311話 リザードの王撃破




 <シェフ ソフィー  畑から開墾して、料理する春野菜スペシャル その9>


 二個目のパイ生地を腐らせることになり、大荒れだったソフィーは紫音の必死の宥めによって、渋々馬車に乗り込む。


 陶芸の工房に向かう揺れる馬車の中で、ソファーは未だ不服そうな表情でおり、そんな彼女にアキは会話を始める。


 ㋐「パイ生地をね…。また持ってくるって… ねぇ?」

 ㋞「お姉さまに忙しい中、また作って貰ったのよ…」


 アキの投げかけに、ソフィーはクリスに申し訳無いと思いながら話し始める。


 ㋞「そういえば、お姉さまがこんな事を言っていたわね…」


 ソフィーは昨晩のクリスとのやり取りを語りだす。


 ㋗「たぶん、次も料理を作らないと思うから、パイ生地を持っていくのは、止めておいたほうがいいわよ?」


 ㋞「そんな事ないですよ。前回畑を作ったんですから、今回は収穫で料理ですよ!」


 クリスの意見に、ソフィーは自信満々にこう答え、目を輝かせてこう続ける。


 ㋞「お姉さまにも、御裾分け持ってきますね♡」


 昨晩クリスとの幸せな未来を夢見て、希望に満ちていたソフィーの表情は、今は暗く沈んでいる。


 そのソフィーにアキは会話(煽り)を続ける。


 ㋐「どうして、クリスさんの忠告を聞かないの? 普通の人は、解るんだよ。特に優秀なクリスさんとかは…」


 ㋞「わかるのね…。そういえば、お姉さま言っていたわね… 『今度はお皿でも作るんじゃないかしら』って…」


 ソフィーはそこまで言うと、空いている座席に倒れ込み元気のない声でぼやき始める。


 ㋞「私はこれから、料理ではなくお皿を作りに行くのね… パイ生地は、また腐ってしまうのね…」 


 ㋐「でも、言わせて貰うけど、何も料理をするからって、こっちは<パイ生地を用意して>って、一言も頼んでないんだよ」


 ㋞「なっ!?」


 ㋐「それを勝手に前日にクリスさんのところに行って、パイ生地を作って貰ってね、クリスさんに悪いだの評価が下がるだの言われても、悪いのは勝手なことしたソフィーちゃんでしょう?」


 ㋞「こっちは、少しでも企画が盛り上がればと思って…」


 ㋐「『企画が盛り上がれば』なんて、恩着せがましいこと言っているけど、本当はパイ生地料理をクリスさんに食べて貰って、好感度を上げようという魂胆でしょう?」


 ㋞「あぅ!?」


 ㋐「そんな事を考えて脳内お花畑だから、クリスさんの忠告にも耳を貸さずに、突っ走ってこうなっちゃうんだよ」


 アキは自分のとんでもない企画を棚に上げて、そう突っ込むが今のソフィーには、それに突っ込む余裕はなかった。



 #######



 前面の壁がなくなったため、デイノスクスは前に大きく右足を振り上げると、後方のオーラのバリアを破壊するために、そのまま後ろに踵による攻撃を敢行した。


「来ると解っているなら、動いていても膝裏に当てることなど容易い」


 踵による攻撃で、オーラのバリアが破壊されたと同時に、リディアのフェイタルアローが、ビームとなって後方から一直線にデイノスクスの膝裏に命中して、残った膝にダメージを与える。


 すると、デイノスクスの左足は、膝からボトリと落ちて地面に転がった。


「グォォォ」


 デイノスクスは、苦痛の声を上げると膝を地面に付けて、何とか体勢を立て直そうとする。

 そこに、アキの指示で事前に光魔法フォトンの準備をしていたミリアに、アキから発動の指示が入った。


「ミリアちゃん、撃てぇー!」

「はい…! 光魔法フォトン!」


 ミリアがアキの指示を受けそう唱えると、グリムヴォルの宝玉の前に展開されている魔法陣から、光り輝く巨大な球状の光の塊が放たれる。


 ミリアはフォトンの破壊力を少しでも上げるため、女神武器グリムヴォルにいつもより魔力を込めていたために、全身に力が入らなくなり魔法発動後にその場に座り込んでしまう。


 フォトンは巨大な光の球状となって、氷の床を溶かし水蒸気を出しながらゆっくりとデイノスクスに向かって飛翔する。


 紫音とソフィーはアフラの、ユーウェインとスギハラはカシードの片腕を引っ張り、二人を引きずりながら、急いでデイノスクスの側から離脱した。


「俺のビフテキ……」

「おいぃぃ! やめろ、この状況でのそのセリフ! 縁起悪すぎるわ!!」


 氷の床を引きずられるカシードの不吉なツブヤキに、スギハラはすぐさまツッコミを入れる。


 地面は氷のため摩擦が少なく、引きずりやすいため、予想より素早くフォトンの有効範囲から逃げることが出来たが、引きずられるカシードとアフラはビショビショに濡れていた…


「オノレ! オノレ!」


 デイノスクスはフォトンから逃れるために、ユーウェインに凍らされた右足の氷柱を両手で殴り続け、破壊を試みるが光の塊はどんどん近づいてきて、彼の全身を照らし始める。


「オノレ…! グゥオオオ!」


 巨大な光の玉に包まれたデイノスクスは、着弾点で全身を高熱の粒子で焼かれ、断末魔をあげた。着弾点から円形に光熱と爆風が広がり、地面とデイノスクスを焼き続ける。


「グォォォ…」


 そして、フォトンの効果がなくなり、輝きと爆風が収まると着弾点にはフォトンの荷電粒子によって、鎧と鱗を焼かれその機能を失い丸裸となったデイノスクスが倒れていた。


 そこに、とても主人公サイドとは思えない魔法と弓矢の雨の波状攻撃が無慈悲に加えられ、デイノスクスを討伐まであと少しの所まで追い詰める。


 王の止めを刺せば、冒険者ランクやスキルランクにそれなりのポイントが入るため、本来ならこのような止めを刺すのは話し合いになった。


 だが、今回デイノスクスの注意を引き続けてくれた紫音に、止めを刺す権利があると参加者の満場一致で決まり、一同から促された紫音はオーラを溜めに溜めたムラクモブレードを上段に構え、止めを刺すべく王に向かって走り込んでいく。


「やれー! 黒き地平線(ブラックホライゾン)!!」


 デイノスクスに走る紫音を見守る冒険者達からは、応援の声が掛けられる。


「よーし、蒼覇… 翔烈―  はうぅぅ~!」


 走りながら、光波を放とうとした紫音は、お約束の通り解け始めた氷の床で、足を滑らしてしまい体勢を崩してしまう。


 そして、前のめりに転んでしまう。


「うわぁ……」


 そして、その姿を見守っていた冒険者達は、思わず一斉に感嘆のため息を漏らしてしまい、ある者は紫音に起きるように声を掛け、ある者は紫音を慰め、ある者は紫音に”シオン様、今わたくしがお慰めに行きます~”と黄色い声を上げ、ある者は天を仰ぐ。


 だが、運良く上段に構えていたムラクモブレードを、前に転んだ時に前方に振った形となったので、溜めていたオーラは光波となってデイノスクスに飛んでいき、これまた運良く命中して撃破することに成功する。


「グォォォォォ(泣)」


 こんな情けない倒され方をしてしまった王の無念の断末魔が、戦場に響き渡った後、デイノスクスは巨大な魔石へと姿を変えた。


「あー 諸君! 我々はリザードの王を撃破した! 我らの勝利だー!」

「お~~~~!」


 倒し方が緩かったせいか、ユーウェインの勝利の演説も、参加者達の勝鬨も心做し緩くなってしまった…


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る