277話 巡らされる策謀
紫音とアリシアが訓練していた頃―
エレナの父ゴードン・ウェンライトが営む薬工房に、この地域を管轄している商工ギルドの支部長であるハーヴェイが訪れていた。
「ウェンライトさん、王都の商工ギルドからのお達しを無視するつもりですか?」
「自分達の売上の為に、薬品の販売量を抑えるなんて馬鹿げている」
彼の目的は商工ギルドの命令を無視して、要塞に薬品を届けようとするゴードンへの説得と脅しであった。
「だが、本部の言う通りこのまま魔物の本拠点が全て攻略され、魔王が討伐されれば戦闘での消耗品の売上は激減してしまうのは、前回の魔王が討伐された時に証明されているではないか」
「私の娘とその仲間の方々、その他の冒険者達も世界の平和の為に、これからも危険を顧みずに魔物との戦いに身を投じるだろう。薬品を売らないことは、その者達を見捨てるということだ。次に父親として娘と胸を張って会えるように、私はそんな悪巧みに加担するつもりはない」
ゴードンは父親の矜持を見せるが、ハーヴェイは恫喝に近い感じでこう言ってくる。
「では、どうしてもギルドの決定には従わないと? 後悔することになるぞ!?」
「ああ!」
「そうか、なら好きにするといい。せいぜい後で後悔しないことだな!」
エレナの父の揺るぎない決意の返事を聞いたハーヴェイは、そう捨て台詞を吐くと扉を乱暴に開閉させて工房を出ていった。
その数時間後にハーヴェイの捨て台詞が、現実のものとなってゴードンにもたらされる。
在庫と新たに製造した薬品600本を積んだ馬車が、護衛の冒険者4人に守られてパロム村を出発した数時間後に、ボロボロに打ち負かされた冒険者だけで村に帰ってきたのであった。
「どうしたのだ!?」
その様子を見て驚いたエレナの父が、冒険者に事の一部始終を訪ねた所によると、村を出て少し進んだ所にある森を進んでいたら、覆面を付けた10人ぐらいの男達が木々の中から急に現れて襲ってきたらしい。
襲ってきた者達は、冒険者達のランクが低いことを差し引いても、かなりの腕利きで冒険者達はあっという間に気絶させられ、その間に積荷ごと馬車を奪われたとの事であった。
そこに見計らったようにハーヴェイが、したり顔でエレナの父に近づきながらこう言ってくる。
「おやおや、どうやら、早速お困りのようですな」
「アンタの仕業か?」
「おいおい、馬鹿な事を言うんじゃない! どうして、私がそんな事をしなければならないんだ? それとも、証拠でもあるのか?」
ハーヴェイの言う通り、いくら怪しくても証拠がないため、エレナの父はそれ以上追求できず、彼が高笑いしながら立ち去る姿を従業員と共に見ることしかできなかった。
「どうしますか?」
「皆は薬品づくりを続けてくれ。私は女神の栞(業務用)で、事の顛末を要塞に伝えに言ってくる」
従業員に薬品製造の指示を出したエレナの父は、女神の栞(業務用)で要塞に連絡を送り、その連絡を出撃準備中のユーウェインが受け取ったのは、それから一時間後である。
「何ということだ…」
通信内容を見て肩を落とすユーウェインから、通信文を受け取ったリディアは、その文に目を通して何とも言えない表情で呟くようにこう言った。
「この状況下で、人間の敵が人間なんて……」
「やはり、襲ったのは商工ギルドでしょうか?」
ちょうど近くにいて、話を聞いたエスリンが尋ねる。
「薬品の品不足による値上がりを見越した強盗という可能性もあるわ。値段が上がったときに売れば大儲けできるから」
すると、リディアが別の理由を推測して、エスリンに提示する。
「現段階では証拠がないから、何とも言えないな。君達も迂闊なことは口にするなよ」
ユーウェインはこう答えて、真実が明らかになるまで、余計なことを言わないようにと一同に釘を刺す。
「警護に要塞から人員を送りたいが、今は我らも一人でも戦力が必要だから、送ることはできない。侵攻作戦が終わって護衛を送るまで、輸送は待つようにウェンライト氏には指示を出しておこう」
こうして、本拠点侵攻作戦が迫っているとはいえ、有効的な手を打てなかったことが、前々回に記した通り作戦中に薬品工房での事件に繋がることになる。
その頃、紫音とアリシアが昼から訓練を再開させていた。
アリシアは素早く移動して攻撃してくる紫音を、何とか捉えて自分に有利な力勝負の鍔迫り合いをしようと試みる。
(シオン様を何とか捉えて、鍔迫り合いなりわたくしの有利な力勝負にできれば、あわよくばどさくさに紛れて色々な事ができるのに!)
その最低な理由で、鍔迫り合いをしてこようとするアリシアに対して、紫音はそのスピードでヒットアンドウェイを続けた。
そもそも天河天狗流は、力で劣る者の剣術であるために不利な鍔迫り合いをせず、素早さを活かした崩し回避と受け流しからの隙を突いた攻撃が基本の戦術である。そのために、アリシアの目論見は上手くいかずに、サンドバックに近い状態であった。
その紫音とアリシアが3時の休憩で、休憩所に戻ってきた所に、タイミングよくクリスが訪ねてくる。
「クリスさん。どうしたんですか?」
「おねーさま!」
紫音が、薬のおねだりをしてきたアリシアの口に薬品を突っ込みながらそう尋ねると、クリスはその状況に少し困惑しながら、同じく抱きついてくるソフィーの頭を押さえながら用件を話し始める。
「実は、アキに話があってね」
「私ですか?」
クリスの用件は、今回の本拠点侵攻は今迄で一番厳しいものになるために、アキを一日早く現地入りさせて強力なアイアンゴーレムを製造して貰い、翌日の戦いの始めからアイアンゴーレムで戦って欲しいというものであった。
「なるほど。確かにその方がいいですね」と、アキが賛成するとクリスは更に条件を話し始める。
「ただし、今回の護衛はソフィーとアフラ、ノエミ、それにリズとミリア、エレナで行ってもらうわ」
「私は行かないんですか? それはどうしてですか?」
二度目の酷い薬の飲み方で涙目になっているアリシアの頭を撫でながら、紫音が自分の不参加を尋ねると、ソフィーの頭を押さえたままのクリスからはこう答えが返ってくる。
「アキの先乗りを魔王軍にバレないようにするためよ。アナタにアリシア様、それにレイチェルさんは有名だから、目撃者から情報が漏れてしまうわ」
(自分やミリアちゃんも結構有名だと思うッスが…)
リズはそう思ったが、まあ確かに三人に比べればと考え直し黙っておくことにした。
クリスやユーウェインは、以前より街に魔王軍のスパイがいて、情報が漏れている可能性を考えており、相手がマークしているであろう紫音やレイチェル、アリシアを同行メンバーから外したのである。
そして、その事はアキも薄々考えていた事なので、クリスの提案を受け入れることにした。
「わかりました。では、明日までに出発の準備をしておきます」
「ありがとう、アキ。では、明日の朝にノエミとアフラを馬車に乗せて、街の外で待たせておくわ」
こうして、それぞれの策謀が巡らされる中、本拠点侵攻作戦の日が迫る。
「なんだかかんだ優しい、シオン様ステキ」
「こんなそっけない、お姉さまもステキ」
そんな事はお構いなしに、百合二人は目をハートマークにしながら、好意の対象を見ていた。
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