243話 女神の試練




 神託の間でフェミニースが、アキに今回呼び出した理由を話し始める。


「紫音に授けようとしている新しい女神武器は、オーラをもっと自由に扱えなければ使いこなせません。そのため今回私は女神武器を渡す前に、あの子に試練を与えようと思っています」


「どのような試練ですか?」


 アキがフェミニースに試練の内容を質問すると、彼女は説明を始めた。


「それは、【無念無想】を会得させる試練です。ですが、【無念無想】は戦闘中に心を穏やかにして無にしなければいけません。アキも感じていると思いますが、紫音の今のメンタルでは不可能でしょう」


「それは確かにそうですね。今のヘタレ紫音ちゃんでは不可能だと思います」


 アキはこの世界に来ても、親友の相変わらずのヘタレぶりを、目の当たりにしていたので女神の意見に賛同する。フェミニースはこの世界に送り出す前に少しメンタルを強化し、更に【女神の秘眼】発動時にメンタルを豆腐から厚揚げになるようにしている。


 その状態なら、あるいは戦闘中でも【無念無想】に心を無にする事ができるかもしれないが、それでは真の意味で紫音の精神的成長にはならない。フェミニースは、紫音が自分自身の力で精神的に成長して、【無念無想】に辿りつき試練を乗り越えることによって、彼女の自信に繋がればと思っている。


「そこで、マオと紫音を戦わせて戦闘中でも【無念無想】に至るように、うまく誘導させる作戦を考えています」


 フェミニースの作戦を聞いたアキはまずあの不思議幼女マオが、やはりフェミニースと関わりがあったことに、納得してから次のような事を女神に提案した。


「フェミニース様。見た目が幼女のマオちゃん相手では、紫音ちゃんは戦えないと戦闘放棄するか、ここぞとばかりに戦闘にかこつけて、幼女に抱きつく可能性があります。そこで、紫音ちゃんの相手は私がします!」


「アキ、アナタが…ですか?」


 アキの提案に驚くフェミニースに、彼女は説明を続ける。


「はい。フェミニース様の目的は紫音ちゃんが戦闘中いかなる状態からでも、冷静さを取り戻して心を無にして【無念無想】の状態になれるようにすることですよね?」


「そうですが…」


 二人が戦うことに否定的なフェミニースは、歯切れの悪い返事をするが、アキは決意を胸に自分の考えた作戦を話し続けた。


「私は長い付き合いで、紫音ちゃんをどう扱えば心を乱すか心得ています。それに私が敵になったという時点で、おそらく紫音ちゃんは心を大きく乱すと思います。更に私が紫音ちゃんの心を乱しながら戦って、その状態から【無念無想】に至ることが出来れば、あとはどのような局面に追い込まれても大丈夫だと思います」


「でも、そんなことをすれば、アナタと紫音の仲が悪くなってしまうのではないですか?」


 女神が反対する理由であるこの問題に、アキは問題なしといった表情でこう答える。


「大丈夫です。紫音ちゃんは優しい子ですから、後で事情を話せばきっと許してくれます。それに、私達の友情はそんなことぐらいでは、びくともしないと私は信じています」


 その返事を聞いたフェミニースは、この二人の信頼関係なら確かに大丈夫そうだと思ってこう答えた。


「そうですね。アナタ達なら大丈夫ですね」


 だが、アキには自分達のその後の関係よりも懸念することがあり、それに対してフェミニースに対処してもらう。


「それよりも、問題は恐らく紫音ちゃんだけでは、心が折れてしまうかも知れないということです。幸い紫音ちゃんは何故かマオちゃんの助言は素直に受け入れるみたいなので、マオちゃんに紫音ちゃんのサポートをさせてください」


 アキの意見を聞いたフェミニースは、マオに支援させることを約束する。そして、その後に作戦の内容を女神と話し合い打ち合わせをすると、最後にフェミニースは今回の作戦の為の特別装備の話を始める。


「それでは、今回の作戦の安全を期すために、アナタ達二人に『フェミニウムβ』で作った服を与えます。コレを着ておけば怪我をしないでしょう」


 フェミニースが安全の為の服を作ろうとすると、アキがストップを掛けてこのような質問をしてきた。


「フェミニース様! その服のデザインを紫音ちゃんの分だけコレにできませんか!?」


 アキはそう言って、鞄から猫耳メイド服セットを取り出し女神に見せる。


「できますが…。しかし、その格好で戦わせるのはどうかと思いますが…」


 フェミニースは困った顔でアキの意見を却下するが、アキはすぐさま得意の詭弁…もとい正当な理由を説明し始めた。


「このデザインにする理由は、二つあります。1つ目はこの服を紫音ちゃんに着せることで、心から平静を奪うことができます。2つ目は、作戦が終わった後に、自発的に紫音ちゃんがこの装備を脱ぐので、回収しやすいということです」


 フェミニースは確かに理に適っていると納得しかけるが、やはりこの格好はどうかと渋っている。そこにアキが止めの一言を、迷う女神に放つ。


「フェミニース様、想像してください! この猫耳メイド服を着た紫音ちゃんが、恥ずかしそうに<ご主人さま、ご奉仕するニャン>って、言う姿を!!」


 フェミニースは、アキに言われたとおりに紫音の猫耳メイド姿を想像してみる。


「私の可愛い紫音が、恥ずかしそうにこの服を着てそんな事を……」


 そして、暫く妄想してからアキと固い握手を交わすと、猫耳メイド服セットの制作に取り掛かる。


「という訳で、私が紫音ちゃんの寝ている間に、その猫耳メイド服を着せたのはそういう理由だからだよ。決して私の趣味ではないからね。でも、シオニャが<ご主人さまを疑ってごめんなさいにゃ>って、謝ってくれたら御主人様は、特別給金(お小遣い)をあげるよ!!」


「いや、明らかにアキちゃんの趣味だよね!!?」


 アキの詭弁は女神を騙せても、付き合いの長い紫音は騙せず、彼女から謝罪ではなくツッコミを受けることになる。なぜなら、戦闘になれば服など気にしていられないし、装備の回収だって説明されれば紫音の真面目な性格上、彼女が素直に返すのは容易に想像がつくからであった。


 因みにアキが紫音を脇差で刺したのは、そのメイド服は特別製だからと教えようとして、それを証拠に今回の作戦を説明するつもりであったからで、もちろん服は刃を通していない。

 紫音が吐血して気を失ったのは、女神武器発動の反動のためである。


 今回のことはフェミニースが紫音に与えた試練で、紫音が修業で【無念無想】を経験した事を知ったアキが作戦決行を判断し女神から貰った睡眠薬で彼女を眠らせ、マオが準備した元オーク本拠点に運び特製メイド服に着替えさる。


 そして、マオに紫音を脱獄させ更に助言を与えさせ、実戦でアキに心乱されても助言と前日の経験を元に心を穏やかにして、そして心を無にして【無念無想】を使えるようにするという作戦であった。


 本来ならもっと余裕のある日程でおこないたかったが、オーガ侵攻の日数を考えるとあのタイミングでしかなかった。


「マオちゃんは!? マオちゃんは大丈夫なの?」


 今回の作戦の全貌を聞かされた紫音は、真っ先に<やおいのおろち>の下敷きになったマオを心配する。


「我なら、大丈夫だ」


 マオはすっかり元の元気な姿に戻って、二人に近づいてくる。


「マオちゃん! 無事でよかったよ~」


 紫音は無事なマオの姿を見ると、嬉しさの余りに彼女に駆け寄って抱きつく。


「ええ~い、鬱陶しい! 離さぬか!」


 だが、すぐさま幼女に抱擁を冷たく拒否されてしまう。


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