290話 ジト目少女の危機





「今日からあなたの名前は、“マオ・アマカワ”よ」


「私の家は代々女の子の名前には、<音>の1文字を入れることになっているの。だから、私の国の文字でこう書くの。


 <天河 真音(あまかわ まお)>


 今日からよろしくね、マオ」


「マオ・アマカワ…」


 自分に与えられた名を口に出したマオは、少し嬉しさを感じた。


 #####


 マオはステルスマントで姿を隠しながら、少し離れた場所から紫音の活躍を見守っていた。


 そして、その活躍を見たマオは紫音の成長を感じて


(今のシオンなら、我の正体を明かしても― )


 そう考えて、紫音に近づこうとすると彼女達が何やら揉めだす。


「紫音ちゃん、その緩い表情… <無念無想>状態ではなくなっているよね?」


「えっ!? あっ… 本当だ… <無念無想>状態にまだ慣れていないから、いつの間にか解けちゃったみたい…   あと緩い表情って、失礼だよ!」


 アキが気付いた紫音のある重大な変化とは、<無念無想>状態が解除されていることであり、何故気づけたかというとさっきまで凛としたカッコカワイイ表情だったのが、いつものユルカワイイ表情に戻っていたからである。


 アキがそれに逸早く気付けたのは、幼馴染ゆえの長年の関係からであろう。


 <無念無想>状態にまだ慣れていない紫音は、回復薬を飲んで休憩している内に気が緩んでしまい、元に戻ってしまったのであった。


「ちょっと、シオン先輩! 何やっているのよ?! いつものダメダメな先輩に戻っているじゃない!!」


「ソフィーちゃん! 元には戻ったけど、ダメダメなお姉さんに戻った訳ではないよ!?」


 ソフィーの暴言に近いツッコミに、紫音はそう突っ込み直す。


「今の前線の状況で、元に戻っている次点でダメダメ先輩でしょうが!」

「はぅ!?」


 だが、ソフィーの言う通り前線では、四天王2体、副官3体、その他80体近いリザードが健在であり、それに加えてヒュドラが近づいてきているという緊迫した状況である。


 そのため、ツンデレの意見は正しくダメポニーは言い返す事が出来なかった。


「まったく、紫音ちゃんは、ダメな娘だね…」

「ホント、ダメ先輩ね… 」


 アキとソフィーは、呆れた表情とリズのようなジト目で紫音に心無い言葉を投げかけると、当然メンタル豆腐の紫音は耐えきれなくなり


「二人共そんな言い方しなくてもいいじゃない! アキちゃんのバカ~! ソフィーちゃんのヒンヌ~!」


 涙目で二人にそう文句を言うと、その場から走り去ってしまった。


「どうして、アキさんには非難の言葉で、私には中傷の言葉なのよ! あと、先輩にだけはその言葉は言われたくないのよ!!」


 ソフィーはそう言った後に、お約束の両腕を上にあげて「まて~」といったポーズで、紫音を追いかけていった。


「アヤツに教えるのは、まだ早いな…」


 その一部始終を見ていたマオは、呆れた感じでそう呟くと再び距離を取って、見守ることにする。


「ソフィーちゃん、職務放棄だよ…。アリシア様、ソフィーちゃんを怒らないであげてくださいね」


 アキが護衛対象であるアリシアを放置して、紫音を追いかけて行ったソフィーにそう突っ込んだ後に、アリシアにそう頼むと彼女はアキにこのような言葉を返してくる。


「わたくしだって、あと5分― いえ、あと3分シオン様のお顔を見ていれば、変化に気付きましたから! これで勝ったと思わないでくださいね!」


 カッコカワイイ紫音を頭お花畑で見つめていたアリシアが、気付いたかどうかは不明であるが、彼女はアキに負けたくない一心で言った言葉であった。


「あっ… はい…」


(私へのあたりが強いな… 昨日紫音ちゃんと何かあったかな…?)


 アリシアは自分でも気づかない内にアキに敵対心を出しており、そのプレッシャーは冒険者ではない彼女もなんとなく気付いてしまう。


(わたくしが気づかなかったシオン様の変化に、真っ先に気付くなんて… やっぱり、アキさんは強敵です! でも、わたくしは負けません!)


 そして、アリシアは再度アキを強敵と認識して、心のライバル手帳の彼女の評価をSランクからSSランクにランクアップさせる。


 一方前線では、戦いは膠着状態にあった。

 その理由は、リザードが強敵なこともあるが、足元の氷の床もその一因である。


 氷の床は、氷属性が弱点なリザード達にはもちろん不利な地形ではあるが、時間が経つにつれて人間達にも予想以上に悪影響を与えていた。


 まず、第一に足元を氷にすることは事前に極秘で知らされていたので、参加者はスパイクのような滑り止めの付いた足装備を用意していたが、それでも氷の上は滑りやすく戦いづらい。


 第二に予想以上に氷の上が寒いため、常に動いている前衛職はまだマシではあるが、動きを止めて、狙いをつける弓職や詠唱する魔法使い達は体を震わせながら戦っており、両軍ベストな状態では戦えてはいないのが現状であった。


 そのため、氷属性が弱点のリザードを一方的に人間側が倒すという、展開にはなっていない。

 リズも足元に気をつけながら、ミーと戦場を移動して周囲の魔力を吸収しながら、リザードを攻撃していた。


 着弾予測眼を発動させて、リザードの頭に攻撃マーカーをつけるとリズは頭上を浮遊するミーに攻撃命令を出す。


「ミー! GRファミリア発射ッス!」

「ホーーー!」


 彼女の命令を受けたミーは、周囲に展開させたGRファミリア6杖から、発射された魔法の矢は途中で3本が合わさって1本の中型の魔法の矢となって、リザードの頭めがけて飛んでいき命中すると頭を消し飛ばして魔石に変える。


 今回真面目にリズが頑張っているのは、前回サボった為に終始姉に見張られているからであるが、自分でも不思議だが紫音の活躍を見て珍しく奮起したからであった。


 リズが再度ミーに攻撃命令をだして、リザードを2体倒した所で、遂にヒュドラが前線に居る人間達をウォーターブレスの射程圏に捉える。


 彼女が、着弾予測眼で消耗した脳への糖分補給をするために鈍る思考の中、女神の鞄からバナナを取り出したその時、ヒュドラが9つの頭から彼女を含めた目標に対して、それぞれウォーターブレスで攻撃を行う。


「リズ!!」

「リズちゃん!!」


 リズにウォーターブレスが迫る光景を見たリディアとミリアが、心配の声をあげるが距離が離れているため当然彼女には聞こえない。


 リズに、ウォーターブレスが迫るが、彼女は糖分不足で鈍る思考でバナナを食べることを優先させ、食べきった後にようやく事の重大さに気付く。


(あっ… これは、ヤバイッス… こんな事になるなら、柄にもなくシオンさんの活躍を見て、ヤル気をだすんじゃなったッス)


 彼女がジト目で自分に迫ってくるウォーターブレスを眺めていると


「ホーーー!!」


 頭上で浮くミーが一鳴きすると、GRファミリアをリズの前方の左右斜め上と左右の足元に1杖ずつ移動させる。


 すると、GRファミリアの先端に取り付けられた宝玉から、それぞれ魔法陣が現れリズの前にGRファミリアの宝玉をそれぞれ角とした長方形のマジックバリアが展開され、間一髪のところで彼女へのウォーターブレス直撃を防ぐ。



 そのマジックバリアは強力で、見事にウォーターブレスをリズの目の前で弾いており、その光景を見ているリズは


「おおぉ~ これは、凄いッス!」


 と、思わず感嘆の声を漏らす。



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