第十三話 【邂逅】




「ほぅ……こんなところで見つけられるとは、随分と僥倖だな?」


 声が夜の庭園に声が響いた。

 否。

 正確には、その声を偶然葵の耳が捉えただけに過ぎない。

 その声は、楽しさや面白さ、興奮と言った正の感情が多分に含まれていた。

 だがその奥底に、どうしようもないくらいの利己的な欲望を感じる。

 それが声音からか、瞳に宿る光からそう感じるのか。


「あんた……何者だ?」


 警戒の色を声に含ませて、睨みつけるように尋ねる。


「ああ、失礼。俺は召喚者とやらを一目見に来た帝国の四騎士の一人。スコットと言います」


 口調が変わったことに警戒の色を強め、怪しまれないように会話を継続する。


「四騎士。聞いたことはあります。そちらのお二方は?」

「私の連れです。弟子……というには違いますが、教え子のようなものとお考えいただければ」

「ご説明、ありがとうございます。それで……先ほどの言葉はどういう意図で?」


 いつでも戦闘に移れるように、何気ない足取りで刀を抜けるように立ち構え、状況を確認する。

 葵たちは、葵、ラディナ、人型のソウファ、アフィの四名。

 葵は帯刀しており、ソウファとアフィはいつも通り。

 ラディナは武装ゆみなしで、取り出すにはほんの少しのタイムラグがある。


 対して、相手側は三名。

 一人は全身を包む大きなローブに身を包んだ、スコットと名乗った大柄な男性だ。

 浅黒い肌を持ち、赤身の強いオレンジ色の長髪を右から垂らしている。

 オレンジ色の瞳を持った渋いタイプのイケメンだ。

 ローブの上からでもわかるくらいにがっちりとした体格で、ラティーフが小さく見えるほどだ。


 スコットの左手にいるのは、同じようなローブを着た女性。

 夜空に浮かぶ月のような、淡い青色をした肩ほどまでの髪を持っており、それよりも深い蒼色の瞳は見るものを魅了するようだ。

 凛とした美人で、切れ長の瞳は彼女の気高さを強く印象付ける。

 スコットと比較すると小さく見えるが、彼女の身長は葵と同じくらいの身長はあるだろう。


 右隣には、その女性と比較しても小さい、十歳ほどに見える少年がいる。

 スコットの髪色から少しオレンジに寄せたような髪色と、黄色に近い色の瞳、そしてスコットと同じ浅黒い色の肌を持った少年だ。

 スコットと似通ったところが多いから、兄弟か親戚だろうか。

 そんな少年は、葵たちを見て、なぜかにやけ顔になっている。


「含ませる言い方をよくしてしまう癖がありまして……今の言葉は特別な意味などないですよ。先ほども言いましたように、召喚者の方に会いに来たのです。中でも、あなた様のことは召喚者最強と聞いておりますので、少々興奮をしてしまい、あのような発言をしてしまいました。誤解させてしまったのなら、申し訳ない」

「……なるほど。では、あなた方の持つ魔物に近い魔力が一体何なのか、教えていただけますか?」


 葵がその核心に触れた瞬間、スコットの親しみのある表情が一転し、感心したような、面白いものを見たような、そんな薄ら笑いを浮かべた。


「――ああ、そこまでバレてるんですか。さすがは召喚者最強だ。じゃあ隠す必要もないな」


 口調が元に戻った。

 正確には、まだ丁寧語が残っているが、おそらく粗野な発言がスコットの素なのだろう。


「……がこんなところに何の用だ?」

「なに、召喚者を見に来たってのは本当だ。特に、戦う召喚者と呼ばれるやつらを偵察にな。これから戦争をするんだ。敵情視察は当然だろ?」

「へぇ、意外だな。魔人は圧倒的な力で蹂躙するだけの脳筋じゃなかったのか」

「言い煽りだが、まだ浅い。煽りというのは……そうだな。君のような甘い人間では、大切な人を守れないし救えないよ」


 その煽りは、葵に刺さった。

 瞬間的に感情が爆発し、スコットの首を狩ろうと足に力を入れる。


「――葵様」

「……ごめん。大丈夫」

「……ん? 止まったか。なるほど、君に足りない部分を補っているのか。良い関係だ」


 スコットは頷きながら、関心の表情で葵とラディナを見る。

 五千年もの間、敵対している相手にんげんを前にして見せるその余裕に、警戒をより強める。


「ふむ……いい心構えだ。敵の状況、味方の状況を把握し最善を選ぼうとしている。さすが、最強と言われるだけはある。だが――」


 スコットはそこで言葉を切り、フッと姿を消した。

 視覚で追えない速度で移動されたと理解し、“魔力感知”の網からその姿を探し出そうと意識を強める。


「――先手を譲るのはまだ浅い」


 耳元でそう囁かれた。

 反射的に抜刀術で右隣にいるスコットを斬りつけるが、いとも容易く躱される。

 宙返りの要領で葵の抜刀を避け、仲間の元に戻っていくスコットの表情には、やはり余裕の笑みが張り付いている。


 後手に回ったとはいえ、葵の抜刀術はそれなりの速度を以って振るわれた。

 だと言うのに、かすり傷は愚か、ひらひらと人の動きについて回るローブにすら切り傷を入れられなかったことに疑念を抱く。


「そう驚くことじゃない。焦った時や不安な時、人は自分の心に素直になりやすい。故に、行動は読みやすく、動きを見切るのはそこまで難しいことじゃない」

「それには同意するよ。だけど、敵である俺にそんなアドバイスをしていいのか?」

「ああ。その程度のアドバイスで埋まるほど、君と俺との実力は拮抗していない」


 煽る、というよりは事実を述べただけ、というような発言に、それを認めざるを得ないという事実に悔しさを覚える。

 だが同時に、その悔しさを抱いていられる間は冷静で、且つスコットには隙となる。

 とはいえ、その隙でスコットを倒せるほどの実力がないのも確かだ。


「次、あいつらが何かしようとしたら、俺とラディナで引き留める。ソウファとアフィは、その間に師匠を呼んできてくれ」


 ラディナの弓を取り出し、葵はスコットの視線と意識を向けたまま、ラディナたちに小声で告げた。


「私も戦います、主」

「ダメだ。あいつらの相手をするのに、反応の早いラディナと場の把握をできる俺は相性がいい。それに、二人は移動速度だけで考えると俺らより優れてるでしょ? 適材適所。早く行って早く戻ってくればソウファの願い通り戦えるから、頼んだよ」


 葵の有無を言わせない言葉に、ソウファは口を噤んだ。

 常日頃から、あまり言葉をはっきりさせない葵の圧力のある言葉と、それを正しいと理解できるくらいには成長した己自身の二つが、感情でも本能でもなく、理性によって試行させた結果だ。


「ソウファ。葵の言う通りだ。俺とソウファにできることをやろう」

「……うん」


 アフィの説得もあって、ソウファは頷いた。


「話は終わったか? じゃあ、実力比べと行こうか」

「待っててくれるなんて優しいんだな」

「そんなことはない。どうせやるなら、楽しみたいからな」


 どこまでも余裕な表情で、スコットは楽しそうに笑う。

 その笑みに、葵とラディナは警戒をより高め、先ほどの失敗を繰り返さないように集中を高めていく。


 静寂が庭園に訪れ、夜風が庭園の草木を煽り、さわさわと柔らかな音を奏でる。

 次第に風は薄れていき、草木の奏でる音も消えた。


 瞬間、ガキンッと金属がぶつかる音がした。


「ッ! 硬すぎるだろッ」


 戦闘で使える最大の“身体強化”でスコットに突貫し、刀をその肌へ突き刺した音だ。

 強度だけはあると言う『無銘』でも貫けないほどの硬さを誇るスコットの肌に、憎たらしそうな視線を向けて悪態をつく。


「皮膚の強度だけは、昔から一線を画していてね」

「ハッ! てめぇのそれがことくらい見切ってるよ!」


 突き出した姿勢から、ナディアに習った通りに連撃を繰り出す。

 それだけでなく、葵が元々習得していた徒手格闘の技も組み合わせた、葵だけの戦い方でスコットに迫る。

 しかし、その連撃を前にしても、スコットは面白いものを見ているような笑みを張り付けたまま、手も使わずに躱し続ける。

 やはりスコットの言ったように、覆しようのない実力が葵とスコットの間にはある。

 だけど、葵は一人じゃない。


「っと、と」


 葵の繰り出す斬撃の間に、側面から矢が飛来した。

 的確にスコットの動きを阻害する場所に射られていたが、器用な身のこなしで全てを躱す。

 しかし躱した先には葵がいる。

 “身体強化”で限界まで身体能力を引き上げ、体術と刀術で連撃を行う。

 思考はラディナに委ね、持てる力の全てを“魔力操作”に注ぎ込んだ葵の“身体強化”は、スコットの服を捉え始める。

 その成長に、スコットは余裕ではなく楽しさの笑みを浮かべ、瞳孔を爛々と輝かせた。

 まるで、戦いを楽しんでいるような、そんな雰囲気を感じる。


 その間に、再び矢が飛来する。

 それを躱し、追撃に来るであろう葵の剣戟に意識を向けようとしたとき、飛来した矢の形状が違うことを認識した。

 瞬間、大きく跳び退き、矢を起点とする爆発から間一髪のところで逃れた。

 当たると思っていた攻撃が外れたことに驚きつつも、ほんの一瞬、スコットの余裕の表情を変えられたことに、意味があったことは確認できた。


「爆発する矢……初めて見るな。面白い」


 ソウファとアフィは既にナディアの休む宿まで走り出した。

 依然として、背後にいる女性と少年は動かない。

 どんな意図があるにしろ、二人を逃せたのは僥倖だった。

 目的の一つは達成したので、あとはスコットたちを相手に場を長引かせることに重きを置くだけでいい。

 ナディアがくれば、おそらく戦況は打開できるはずだから。


「ふむ。足止めと退避……いや、救援要請かな? いい案だが、君たち二人で私たちを足止めできると思っているのは、やはり浅いかな」


 ラディナの矢をきっかけに、葵との距離が開いたスコットは、変わらない表情でそう告げる。

 だがその言葉は正しくない。


「安心していいぞ。俺は元々、あんたたちを足止めできるなんて思っちゃいない。ただ、これだけ騒げば違和感に気が付くやつもいるだろ。そうすりゃ、人数的な不利はなくなるし、戦力的にも負けないだけの人員は集まるさ」


 王城にラティーフはいない。

 だけど、アンドゥはいる。

 ラディナは葵が前衛をやっているため後衛に回っているが、高い水準で前衛もこなせるオールラウンダーだ。

 アンドゥという人間の中でもトップクラスの魔術師の援護と、葵とラディナの前衛があれば、勝てはしなくとも撤退はさせられるだけの戦力は集まるだろう。


「なるほど。君たちの他に戦力が加われば、確かに脅威となる。だが生憎と、援軍は来ないよ」

「……どういう意味だ?」


 スコットの物言いに対し、葵は怪訝な表情になる。

 何か見落としがあるのか、と周囲に意識を向け、その言葉の意味を悟った。


「結界!? いつの間に……!」

「ほぅ、これに気が付くか。いやはや、一位様には劣るが、これでも魔王様の幹部として実力を持っている方だとは思っていたが……いや、君の実力がこちらに匹敵するのかな?」


 余裕の表情を崩さず、関心を含んだ視線を葵に向ける。

 しかしそれに答える余裕もなく、葵は事態の把握に努める。


 葵の知らぬ間に展開されたこの結界は、庭園全体を囲うほどの大きさで、あらゆるものを遮断する最上級の結界だ。

 魔術であろうと生物であろうと、それこそ音であろうと、何もかもを遮断する結界。

 つまり、この結界内で起こる事象は、視覚的にしか認識できず、人の目に入らなければ気が付かれることもない。

 たとえ気づいてもらえたとしても、結界内に立ち入ることはできないのだから意味がない。

 転移は防げるかどうかは不明だが、ともあれ王城からの援軍は期待できない、ということだ。


「結界のレベルは最上級。転移は防げるかどうかわからないけど、それ以外の物理的な突破は不可能だ。俺ら二人で凌ぐしかない」

「……承知しました。私は今まで通り援護します」

「それと打開策を練ってくれ。俺は魔力系に全振りする」

「承知しました」


 手短に情報を伝達し、次の指示を告げる。

 その間も、やはりスコットは動かない。

 最初から分かっていたことだが、完全に舐め切っている。

 だが幸い、今はその状況は幸運と言える。

 今のところ、葵たちの相手をしているのはスコットのみ。

 後ろの女性と少年は動かない。

 だから、今はそれを利用する。


 深く深呼吸をして、集中状態に入る。

 この一週間で、ナディアの支持で身に着けた切り替えの賜物だ。

 そして、葵の集中状態は常人のそれとは一線を画す。

 その変化に気が付いたのか、スコットは目を少し見開き、ニヤリと興奮の笑みを浮かべる。


 全身の血流を促すようにして魔力を回転させ、“魔力操作”を限界まで行使した“身体強化”を施す。

 納刀し、構え、脱力する。

 動作の基本は静と動。

 余計な力を抜き、必要な部分に最適の出力をする。

 ただ、それだけでいい。


 無音で、葵が飛び出した。

 正確には無音ではない。

 だが、音を置き去りにするほどの速さで、葵がスコットに迫り、間合いに入った瞬間、最速の抜刀を繰り出す。

 先ほどの突きとは比較にならないほどの速さで繰り出されたそれは、この戦いで初めて、スコットの肌を切り裂いた。


 本来は胴を真っ二つにする予定だったが、寸前で避けられたことを“身体強化”に付随し上昇している動体視力と知覚能力で認識しつつ、絶え間のない連撃を繰り出す。

 風圧すら放つそれを、スコットはやはり全て躱す。

 だが決定的に違う。

 余裕の笑みを浮かべ、観察するようだった視線が、真剣味を帯び、手を使ってなしている。

 躱すだけだったスコットに手を使わせたという事実は、葵たちのとっては大きな進歩だ。


「っと! やはり厄介だな」


 飛来する正確無比な矢を払いつつ、葵の斬撃も避けるという器用な身のこなしを常に要求され、スコットはそう呟いた。

 口調は変わらず軽いが、その表情は口調に合わず真剣だ。

 それだけ追い込んでいるという事実でもある。


 それが理解できるからこそ、葵は攻勢に出続ける。

 一撃一撃に骨を断ち切る威力を込めつつ、連撃を止ませない。

 ここ一週間で身に着けた刀術と、長年で会得した体捌き、足技や拳、視線など持ちうる全てを駆使して、スコットにダメージを与えていく。

 ラディナの弓のタイミングは、地に這わせた魔力の糸が知らせてくれる。


「この一瞬でここまでの成長とは恐ろしいな。“身体強化”のレベルが桁違いだ。二位様に匹敵するな」


 表情こそ真剣だが、まだ余計なことを考えるだけの余裕はあるようだ。

 そんなスコットに向けて、矢が飛来する。

 それは、先ほど見た爆発する矢。

 しかもそれは、葵の死角から放たれている。

 それを理解した瞬間、スコットは全身に鳥肌が立つのを理解した。

 爆発の威力は人を殺せるほどではない。

 だが決して、怪我を負わない目晦まし程度ではないのも事実。

 そんな代物を、あろうことか仲間を巻き添えにして放とうとしている彼女の冷酷さに、酷く興奮した。




 ――なら、それを仲間にだけ浴びせたら、どうなるだろう




 そんな感情が芽生えたのを自覚したと同時に、スコットは動いた。

 ほんのわずかに、意図を悟られない程度に、動きを調整した。

 それは本当に機微なものだ。

 気を張っていても見逃してしまうのではないかというくらい、些細な動き。

 しかしその動きによって、確実な余裕が生まれる。

 そしてその余裕は、矢を自由なタイミングで起爆させる時間となる。


 足元にあった小石を風の魔術で噴き上げる。

 その小石は葵を目掛け飛んでいき、しかし動きに支障がないように躱す。

 迎撃にしては浅い攻撃だ。

 しかしスコットの目的は迎撃ではなく攻撃。

 矢の爆発条件はおそらく物体に当たること。

 であるなら、噴き上げた石と衝突すれば、スコットには目晦まし程度にしかならない位置で爆発するだろう。

 そうなったとき、あの子はどういう顔をするのか、それが知りたいのだ、と内心で笑う。


 そんな意図を知らない葵は、スコットの思惑通り爆発に巻き込まれた。

 葵の右背後で起こった爆発は、死角からの一撃として確実に入った。

 それを確認して、スコットはラディナへと視線を向ける。

 驚いているのか、絶望しているのか、後悔しているのか。

 どうであれ、スコットは自分の望んだものを見られる、と興奮していた。

 しかしそこには、平然と、変わらぬ様子で矢を番えるラディナの姿しかなかった。


 それに違和感を感じた瞬間、爆破の影響でできた煙幕の中から人影が飛び出した。

 無傷で、爆発に巻き込まれてなどいないとでも言うような様子の葵が、殺意を瞳だけに宿した状態でスコットを斬り裂いた。

 寸前で避けたが、胸元をザックリと持っていかれた。


 これ以上攻撃を貰うのは不味い、とスコットは大きく跳び退き、全力で魔術を行使する。

 まずは先ほど小石を噴き上げた風の魔術を、威力を跳ね上げて起動。

 足元からの突風で一瞬だけ止まった葵に向けて、多重展開させた火炎弾を連続で掃射する。

 その魔術を認識した葵は、スコットの予想とは反して、スコット目掛けて一直線に駆けた。

 その攻勢に驚きを表情にありありと出しつつ、葵の近くに着弾し爆発する魔術を見て、ほんの少しの安堵と、それ以上の警戒を以て次の対処を考える。

 だがその爆煙の中から無傷で飛び出してくる葵を見て、警戒していたのにも関わらず驚愕する。

 今の数の魔術からなお無傷で居られるその異常なまでの防御力は矢の爆発から無傷で現れた時点で理解していた。

 驚愕したのは葵の早さ。

 今までよりもなお早いその追撃に感心すると同時に、まだそんな余力があったのかと興奮し、恐れた。

 瞬く間に間合いを詰めた葵が、ザックリと切り裂かれた胸元に対して突きを放つ。


 しかし、その突きは突如現れたサル型の魔獣が間に割り込むようにしてその突きを体で受け止めた。

 突きを受けた魔獣はゴプッと吐血し、その場に倒れたが、目標だったスコットは仕留められなかった。


「チッ」


 盛大に舌打ちをかましつつ、葵は追撃は不可能と大きく跳び退き、ラディナの元に寄った。

 そして、目の前の光景を見て目を見開く。


「双子か?」


 そこには、もやというか、波紋というか、そんな形容しがたい平べったいものがあり、そこから葵の斬撃を止めた魔獣と同種の魔獣が溢れ、最後に先ほどから佇んでいた女性と瓜二つの女性が現れた。

 その女性はスコットが怪我をしているとわかるや否や、すぐにスコットの元に寄り、治癒魔術を行使する。


「助かったよライアン」

「気を付けてください、カスバード様」

「ああ。もう大丈夫だ」


 せっかく追わせた傷が見る見るうちに癒えていくのを、ただジッと見ていることしかできない。

 だがその間も状況の把握は欠かさない。

 まずスコットと名乗った魔人の本名は、おそらくカスバードだろう。

 敵地に乗り込むのに本名を最初に語るやつはいないので、間違いはない。

 次にカスバードの背後に現れた靄のようなものは、おそらく転移系の魔術の門のようなものだと推測できる。

 そこから現れた魔獣は先ほどから一ミリも動かなかった少年に寄り添い、その少年が魔獣の頭を撫でていることから、おそらく魔獣を使役しているのだろう。


 今の戦闘の間、動いていなかったのは、あの女性に付き合わせていた魔獣帯に意識を向けていただけであり、戦力として数えてすらいなかった、という可能性がある。

 実質二対一という魔人側の油断からくる人数有利が一転して二対四という人数不利となった。

 同時に、葵とラディナがあそこまでカスバードを追い詰めたことで、次の戦闘からは油断してくれないだろう。

 それにまだ、魔人側には手の内を明かしていない女性が一人いる。

 その女性次第では、防御に徹することもできなくなってしまう、と今まで動かなかった女性に意識を向ける。


「……やられた」

「どういうことですか?」

「あの女性、あれはフェイクだ。ソフィアの持っていたペンダントと同じで、偽の視覚情報を植え付けているだけの虚像で、実態は別物だ」


 葵の“魔力感知”で以てしても気が付けないほどに精密に生成された虚像。

 それが偽物だとわかった瞬間、まるで嘲笑うかのようにその幻影は解け、中からはサル型の魔獣が現れ、少年の元へと走った。

 しっかりと視ていれば気が付けたそれに気が付けなかった。

 その不甲斐ない事実に歯噛みする。


 だが同時に転移ならこの結界に入れるということがわかった。

 つまりナディアなら援軍として可能性がある、ということになる。

 先ほど、カスバードを倒せそうになった攻防で、葵がことは理解した。

 だから、ソウファたちがカスバードたち魔人の回復までに間に合うかどうかに掛かっている。


「戻ってきたということは、ちゃんと間に合ったんだね?」

「はい。こちらに」


 ライアンと呼ばれた女性が手で靄を示す。

 すると、そこからもう一体のサル型の魔獣が現れた。

 その手には、ぐったりと項垂れ、意識を失っているソウファとアフィの姿があった。

 驚愕に目を見開く葵とラディナに対して、治療を終えたカスバードは満足そうにうなずいた。


「さすがはライアン。完璧な仕事だ」

「ありがとうございます」


 なんでソウファたちが掴まった。

 いつから追われてた。

 ナディアは呼べているのか。


 そんな疑問が湧き出てくる葵のことなど無視して、カスバードはゆっくりと視線を葵の方へ向ける。


「さてと。指導する立場として、この体たらくじゃあ終われないな」


 首を回し、緊張感のあるこの場に合わない、ぽきぽきという軽い音を鳴らしつつ、カスバードは楽しそうな笑みを浮かべ、睥睨するようにして、葵たちにとって絶望の言葉を口にする。


「さぁ、第二ラウンドと行こうか」



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