姉の為に。

たかだひろき

第??章 【運命・終わりと始まり】

第???話 【裏切りと災厄】









「……結愛ゆめが何をした?」






 俯きながら、小さく呟いた少年の言葉は、酷く悲しげで、痛々しいものだった。

 その少年の腕の中には、瞼を閉じていてもわかる綺麗な顔立ちに、少年と同じ黒色の綺麗な長い髪を持った少女が、少年に体を預けている。

 年齢はまだ若く、しかし幼さの中にも大人っぽさも垣間見える。




 そんな少女の体は既に暖かさを失っており、いくら少年が体を揺さぶっても、声をかけても、少女が気にしていたコンプレックスを煽ってみても、微塵も反応しない。




「……結愛が、何をしたんだ?」




 少年は再度、そう問うた。

 誰に向けたものでもなく、己に言い聞かせるような、あるいはここにいる誰かではない、どこかへの問いのようでもある。




 少女は、本当にどうしようもないくらいのお人好しだった。

 “偽善”という言葉は、少女のために作られた言葉だと言えるくらいのお人好しだった。


 そんな少女は、こんなどうしようもないくらいに理不尽な世界に、単身放り出されても、きっと自分の辛さを押し殺して、他人のために動くことを躊躇わなかっただろう。

 その証拠に、少年は色々と失いながらも、やっとの思いで見つけ出した少女の側には、厚い信頼関係で結ばれていた仲間がいた。

 彼女に助けられ、その恩を返すために自らの意思で動いていた者も沢山いた。


 勿論、少女とて人間だ。

 失敗もするし、少女の善行が実を結ばないときもあるし、あるいは誰かのためを思って動いたことで誰かを傷つけたということもあるだろう。

 それでも少女は、多くの人と厚い信頼関係を結べるほどの善行を積んできたのだ。


 でもそんな少女は、この世界の理不尽に殺された。

 この世界の存在に、殺された。


 家族が好きで、関わった人が好きで、関わっていない人もみんな好きで。

 自分のことを後回ししてでも、他人のために動き続ける彼女は、殺された。



 少女の力が脅威だった。

 少女の仲間と、少女のために動く人たちと、その人たちの団結力が脅威だった。

 出会った人々を救い、人々の持つ力を引き出す少女の行動そのものが、脅威だった。



 『邪魔になるから』と言う、ただそれだけの理不尽すぎる理由で少女は殺された。

 少女を守るために傍らに置いていた少年の仲間には目もくれず、少女が大切にしていた者達を嬲るように殺し、少女にも全力出させた上で、それすらも足りないと嘲るように殺した。

 それは彼女の周りに転がっている死体の数々と、少女の体に刻まれた傷が物語っていた。

 その惨状を見ていなかった少年にすらわかるほどに、無残なものだった。


 少女がこの世界に来てから一年と半年で積み上げた信頼関係も。

 一度失い、しかし取り戻せた両親との関係も。

 少女に関わる、その悉くを、問答無用で葬り去った。




 結愛が何をした?




 多くの人々を苦しめたのか?




 不幸にしたのか?




 少女が罪を犯したのならば、まだ、わかる。

 罪には罰が下されるのは法社会では当たり前、当然だ。

 それが私刑であれば遺恨は残るし恨みもする。

 復讐心に囚われ、その衝動に駆られるだろうが、まだ理解はできる。




 だが少女には、なんの罪もない。

 ただ単純に、身勝手で理不尽な理由をこじつけられ、少女と、その仲間と、少年の仲間で以ってしても抗いきれなかった暴力に、理不尽に、不条理に、殺された。


「……ああ、わかってた。わかってたんだよ……。この世界が理不尽だってことも、日本よりも遥かに近い場所に“死”が転がってるのも――」




 それでも、少年は許せなかった。




 少年にとって、最も大切だった少女。

 この世界に於いて、たった一人の家族だった少女。

 命に代えても守りたかった少女。

 この世界に留まる理由だった、少女。



 しかし、少女は死んだ。

 殺された。

 つまりこの瞬間、少年がこの世界に留まる理由はなくなった。




 そして今、この瞬間を以って、この世界に留まる新たな理由が誕生した。






 少女を殺したやつを許さない――

 少女を殺したやつを、野放しにしたやつも許さない――






 ありとあらゆる存在を




 どんな些細な関係であろうとも




 少女の死を認知していなくとも




 少女の死に関わる全てを




 たとえどんな相手であろうとも絶対に許さない




 即ち




「こんな世界――」











 ――消してやる













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