第89話 高宮君の怖い話~かるさん。中編その2~

「ねぇお母さん。」

「え?何?」

「何でもう帰るの?まだ遊びたいよ。」

「ごめんねA子。急に帰らなくちゃいけないのよ。」

「どうして?」

「それは・・・その・・・。」

「ごめんなA子。お父さんに急に仕事が入ってしまったんだよ。」

「そうなのお母さん?」

「え?ええ!本当にやんなっちゃうわよね~。」

「ははは。すまないな。」

どこかぎこちない両親の言葉に、私はそれ以上は何も言えませんでした。


あの出来事から長い年月が過ぎ、私はずっと心の奥底でくすぶっていたことを聞くことにしたのです。

「ねぇお母さん。」

「何?」

「あの日のことを教えて欲しいの。」

「あの日?いつのことよ。」

「あの時私が見たのは何?『かるさん』って何?」

「・・・。」

「教えて欲しいの。」

「私からも教えて。」

私の懇願に同調するように姉も母に聞いてくれました。

「・・・お父さんが帰ってきたら話すわ。」

母の表情が少しだけ険しかったような気がします。


「そうか。」

母に事情を聴いた父は口を潤すようにビールを流し込むと、真剣な表情になり、「もう、二人とも大人になったもんな。」と話してくれました。

親に何度聞いても何も答えてくれなかったあの日の出来事がようやくわかったのです。

どうやら『かるさん』というのは私たちの田舎の方言で“借りる”という意味らしく、あの地域ではずっと昔から言われていることがあるそうです。

それは時々亡くなった人間が生きている人間の体を借りて歩き回るという事です。

それが『かるさん』の正体。

『かるさん』は体を借りて歩き回って気が済めば元に戻れるらしいのですが、それがいつになるかはわかりません。

何時間後かはたまた何日後かは誰にもわからないそうです。

そして『かるさん』の恐ろしい所は、体を取られた本人は取られた体の一部にずっとしがみついていないと戻れなくなってしまうという所です。

けれど、『かるさん』は誰彼構わず借りる訳ではありません。

亡くなった人と近しい人の体を借りる事が多いらしいのです。

「じゃああの時って・・・。」

「ああ。あの時お前たちが見たのはな、B子ちゃんじゃなくてあの日の少し前に亡くなったB子ちゃんの母親だったんだよ。」

「うそ・・・。けど、私B子ちゃんのお母さんが亡くなったなんて知らないよ。」

「それはそうさ。あの時のお前たちは幼かったし、何より婆ちゃんが話すことを止めたんだ。子供は知る必要がないってね。だから父さんたちもお前たちに聞かれたら話そう程度に思っていたんだ。・・・それが、あんなことに巻き込んでしまってすまなかったな。」

そう言って頭を下げた父は本当に申し訳なさそうでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る