268話 オーガ軍撤退戦 その壱



「ついに出てきたなー! リーベお姉さんのゴーレム! 今回も私がやっつけちゃうよ!!」


 アフラはミトゥトレットを構えるといつものように能力を発動させ、アイアンゴーレムに向かって勢いよく走り出す。


「ちょっと、アフラ! 勝手に一人で行くんじゃないわよ! 考えなしに突っ込むのはダメダメ先輩だけで充分なのよ!」


 ソフィーはそう言いながら、アフラを援護するために後を追いかける。


「それって、私のこと!? 失礼だよ、ソフィーちゃん! お姉さんは、ちゃんと計画を立てた上で突進したよ!? ただ、最後に計画通りに行かなかっただけだよ!」


 紫音はソフィーにツッコミの体をした反論をするが、マオに直様論破されてしまう。


「結局迷惑をかけることには変わらんではないか。それは、無計画とどこが違うのだ?」

「正論なだけに、マオちゃんの言葉のナイフが痛い!」


 今日二回目の幼女の辛辣な言葉に、心がまた凹んでしまうダメダメ先輩であった。


「ユーウェイン隊長、城壁の上からの報告です。ゴーレムとオーガ数体の前進とともに、四天王と残りのオーガが後退を始めたそうです!」


「何!?」


 報告を受けたユーウェインが驚くのも無理はなく、今まで攻めてきた魔物軍が撤退するのは、総兵力の四分の一まで減少してからである。


 それが、今回は兵力の損耗が半分で四天王が健在という余力が充分に残った状態での総撤退であるために、彼だけではなく多くの者が驚いていた。


「カムラード! 俺達はアフラとソフィー援護のために、前進するぞ! 追撃するかは、後で知らせてくれ!」


 スギハラは、ユーウェインに大声でそう告げると、『月影』メンバーを引き連れて、アイアンゴーレムと一緒にいるオーガの撃破に向かう。


 事態の変化によって、ユーウェインの決断を聞きに四騎将が近づいてくる。


「奴らは、このまま寡兵で戦うより撤退して、次の戦いで戦果をあげる事を選択したという事か…」


 そのうちの一人タイロンがこの様な自分の推察を述べ、それを聞いたエスリンがこう疑問を口にする。


「やはり、クナーベン・リーベの指示でしょうか?」

「恐らくそうでしょうね。問題は追撃するかどうかね」


 エスリンの疑問にリディアがこう答えたが、真相は魔王の指示である。

 だが、今はそのようなことは題ではなく、問題なのは彼女が提示した追撃するかどうかであった。


「私は危険を承知で、追撃するべきだと思います。このまま逃せば、次のオーガ本拠点侵攻作戦は、恐らく今まで以上に厳しいモノになると思います。本拠点への侵攻作戦を見送るなら別ですが」


 エドガーはここにいる皆が考えていたことを、代表して整理して言葉にする。


 追撃するということは、堀の優位性を捨てることになり、被害も増えることは容易に推測でき、更にこれが撤退と見せかけてその優位性を捨てさせる待ち伏せ作戦なら、敵の策にまんまと乗せられることになる。


 だが、悩み熟考する時間はない、そうしている間にもオーガ達は撤退しているからだ。

 ユーウェインが、決断しかねているとアキのゴーレムが最大歩行速度で前進を開始して、彼女は城壁から下に降りてきており紫音に近づいていく。


「紫音ちゃん、もう一度瞑想して、無念無想を発動させて!」

「え!? あっ うん。わかったよ」


 紫音は慌てた感じのアキにそう言われて、瞑想をおこなうがまだ慣れていないために、なかなか心を無にすることが出来ない。


 瞑想しながら焦っている紫音に、アキは彼女の手を優しく握ると自分の額を紫音の額に当ててくる。


「アキちゃん!?」


 突然のアキの行動に紫音が余計に心を乱していると、彼女は額をあわせたまま目を瞑り、優しい声でこう促してくる。


「焦らなくていいから、目を閉じた後にゆっくり深呼吸して、その後にもう一度瞑想して。大丈夫、紫音ちゃんがやれば出来る子だって言うのは、昔からよく知っているから」


「アキちゃん…」


 紫音はアキに言われたとおりに、目を閉じてゆっくり深呼吸してから瞑想に入る。


 信頼する幼馴染の握られた手と額から伝わってくる体温を感じている間に、紫音の心は安心感に包まれいつの間にか穏やかになり、心が無になって無念無想に到達することが出来た。


「もう、大丈夫だよ。アキちゃん…」


 そう言いながら、ゆっくりと瞼を開けた紫音の目は優しく、そして金色に輝いている。


「そう…。じゃあ、急いでオーガ四天王を追いかけて! 目標はあくまで四天王だよ、雑魚には目もくれるな! いけっ! ヒンヌーポニー!」


「ヒンヌーじゃないよ、アキちゃん」


 無念無想に到達して心穏やかな紫音が、そのように穏やかに言い返すとアキの指示通りに、四天王の追撃を開始した。


 長い付き合いであるアキには、紫音をどう扱えば安心させる事ができるか解っているために、このような手を使ったが冷静になると恥ずかしい事をしたことに気付きその場で赤面した顔を両手で隠してうずくまってしまう。


「キマシタワーーーーー!!」


 レイチェルが狂喜乱舞しているとそれを横目にエスリンが、照れてしゃがみこんでいるアキに声をかける。


「アキ! 追いかけるの!?」


 そのエスリンの声を聞いたアキは、こんな事をしている場合ではないと立ち上がりこう答える。


「はい! 私の予想だと急がないと追いつけないと思います! 説明は追いかけながらします!」


 そう言って、アキは紫音の後を追い始める。

 そして、そのアキの行動を見たユーウェインは、グラムリディルを高く掲げると、戦いの参加者をこう鼓舞して追撃を決断する。


「ここで奴らを逃せば、その分世界の平和が遠くなり、犠牲者がその分増える! 諸君、ここは危険を承知で追撃するぞ! ただし、油断はするな!!」


「おーーーーー!!!」


 隊長の激励を聞いた参加者達は、鬨の声を上げて自らに気合を入れると追撃を開始する。


 その頃、城壁では―


「アキさんがどさくさ紛れに、シオン様にあのような事を… でも、問題ありません… だって、わたくしも後で同じ事を… いえ、もっと凄いことをすればいいのですから… そうでしょう、ミリアちゃん?」


 アリシアが負のオーラを全身から出しながら、瞳孔が開いたヤンデレ目でミリアにそう尋ねる。


「はうぅぅぅぅ」


 そんなアリシアにミリアはすっかり怯えてしまって、帽子を深くかぶってその場にしゃがみこみ半泣きで震えていた。


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