303話 親の意地(中編)




 エレナの父親達が工房で作業を続けていると、外が騒がしくなり暫くしてから、領主のバトラーが武装した兵士を引き連れて工房に乗り込んできた。


「領主様、これは一体…?」


 その物々しい雰囲気に、流石のゴードン達もただならぬモノを感じ取り、恐る恐る領主に来訪の目的を尋ねる。


「御用改である! この工房で禁制品の薬品が、製造されていると密告があった! これより、この工房を家宅捜索する!」


「そんな!? 何かの間違いでございます! 我々はそのようなモノを作ってはおりません!!」


 エレナの父親達は、無実を訴えるが領主は聞く耳を持たず、こう言い放つ。


「調べれば解ること! 皆の者、捜査を始めよ!!」


 バトラーの命令のもとに捜索が開始され、ゴードン達は兵士達に武器で脅され工房の隅に集められる。


「心配することはない。禁制品などあるわけがないのだから」


 ゴードンは不安を感じている従業員にそう声をかけていると


「バトラー様、ありました!!」


 捜索していた一人の兵士が、手に禁制品の薬品を持ってバトラーの元にやってきた。


 もちろんこの薬品は、バトラー達が事前に用意していたあの薬品であり、この兵士に命じてあたかもここで見つかったように捏造したのである。


「そんな馬鹿な!?」


 エレナの父と従業員が、出てくる筈のないモノが出てきて狼狽している中、バトラーはあくどい笑みを浮かべながら、薬品を確認する演技をすると


「これは、間違いなくご禁制の薬品! これこそ、禁制品製造及び所持の動かぬ証拠! この者を捕らえよ!!」


 バトラーは仰々しくそう言い放つと、問答無用にゴードンを捕縛させる。


「領主様! これは何かの間違いです! 私はそのようなモノを知りません!!」

「そうだ! 親方がそんなモノ作るはずがない!」


「そうだ! 俺達は今まで、そんなモノ見たことないぞ!」


「えーい、見苦しいぞ! 証拠の品があるではないか! 構わん、抵抗する者も共謀者として捕縛せよ!」


 従業員たちは、ゴードンの捕縛に対して抗議するが、バトラーは権力を笠にその者達も捕縛させた。


「この工房は、禁制品がまだあるかもしれんから、閉鎖を命じる!」

「そんな!!」


 バトラーは工房を閉鎖して、捕縛したゴードン達を連行してその場を後にする。


「女将さん、どうしますか!?」


 工房では残された従業員達が、エレナの母エリスに今後の指示を仰ぐが、彼女も突然の出来事で具体的な行動指針を思いつけなかったが、明確にこの事だけは実行しなければと指示を出す。


「とっ とにかく山にいるルーさん達にこの事を知らせてちょうだい」

「わかりました!」


 エリスの指示を受けた従業員2人は、全速力で山にいるルーカスの元にこの出来事を伝えに行く。


 報告を受けたルーカス達は、急いで下山して村に帰ってくると、工房より少し離れた所に建てられているエレナの家で今後の話し合いを行う。


「親方が禁制品なんて、持っているわけがない!」

「これは、領主とハーヴェイの野郎が、親方を罠に嵌めたに違いない!!」


「だったら,今から領主の館に殴り込んで、親方とみんなを助けようぜ!!」


 従業員達は段々とヒートアップしていき、みんなで領主の館に乗り込む方向に進んでいくが、ルーカスが冷静にみんなを引き止める。


「みんな待つんだ! そんなことをすれば、暴動の罪でみんなを一網打尽にでき、それを理由に親方の罪に真実味を与えてしまう。それこそ奴らの思うつぼだ」


「じゃあ、ルーさん、どうすればいいんだよ!?」


 興奮する従業員達は、正論を言うルーカスに詰め寄ると、彼はこのような話を始めた。


「女将さん、それにみんな、後は私に任せてくれませんか? 私は三男坊とはいえ貴族の出なので、隣の領主ヨハンセン伯爵とは顔見知りで、実は昨日今回の件のことを電報で送っていたんだ」


「そうなんですか!?」


 従業員たちは、彼が隣の領主と面識があると聞いて驚くと、ルーカスは頷いて話を続ける。


「ヨハンセン伯爵は話の解る人物だから、この村で起きていることを調査するために、兵士を引き連れてこちらに来てくれるはずだ」


「ヨハンセン伯爵に、領主とハーヴェイの事を調べて貰うということですね?」


「そうです。私とヨハンセン伯で、必ず捕まった親方とみんなを助け出すから、私を信じて任せてください」


「ルーさんがそう言うなら…」


 従業員たちは、他に手段がないとはいえ、何故かルーカスを全面的に信頼して、親方と仲間のことを託すことにして、


「ルーさん。あの人とみんなをお願いします」


 囚われの夫と同じように、ルーカスに紫音と同じ信頼感を持っているエリスも、彼に夫と従業員の未来を託すことにする。


 エレナの母と従業員を説得したルーカスが、家を出て少し歩いていると行商人風の若い男が近づいてきた。


「そうか… やはりハーヴェイとバトラーは、裏で繋がっていたか… 禁制の薬品も恐らくハーヴェイが入手したものだろう」


「ヨハンセン伯は現在兵士を引き連れ、近くの森に控えております」

「そうか。そのまま待機するように伝えてくれ」


 ヨハンセン伯が証拠を掴む前に兵士を引き連れてこの村に来れば、バトラーは事実無根と言い張り、内政干渉と言って下手をすれば村で両者の戦いが始まってしまう可能性もある。


 何より、証拠を隠滅するであろう。


「辺りが暗くなったら、ハーヴェイの屋敷に忍び込んで、証拠を見つけ出してくれ」

「はっ」


 行商人風の若い男は、ルーカスの命を受けると一礼して、何処かへと姿を消す。


 そして、その夜―

 領主バトラーの屋敷―


「領主様! 我々は、何もしていません!」

「そうです! 我々は無実です!」


 裏庭に急遽建てられた檻に入れられたエレナの父と従業員達は、目の前にいる領主バトラーに身の潔白を主張する。


「お前達は、明日ご禁制の薬を密造した罪で、島流しとする」

「そんな!? もう一度調べ直してください!」


「現にここに貴様の工房から出た、証拠のご禁制の薬があるではないか!」


 だが、彼らの訴えに対して、バトラーは手に持った禁制の薬品を檻の中に見せつける。


「我々はそのようなものは作っていません! 何かの間違いです!」


 檻の中から、ゴードン達は無実を訴えるが


「えーい! 黙れ! 証拠がある以上、判決は覆らん!」

「そんな…」


 バトラーはゴードン達の主張を退け、即決で刑を確定させた。


「観念することだな、ウェンライト」


 領主の横でハーヴェイがしたり顔でそう言葉を投げかけ、エレナの父はこのような事態になったことの全てを察する。


「貴様の仕業だな、ハーヴェイ!」

「フフフ…」


 ゴートンの問いかけに、ハーヴェイは勝ち誇った感じで笑みを浮かべる。


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