【ダンジョンを進む】




 整備された遺跡のような場所。

 謎に多く包まれた光る壁や天井や地面によって構成される、共和国が保有するダンジョン内。

 初代勇者の死後、後世の人々を鍛え、魔人と対峙できるだけの力を身に着けるために残したとされるダンジョン内に一組の男女がいた。

 背後に鍛えられた肉体を全身鎧で包んだ男性こそいるが、その男性は前方の男女ペアには関与しないとばかりに腕を組み、その行く末を見守っている。

 それを知っている男女は、大きな紋様の描かれた高さ十メートルはあろうかという巨大な扉を前にして、視線を合わせる。


「この先にいるんだよね」

「うん。調子は大丈夫? まだ休憩はとっても大丈夫だよ?」


 不安げに言葉を漏らした、魔術師らしい格好をした女に対し、急所を守るだけの防具しかつけていない隣のイケメンは、女の顔を覗き込んで心配そうに問いを投げる。

 その優しさをありがたいと感じつつ、女は首を横に振る。


「大丈夫。この世界に来てから体調も改善したから。あとは、覚悟を決めるだけ」

「……そっか」


 女の言葉に、イケメンは頷いた。

 ここ三か月ほど一緒にいたので、その変化には気づいていたし、何なら女から相談もされていたからだ。

 それでも、これまでの女のことを考えると、やはり心配はある。

 だけど、女自身が大丈夫だと言っているのだから、それ以上心配するのは野暮だとわかっている。

 ならば、自分はできることをやればいい。

 気負わずに、いつも通りをするだけだ。


「じゃあ、行くよ、翔」

「うん。行こう、日菜」


 日菜子おんなイケメンは同時にその扉を押した。

 すると、重たい音とは裏腹に軽い感触が手を伝わり、やはり重たい音を立てて扉が開く。

 全開にされた扉を潜り、日菜子と翔は前に進む。

 その後ろをラティーフぜんしんよろいが追従する。


 扉を開けた先は少し開けた広間だった。

 直径にして五十メートルほどはありそうな大きな円形の広間は、発行する壁や床によって視界は確保されている。

 そんな広間を、日菜子と翔は警戒するように、一歩一歩ゆっくりと進む。

 いつ何が起こっても、問題なく対処できるように。


 二人が広間の中央辺りについたとき、ゴゴゴッと地鳴りがなった。

 自然からくる地鳴りではなく、ある一定の場所に誰かが来た時になる、このダンジョンにおけるいわゆるボス部屋と言われる部屋でのみ発生する地鳴りだ。

 それを聞き、二人はより警戒を高める。


 そんな二人の前に、光る地面を砕き、一体の魔物が現れた。

 そいつはゴーレムと呼ばれる存在で、このダンジョンにおいてボス部屋にのみ現れる特殊モンスターの一種だ。

 現在、攻略されている第六層までの情報によれば、各階層の最後に現れるゴーレムは、それぞれが一つは能力を持ち、それを最大限利用した戦いをしてくる。


 日菜子たちが挑戦しているダンジョンの第一階層ボスの能力は“斬る”。

 人より少し大きいという程度の土で作られた肉体から、音速に近い攻撃が放たれる。

 どんなに硬いものでも、問答無用で切断するその刀の腕は、まるで硬い鱗を持つ魚を、いとも容易く捌く職人のようだ。

 防御不能、回避必須のボスを前に、日菜子と翔は立ち向かう。


! 俺が引きつけ、日菜が攻撃!」

「わかった!」


 そう指示を飛ばし、翔は腰に携えた剣を抜き放ちゴーレムに直進する。

 翔を認識したゴーレムは、刀状になっている腕を振り上げ、ヒュンッと鋭い風切り音を鳴らす。

 それを刀で軌道を逸らしつつ、低い体勢から下を取り、二の腕辺りで剣を振り上げる。

 名剣と言って差し支えない無銘の剣は、ゴーレムの腕を簡単に吹き飛ばす。


 余波で上体が後ろにずれたところへ、日菜子の魔術が飛来する。

 水で作られた槍を、最大速で射出する。

 数こそ少ないが、人体を貫通させうるほどの威力を持っている。

 それが正確にゴーレムの体を貫通し、ついでとばかりに足を吹き飛ばした。

 片腕と片足を失い地面に倒れたゴーレムは、地面に溶けるように消えていった。


 しかし、これが終わりでないことは聞いている。

 油断せずに数秒待つと、地鳴りはなく、地面から再びゴーレムが現れた。

 その体は斬られた腕も、吹き飛んだ足も再生している。

 どの階層のゴーレムにも当てはまる、核を破壊しない限り再生するという能力だ。


「右腕、両肩、胸、左足に核なし」

「了解。次はお腹と頭を狙う」

「じゃあ俺は左腕と右足で」


 短い言葉を交わし、再び翔は飛び出す。

 先ほどと同じ攻撃に、ゴーレムは同じように対処する。

 右腕を振り上げ、それを真っ直ぐ翔へと振り下ろす。

 音速に迫るとされるその一撃は、直線的であるため避けやすい。

 やはり刀で軌道を逸らして、再びその右腕を斬り落とす。

 しかしゴーレムは学習したのか、斬り落とされた腕を媒体に魔術を起動し、数キロはある質量の腕を岩弾として全方位へと無差別に放った。


 至近距離で高速の魔術を放たれた翔は、ゴーレムが学習することを知っていたため、慌てることなくそれに対処する。

 放たれた岩弾一つ一つに対処をする技量も時間もないので、影響を最小限にまで落とす手法を取る。


「“風破エアバースト”!」


 地面に向かいなるべく威力を上げた風破を放つ。

 思い通りに放たれたそれは、半球状に風を巻き起こし、迫りくる岩弾の威力を激減させた。

 同時に、それを真下から受ける形になった翔が、上空へと打ち上げられる。

 天井が高いのでぶつかる心配はないが、上空ではゴーレムの攻撃を躱すのが多少難しくなる。

 それを理解しているのか、ゴーレムは上空に打ち上げられた翔へと残った左腕で突きを放つ。


 しかし直前に、前方から飛来した水槍によってその攻撃はキャンセルされる。

 腹部と左足、そして頭部を撃ち抜かれ、再度地面に溶け込む前に、落下してきた翔によって左腕が切断される。

 左腕の切断に伴い、右腕と同じく岩弾が無差別に放たれたが、二度目は効かない、と魔術と剣術で全て打ち払って見せる。


「核が見当たらないってことは核が移動するのか、小さくて指の一本まで壊さなきゃ判別できないか、かな」

「どっちにしても、全身を破壊してみるのが一番かな?」

「そうだね。日菜はあのゴーレムを一発で破壊できる魔術をお願い。核を見つけ次第、俺がそれを斬る」

「了解」


 パッと可能性を洗い出し、洗い出した可能性から対処を導き出す。

 長年、外で遊びにくい体質だった日菜子と一緒にやってきた経験を最大限活かして戦う。

 再度、ゴーレムが生成される。

 少し形が変わり、腕と脚が一回りほど太く形成された。

 その代わりか、腹部から胸部が細くなっているように見える。

 最大の質量は決まっている可能性があるな、と推測し、翔は三度目の直進を行う。


 その姿を見たゴーレムは、瞳を怪しく光らせ、両腕を同時に振り上げる。

 今までは片腕での攻撃だったが、それが二つとなれば対処も変わる。

 一本ならまだ翔の剣で両断できるが、二本となると厳しいものがある。

 長さ的な問題で行くならば何も支障はないだろうが、その技術が翔にあるかと言われれば悩ましい。

 それに、ゴーレムの腕の太さはさっきまでと同じではない。

 不確定要素がある以上、今までと同じ選択を取るのはよくない。

 故に、その振り下ろしは全力回避を選択する。


 圧倒的な質量で振り下ろされたそれは、風を切る音とは裏腹に、ズトンッと重く響きながら地面に叩きつけられた。

 それを攻撃の範囲外で認識しつつ、避けておいて正解だったな、と思い、そのままゴーレムに攻撃を仕掛ける。

 しかしその前に、ゴーレムは地面へと溶けていった。


 今までは攻撃を受け、損傷したときにのみ地面へと消えていた。

 なのに、攻撃を受けることも、損傷を負うこともなく、ゴーレムは消えていった。

 今の攻撃で、自らの腕を破壊したから消えたのか? と推測するが、それにしては消えるまでの時間が短かった。

 ならば、何か意図があって行われたことだろうか。

 その思考に至った時、ある可能性に気が付き、すぐに日菜子の方を向いた。

 そこには威力と範囲を高める魔術を放つために集中している日菜子の姿があった。

 日菜子もゴーレムが消えたことを疑問に思っているのか、少し不可解そうな顔をしているが、翔の視線は日菜子のすぐ近くの地面へと向いていた。


「日菜子避けろッ!」


 翔の言葉と同時に、ゴーレムが日菜子の左後ろの地面から音もなく現れた。

 その気配に“魔力感知”で気が付くが、それは既にゴーレムが両腕を振り下ろした後。

 翔の全速力では、ゴーレムの攻撃までに間に合わない。

 日菜子も魔術の準備をしていたため、その一瞬で使う魔術を切り替えて退避ないし迎撃は不可能だ。

 翔の脳裏に、“日菜子の死”が去来する。

 日菜子をまた危険な目に遭わせてしまっている自分に苛立ち、同時に守るための力を身に着けたと思っていた自分の浅はかさを恨む。

 しかしそんなことをしていても、間に合うわけではない。


「日菜子ッッ!!」


 意味もなく、しかしせめて、何かが起こってくれたらと、一縷の望みもない希望を込めて叫んだ。

 その声に反応するように、展開していた魔術を中断し、日菜子はゴーレムの懐に一瞬で入り込む。


「――フッ!」


 短い呼吸とともに、ゴーレムの胸に拳大の穴が開く。

 自身の攻撃を躱され、挙句攻撃を喰らうという訳の分からない状況に、ゴーレムはプログラムされた通りに撤退を試みる。


 そんなゴーレムに対し、日菜子は低い姿勢を取ると、ゴーレムの足を払い体勢を崩させる。

 しかし、地面に溶け込むゴーレムにとって、足払いはそこまで意味を為さない。

 ほんの少しの間、空中に浮いてしまうくらいだ。


「ありがとう、日菜子」


 その極僅かな猶予を作ってくれた日菜子と入れ替わるように駆け抜けた翔は短く感謝を伝え、浮いたゴーレムの体と地面の間に体を滑り込ませ、風の魔術でブーストした蹴りをゴーレムに叩き込む。

 体を構成する土が弾け飛び、土塊を散らしながら上空へと打ち上げられる。

 そこへ、先ほど中断し、一時的に行使を止めていた威力と範囲を両方高めた魔術を再度展開する。


 展開した魔術は水と土。

 ハイドロポンプのように高圧で射出した水により、土が抉れ、付随し脆くなる。

 そこへ、土で作ったゴーレムの体を覆い隠せるほどの大きな岩弾を、最大まで圧縮して質量を増やし、最高速で射出する。

 ボギュンッと異様な音を鳴らし射出された岩弾はゴーレムに直撃し、ダンジョンを震わせるほどの大きな衝撃と爆音を伴って壁へと押し潰した。

 衝突地点から煙が噴き上げ、広間に充満する。


「翔! 最後お願い!」

「ああ!」


 煙の中心へ翔が飛び込む。

 視界が利かない煙の中、“魔力感知”で日菜子の言った“最後”を見つけ出す。

 掌サイズより一回りも二回りも小さい、ピンポン玉くらいの大きさの核が、破壊され欠片になった土塊の一辺に引っ付いている。

 それに向け、上段に構えた剣を振り下ろす。

 硬い音を響かせながら、その小さな核が両断される。


 日菜子の風の魔術によって、煙が晴らされる。

 その中に、剣を振り下ろした状態の翔と、その翔に両断された核が地面に転がっている。

 ゴーレムの体である土も、地面に溶け込まずに光る地面の上に残っている。

 しばらくの間、またゴーレムが再生するんじゃないかと警戒を解かなかった翔たちを嘲笑うように、地面が光度を増す。

 光が増す地面という身に覚えのある嫌な思い出に、思わず体を硬直させてしまった二人は、その光に呑まれる。


 その光から瞳を守るために閉じていた瞼を開いた先に映ったのは、今までゴーレムと戦っていた広場と同じ場所だった。

 両断された核も、地面に溶け込まない土塊も、腕を組んだまま、日菜子たちの行方を見守るラティーフも、何も変わらない


「い、今のは」


 今の光で何が変わったのか、それを確認するために辺りを見回す。


「驚いたか?」

「ラティさん……今のが何か、知ってるんですか?」


 意地の悪そうな笑みを浮かべるラティーフは、腕を解いて歩きながら説明する。


「ダンジョンについて調べるのを怠ったな。今のはその層にいるボスを倒した時に発生する光だ。ほら、そこに階段があるだろう。それで下の層に行けるそうだ」


 いつの間にか、入り口の反対側に位置する壁の根元に階段ができていた。

 壁が開いたのか、あるいは何らかの視覚的な障害によって見えていなかったのか。


「そうなんですね……では次下の層に行く時も、また今のボスを倒す必要があると?」

「いや、何らかのシステムがあるのか、一度ボスを倒した挑戦者の前にボスは現れないそうだ」


 翔はホッと安堵の溜息を吐く。

 日菜子も似たような反応をしている。


「二人とも、やっぱり疲れているな。単純な攻防だったとはいえ、やはり命を奪いに来る攻撃を凌ぎ続けるのは大変だろう?」

「はい……正直、舐めてました」

「それを認識させるための訓練なわけだしな。気づいた上で今後どうするか、自分の意志で決めてくれ」


 この広間に来るまでの間に、魔獣という生き物を殺す感覚を身に着け、ゴーレムとの戦いで命を危険に晒しているという認識を強く持たせた。

 このダンジョンは足場が整っていることや、密閉空間であるために大戦が行われる荒野とは色々と違う部分もあるが、主目的は戦う召喚者たちの実践的な経験を得るためなので、今は問題ない。

 あとは、自分の命を張り、敵の命を奪うことを覚えた先で、なお自分が戦えるかどうかというのが大事になってくる。

 ここで戦えないとわかったなら、王城で待機している他の召喚者たちと同じように、安全を保障された状態で大戦が終わるのを待ってもらうしかない。

 他の召喚者たちが大戦に参加してくれれば、今回の戦いはより楽になるだろうが、無理強いはさせられない。


「さて、今のゴーレム戦の話になるが、日菜子はよく最後の攻撃を防いだな。身体能力は低くないのは測定で分かっていたが、徒手格闘もできるのか?」


 聞いていないぞ、とラティーフは純粋に不思議そうな顔をした。

 それを見て、日菜子は困ったような顔をして答える。


「いえ、そういうわけではないんです……。ただ私の目標が、遠距離で味方の援護を主体とし、同時に近距離もできる後衛を目指しているんです」

「……それはまた難しいことを目指しているんだな」

「はい……。ゲームと現実じゃ、私の目指す場所へ至るための難易度も全く違うけど、それでも、私がそれをできたら、みんな楽になるじゃないですか」


 そう言い切った日菜子の瞳には、弱気なものは一つもなく、憧れと確固たる決意を秘めていた。


「だから、私は目指します。ごめんなさい、今まで言えなくて。遊んでると思われてしまうんじゃないかと考えてしまって、言えませんでした」

「いいや。こちらこそ、言ってくれてありがとう、だ。召喚されたばかりの時に聞いていたら、確かに多少小言を言っていたかもしれないが、今の日菜子なら問題はない。ただ、一人で全てを抱え込もうとするなよ? 葵にも言ったが、一人では限界があるからな」

「はい! 私にできないときは、翔やみんなに手伝ってもらいます」


 溌剌な笑顔を浮かべて、日菜子は答えた。


「よし、じゃあ今日は終わりだ。帰ろう」

「はい」


 ラティーフの号令に、日菜子と翔が追従する。

 その帰り道で、日菜子は少しだけ話題に出た人物あおいへと思いを馳せた。



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