁ嘘を吐くような場面でもないし、嘘を吐くような奴でもないだろうしな。何よりその顔はマジ言ってる顔だ。ある程度個人の戦力があって、数もいるなら任せても問題はないだろう」


 ラティーフはそう言って、満足そうに頷いた。

 最初こそ懐疑的だったが、組合員にここを目指す第二波を任せていいと言ってくれた。

 テント内を見回してみたが、厳選した人を帝都へ向かわせ、それ以外の残された人類軍で第二波に立ち向かうと言う作戦に、否定的な人はいない。


「まずはその金等級の冒険者へ説明しに行こう。断られたら根底から考え直さなければいけないからな」

「ではその間、我々で次の作戦を練っています。その方が効率的だ」

「確かに、その通りだ。では頼みます」


 共和国の騎士団長であるカンタローが、ラティーフへと告げた。

 それに同意し、ラティーフは葵へ視線を転じる。


「葵。旅を共にした組合員とやらはこの大戦に来ているか?」

「何か弊害がなければいるはずだ。まだ見かけてはいないけど、探そうと思えばすぐだと思う」

「そうか。念のため、多くの組合員に話しておきたい。ついてきてくれ」

「わかった」


 ラティーフのお願いに同意して、葵はテントの外に出るラティーフに追従する。






 テントを出てから十数分。

 葵の“魔力探査”で数千居る人類軍の中から何とかムラトたちを見つけ出し、先ほどの会議で決まったことを話した。


「――やっぱりそんなことになってたか」


 葵の話を聞いて、ムラトは開口一番そう言った。

 まるで、そんなことになっていたのが分かっていたかのような口ぶりだ。


「知ってたんですか?」

「いや。知ってたってよりはそうなんじゃないかって思ってたって感じだな。聞いてた話より随分と簡単に大戦が終了して、そのあと勝ちどきもなく各軍の団長たちがテントへ入っていったって話を聞いたからな」

「なるほど」


 実際に体感したこと、そして聞いたことを合わせ、ちゃんとした推察を立てて先を予想していたらしい。

 一緒に話を聞いてもらっていたハーディやアブー、ムラジと言った面々も、うんうんと頷いている。

 きっとムラトたち全員で考えついた思考だったのだろう。


「それで、どうですか? 組合員の方たちで第二波を抑えられますか?」

「可能か不可能かで聞かれりゃ、まぁ可能だろうな。別に、組合員だけが荒野こっちに残るわけじゃないんだろ?」

「はい。抜けても団長副団長クラスの人間です。人数的には九割九分残ります」

「んー。団長クラスってなると戦力はその数字通りじゃないだろうが、まぁでもやっぱどうにでもなると思うぞ。それに、今回の大戦に参加してる金等級の組合員は名実ともに最強だ。俺でも知ってるからな」

「そうなんですか」

「おうともさ。そいつは自分の実力だけじゃなくて、他人を指揮する能力も長けてるって話だ。だから、そこの王国の団長様の変わりは果たしてくれると思うぜ?」

「それは頼もしいな」


 想像以上にムラトが高評価をしている。

 一か月程度の付き合いだが、冗談でそんなことを言うような人間ではないとわかっているのでその言葉は信用できる。

 ラティーフも、その評価に感心している様子だ。


「それで、その組合員はどこにいるかわかりますか?」

「それなら見つけやすいと思うぞ。美人やら可愛い子やらに囲まれた、赤っぽい黒髪の男がいるはずだ。それがフレデリック・エイト――くだんの金等級組合員の名前だ」






「失礼。君がフレデリック・エイトという組合員か?」

「そうですけど……って、もしや王国騎士団長のラティーフ様ではないですか。わたしのような一介の組合員にどのような御用でしょう?」


 ラティーフという、一般人ではあまり関わりの持てない人間の来訪に驚いた表情を見せ、しかし金等級らしい大人な対応を見せた。

 見た目はムラトの言った通り赤っぽい黒髪で、ゆるふわな雰囲気を感じる。

 葵と同じか少し上くらいの年齢なのに、対応は随分と大人びている。

 流石に金等級までに成長した組合員と言うだけあって、経験値が違うのだろう。


「君にお願いがあるんだ」

「お願い、ですか?」

「ああ。これから全軍に通達することなのだが、現在、帝都に魔王軍の本隊と思われる部隊が侵攻している。そして、ここから東北東より魔人を含む魔物の部隊も同時に侵攻している。故に、一部の精鋭を帝都へと送り、残りでこちらに侵攻している魔物の部隊を殲滅して欲しい」

「つまり、その殲滅の指示を自分に行って欲しい、と?」

「察しが早くて助かる」


 ラティーフの言葉を一言一句聞き逃さないように、集中して話を聞いていたのが傍目にも理解できた。

 その内容を理解し、その上でフレデリックはしっかりと思考する素振りを見せる。


「わたしのような、素性の知れない人間に任せてもよろしいのですか? 精鋭部隊を帝都に送ると言うことは、少なくとも指揮を行える人材はこちらに残るのではないですか?」

「申し訳ないが、それはまだそれはわからないんだ。誰を連れていき、誰を残すと言う選択は、現在進行形で行われている。だから、こちらに確実に残していく人間で、その指揮を行える人材は君しかいないだろうと白羽の矢が立った」

「なるほど。王国騎士団長にそう言っていただけて嬉しいのですが……白羽の矢、ですか。面白い表現ですね」


 その言葉ににこやかな笑みを浮かべたかと思えば、次の瞬間にはスッと冷徹な表情へと変貌した。

 周囲の空気が凍り付くのを感じ、同時に肩に重石でも乗ったのかと錯覚するくらいの重圧がかかった。

 それが、フレデリックの放つ殺気やプレッシャーだと理解し、冷や汗が垂れる。


 白羽の矢とは、正しい意味で使うと多くの中から犠牲者として選出する、といった意味だったはずだ。

 それを理解したフレデリックが、お願いをしに来ているのにもかかわらずそんな物言いをしたラティーフへと殺気を向けたのだろう。


「こんな言い方しかできなくて済まないな。だがあなたならできると信じているのも事実だ」

「それは誰が証明を?」

「こいつだ」

「……ファッ?」


 フレデリックの質問に、ラティーフは間髪入れずに視線を葵に転じた。

 先ほどのプレッシャーにより完全に傍観者と化していた葵は、その意図を理解できず反応に遅れた。

 遅れたせいで変な言葉が漏れたが、それを冗談へ変えられるような空気でもない。


「こいつが、組合員なら見知らぬ人との連携も取れる。だから軍のトップが確実に抜けるであろう戦術を取るのなら、組合員を指揮系統のトップに置くといいんじゃないかってな」

「――へぇ、君が」


 いきなり向いたヘイトと、未だプレッシャーを放っているのではないかと錯覚するほどに鋭い視線を向けてくる。

 初対面の印象がゆるふわだったからこそ、今のギャップが怖くて堪らない。

 こんな目に遭わせたラティーフにあとで文句を言うとして、とりあえず話しかけられたのだから応えるのが礼儀だろう。


「えっと、はい。俺は銅等級の組合員の方とひと月旅をしたことがありまして、その時に組合員は誰とでもある程度の連携を取れると知ったので、その二つも上の階級のあなたなら指揮もできるのではないかと思いまして……」


 プレッシャーがあるからいつものような大胆な言葉を吐けず、弱腰な言葉でそう告げた。

 いつもの葵を知っている人間がいたら、きっとその豹変っぷりに驚きを隠せないだろう。

 それに対して、フレデリックは何も言わない。

 ただ無言で、言いたいことを言い終えた葵を、品定めでもするみたいにジッと見据えている。


「……いいですよ」

「! 本当ですか?」

「はい。自分にしかできないのなら、やれるだけのことはやりましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げて、フレデリックに感謝する。

 ラティーフも感謝すると頭を下げた。


「そんなに畏まらないでください。自分にできることはしますが、できないことはできません。なので、早め援軍としてに戻ってきてくれると嬉しいです」

「必ず、とは言えませんが、善処します」

「ええ。それで構いません」


 改めて感謝を述べて、その場を後にする。

 この世界に来てから、人と会話して緊張すると言う初めての体験をし、まだ足が若干震えている。


「すまんな。お前に嫌な役を押し付けてしまった」

「……本当ですよ。あとでなんかしてもらいますからね」

「ああ」


 そう約束を取りつけ、テントへの帰路をスタスタと歩く。


「そう言えば、知り合いの組合員に上げた魔術陣ってなんだ?」

「あー……約束を果たすためのものです」

「……そうか」


 なぜか異様なほどに優しい笑みを浮かべ、ラティーフは答えた。

 その返事に僅かな違和感を感じたが、嫌な気はしなかったのでまぁいっかと放置する。

 しばらく無言で歩き、会議が行われているテントへと戻ってきた葵とラティーフは、テントの前でゴマゴマとしている人影を見つけた。


「お前たち、どうした?」


 ラティーフはその人影へと躊躇いなく話しかけた。

 尤も、知り合いだったので何もおかしくない。


 ラティーフに背後から質問を投げかけられ、びっくりを体現するように跳ね上がったのは、幸聖と確か幸聖とよく一緒にいる千吉良摩耶と相田愛佳だった。

 幸聖は元戦わない召喚者筆頭として動いてくれている一人であり、この一か月で“鬼闘法”を実践レベルまで会得している一人でもある。

 急な会議だったと言うことで、今回の会議には呼ばれていなかったが、なぜここにいるのだろうか。


「ラティさん! 一つ聞きたいことがあってきたんですが」

「なんだ?」

「帝国の首都に魔王軍が侵攻し、同時にここにも魔物たちが来ていると言うのは本当でしょうか?」

「ああ。本当だ」


 その答えに幸聖は驚きを露にする。


「……一つ、お願いしたいことがあります」

「言ってみてくれ」

「俺たち――王国組を、こっちに残してくれ」

「……理由は?」


 ラティーフの問いかけに、幸聖は深呼吸を挟む。

 後ろの女子二人は先ほどの葵と同じ、置き物のようなものと化しているが、今は幸聖の言葉が優先だ。


「俺たちは、まだ人と戦えない。人を殺す覚悟は、結局今になってもできなかった。だから、きっと帝国の方に行っても、足手纏いになる。でも魔物なら、多分殺せる。殺せなくても、援護ならできる。だからこっちに残りたい。お願いします」


 そう言って、幸聖は頭を下げた。

 後ろの置き物と化していた女子二人も、同じタイミングで頭を下げる。


 きっと、色々と考えたのだろう。

 自分たちにできること、できないこと。

 その上で、自分たちにできることを最大限発揮して、現状を変える方法を。


「……ラティさん」

「どうした? 葵」

「こいつらのやりたいこと、やらせてあげてくれませんか?」

「……ほう?」


 なんでこんなことを言おうと思ったのか。

 少なくとも召喚時の葵なら、こんなことをしている幸聖を見下していただろう。

 いや、もしかしたら少しは認めていたかもしれない。

 ただどうにせよ、援護することはなかったはずだ。


 その心情の変化は、きっと葵が同じだったからだろう。

 自分にできることを考え、その中で最大限を発揮するために動き続けてきた自分の姿を、幸聖に見たのだろう。

 葵は、そのあとで失敗した。

 ラディナを連れ去られたり、ソフィアを危険に晒したりと、多くの失敗を犯した。


 だからせめて、幸聖たちには成功してもらいたいと言うエゴが、葵に似合わない発言をさせた。

 その似合わなさは、頭を下げていた幸聖たちが思わず顔を上げてしまうくらいだ。

 自分でも、何やってんだと思う。

 だけど、幸聖たちに成功して欲しいと言うのは事実だ。


「安心してくれ、葵。俺たちのスタンスは召喚者の意思は尊重する、だぞ? 無理なことを言っているわけじゃないんだ。幸聖の意見はちゃんと尊重するよ」

「ありがとうございます!」


 ラティーフの前向きな答えに、幸聖が再度頭を下げた。

 やりたいことをやれる以上、幸聖たちには是非とも成功体験という形で終わらせてもらいたい。

 だから、葵もできることをしよう。


「工藤。これ」

「……? これは?」

「前に言った、お前達でも戦える力をつける武器。あの高い丘でこっちの大きい魔術陣を広げて、そのあとに小さいのに魔力を沢山注いで。多分、数時間以内に武器が送られてくるから」

「わかった! ありがとう」


 幸聖に礼を言われ、少しだけ気恥ずかしさを覚えながらも、葵は問題ないと答えた。

 ラティーフが隣でニヤニヤとウザったらしい顔をしているが、絡むと面倒になるのは明確なので敢えて何も言わない。


「ラティさん。早く行きましょう」

「ああ、そうだな」


 少しだけ笑いを含んだまま、ラティーフは葵の言葉に頷いた。

 葵たちがテントに入るまで、幸聖たちは二人の後ろ姿を見つめていた。



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