28 赤き瞳に映した過去②

 カイルに幼い頃の記憶はほとんど残っていない。路上で暮らしていた時に何者かに拐われ、気が付けばフェルメールの研究施設にいた。もっとも、そこが研究施設と気付いたのは少し経ってからだったが。

 そこにはカイルの他にも子供がいた。ディスガイア人だけではない。細長く尖った耳が特徴のゼファー人、青い肌とヒレが特徴のアルカナ人、背丈が低いものの力強く屈強なガイア人。ディスガイア周辺国の子供が、フェルメールを除いて全て揃っていた。


 集められた子供達はまず初めに刻印を入れられる。カイルのいた施設では右目の下、目の隈の辺りに刻印が入った。刻印を入れるとすぐさま何らかの処置をされる。それは、一種の魔法だった。


「魔法? 知らないんじゃなかったのか?」


 カイルの話を真っ先に遮ったのはクラウンだ。ユベラで似たような話を聞いた時との矛盾点が気になったから。ユベラで話を聞いた時、カイルは何をされたか知らないと言っていた。


「ああ、ユベラでは嘘をついた。本当は知ってるんだ。魔法は魔法でも黒い目のやつが使うやつ。魔力の循環に関与する能力とかいうやつ」

「あれは治療に使うものだろう?」

「あくまでもそれはディスガイアでの常識だ。向こうは、フェルメールは治療以外にも使ってた。確か呪詛カースって呼ばれてたかな」

「呪い、か」


 黒い目の者は真名を読み取る力と魔力の循環に関与する能力を持っている。ディスガイアでは後者の能力は怪我や病気の治療に用いられている。けれども本来、その能力は良い方向にだけ用いられるものではない。


「魔力は全身を巡っている。魔力の流れを変えることで特定の感覚を遮断したり、特定の感覚が過敏になったり、様々な効果を及ぼすんだ。特定の形の痣を生じさせることも可能だ。その紋章のように、な」

「ああ、だからディスガイアでは呪いの概念すらないのか。王家のこれがあるから」

「詳しくは知らん。治療なら薬草を用いたりすることで代償を減らす。けれど呪詛は違う。成功すれば何かしらの代償を背負う。そしてそれこそが、被験体――刻印持ちへの勝機になる」

「例えば?」

「痛覚麻痺はどんな怪我を負っても戦えるが、動けなくなるまで怪我に気付けない。骨を折るなりして動けなくしてしまえば勝ち目はある。ああ、痣程度の呪詛ならさほど代償はないだろうな。痛覚麻痺とかの大きな呪詛だと代償は必須なんだ」


 刻印持ちにかけられた魔法がどのようなものか説明しつつもクラウンを気遣う余裕を見せるカイル。その目はどこか寂しそうだった。


「待って、少し整理させて。カイルはその呪いとか言うのを受けて、痛覚が麻痺してるのよね」

「ああ。だから、この義手に変えても痛みはなかった」

「だから接合面から出血してても戦えたのね」

「けど、怪我に気付けない。左腕を動かせなくなってもそうと気付かず左腕を使おうとした。出血しても、失血で気を失うまでそのことに気付けない。体の違和感に気付けないっていうのは、諸刃の剣なんだ」


 代償の話に思わずミントが言葉を遮る。カイルは新しい義手で戦場に現れた際、何事もないかのように戦っていた。クラウン以外の者が義手接合面から出血していると知ったのは戦が終わった後の話。


「ちなみにだが、呪詛カースに関係なく、刻印持ちの身体能力は高い傾向にある。正確には身体能力ではなく反射速度が高いだけ、なんだが」

「それも呪いか?」

「違う。反射神経を上げる訓練をさせられたから。反応の速さは行動の速さに繋がる。これが地力が違うと伝えた理由でもある。クラウンなら意味がわかるだろう?」


 施設に集められた子供達はただ呪詛を与えられたわけではない。兵士となるべく身体能力と反射神経を鍛えることを強要された。フェルメールで生きるためにとフェルメール語の勉強もあった。

 物心がつくかつかないかの頃から鍛えてきた。呪いとして与えられた能力を活かすべく奮闘した。そんな子供達の成長を確かめるように、研究施設では定期的に実験が行われた。その実験の内容が今もカイルの頭から離れない。


「だから刻印持ちは俺にとって『被験体』なんだ」

「被験体?」

「刻印は被験体の証。刻印を持つ俺達は番号で呼ばれる。俺は被験体3号だった」

「それがカイルの名前なのか?」

「名前なんてなかったよ、ツキヤ。俺に名前なんて無かった。拾われて、鴉に所属するまでは名前なんて無かったんだ。拾われて、この名をもらった」


 名前について問われるとカイルは神妙な顔つきになった。そのまま表情を変えることなく、淡々と言葉を紡いでいく。


 実験は呪詛カースが機能しているかを試すものだった。致命傷を与え、生死を彷徨わせる。同じ施設にいた子供同士で殺し合う。水中に沈められ、麻酔無しで解剖され、様々な毒を盛られ、されたことを挙げればキリがない。

 選択肢なんて初めから存在しなかった。実験をやるか、拒絶して棄てられるか。生きるためには心を無にして実験に食らいつくしかない。いつしか施設にいた子供達は一人、また一人と姿を消していった。

 実験の過程で死んだ者。精神的に壊れて処分された者。施設から逃げようとして消えた者。施設の人は子供が何人消えても表情一つ変えない。子供が減れば同じ数だけ新しい子供が連れてこられた。


「何が目的?」

「そりゃアンヤ、お前の好きなデータ集めだろ。致命傷を痛いと感じるか、強化された身体能力はどの程度持つか。自国の兵士に使用するために、異国で見ず知らずの俺達を実験台にしたんだ」

「だとすれば……」

「ある程度成長した、生き残った被験体が表に出てきた。となりゃ今は計画の最終段階、実戦でのデータ集めをしてるってわけだ。ある程度データが集まればフェルメール軍にも同じことをするだろうな」

「なにそれ」

「俺も驚いた。失敗作まで実戦に投入されるとは。おそらくこれから、失敗作じゃない刻印持ちも投入される。そこからが本番だ」


 アノーロで交戦したのは呪詛が成功しなかった、失敗作と呼ばれる者達。レルベアにいたのは呪詛に成功した刻印持ちではあるが、フェルメール軍から逃げてきた。今は北軍がその身柄を保護している。

 失敗作が前線に出てきたとなれば、次は呪詛に成功した刻印持ちが出てくる番。本当に備えなければならない時はすぐそこまで来ている。だからこそ、対フェルメール特殊部隊が設立されたのだ。


「カイルはわかる。クラウンも、フェルメールに関係しているならわかる。なんで私まで特殊部隊に……」

「ごめん、ライムを巻き込んだのは私。特殊部隊の頭脳になってくれれば戦わなくていいって言われて、話に乗りました」

「ミント、私達は弱い。刻印持ちどころか並のフェルメール軍すら相手に出来ない。わかってる?」


 カイルの話が一段落したところでようやく口を出したのは、それまで沈黙を保っていたライム。フードの下から見える淡い赤色の瞳はその魔力の少なさを示している。


「クラウン。ジン少佐は好きにしろって言ったよな」

「そうだな」

「お前の過去を知った上で、だ」

「……お前の身の上話が先だ。僕も鴉とやらには詳しくない。城で中々の権力があるらしい、というのは推測出来たが」


 カイルの口が再び言葉を紡ぎ出す。

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