234話 山籠り開始、だが・・・




 マオの山籠りの提案を受けた紫音は、<無念無想の境地>に入るためにアキの屋敷の裏山で山籠りをおこなうことにした。


 彼女は山の自然の中で修行すれば<一切の想念を離れて無心になり、無我の境地に入ること>ができそうだと思ったからだ。


 もちろんそんな甘いことはなく、紫音は山の中を駆け巡り、木々の中で素振りしたり、滝に打たれてみたり、自然の中で瞑想してみたりしたが、オーラの大太刀の練習は全く上手く行かなかった。


 だが、まだ一日目と思い紫音は滝の近くに建てたテントに戻ってくると、アキが食料を持って来てくれており、食事の準備までしてくれている。

 食事の後、焚き火の前でアキが食後のコーヒーを飲みながら、紫音に修業の成果を聞いてきた。


 紫音が余り修業の成果が出ていないと話すと、アキはこのような話をしてくる。


「私思うんだけど…、紫音ちゃんはまず<チャクラ>を開かなければならないんじゃないかな?」


「<チャクラ>?」


 紫音は聞いたことがあるが、詳しくは知らないので、アキに<チャクラ>のことについて詳しく聞いてみることにした。


 アキが昔読んだ本(漫画)によると、人間には<チャクラ>と呼ばれるものがあって、そこを開けることができれば<プラーナ>つまり<気(オーラ)>が出て来て、操ることが出来るらしい。


 そして、そのチャクラを開く方法が、ヨーガと瞑想で<無我の境地>つまり<無念無想>に辿り着くことで、自然の中で瞑想すると効果が上がるとのことだ。


「だから、紫音ちゃんはまず山の自然の中で瞑想して、<無念無想>の境地に至って、それにより<チャクラ>が開いてオーラを操れるようになれば、オーラの大太刀とやらが使えるようになるんじゃないかな?」


 紫音はそのアキの話に、マオが言ったワードがすべて入っていることに気付き、”それだ!”と、直感的に感じた。


「ありがとう、アキちゃん! 明日からさっそく瞑想を重点的にやってみるよ!」


 紫音は親友の手を握ると、ブンブン縦に振りながら感謝の言葉を述べる。


(まあ、漫画の話だから上手くいくかどうかわからないけど…)


 アキはそう思いながら、黙って親友に手を握られブンブンと振られながら、感謝の言葉を聞きいていた。ステルスマントで姿を隠しながら、物陰から二人を見守っていたマオはその様子を見ながらこう呟いた。


「ヒントを出しすぎだ、馬鹿者が…」


 そして、そのあと更にこう呟く。


「だが、方法がわかっても<無念無想>の境地に至るのは、困難であることに変わりはないがな…」


 そして、マオのこの呟き通り紫音は次の日瞑想をおこなうが、<無念無想>の境地に至る事ができなかった。


 瞑想をおこなっても、無心であろうとすると雑念が生まれ、それを消そうとする焦りが新たな雑念を生み出すという、悪循環に陥り上手くいかない。


 紫音が、瞑想失敗という事が解るぐらいの落ち込んだ顔で、テントまで帰ってくると朝帰ったアキがまた晩ご飯を作って待っていてくれた。

 食後のコーヒーを飲みながら、紫音はアキに瞑想が上手くいかなかった事を話すと、彼女はまたアドバイスをしてくれる。


「雑念か……。そうだ、紫音ちゃんにこれを暫く貸してあげるよ」


 アキはそう言うと、自分の首から掛けていたネックレスを手渡す。

 それは、真ん中に丸い石が埋め込まれた女神の聖印の形をした、元の世界での十字架のようなものであった。


「それはね、私がフィオナ様の元を離れるときに貰った聖印でね。その真中の石が聖なる力を持った<パワーストーン>なんだって」


 アキ曰くパワーストーンは、チャクラを活性化してくれる効果があるらしく、それを付ければきっと瞑想の手助けになると言うことであった。


 さらにアキは紫音にこのような説明もする。


「フィオナ様が言うにはそのパワーストーンには、雑念を払う効果もあるらしくて、それを持ってお祈りすると、無心で女神様に祈りを捧げることが出来るって言っていたよ」


 もちろん、このパワーストーンに雑念を払う力などないが、アキが紫音にこう言ったのはプラシーボ効果で、上手くいくのではないかと思っての事であった。


「でも、フィオナ様から貰った大事なモノなんでしょう?」


「大丈夫。フィオナ様なら、困っている友達のために貸したと知れば、むしろ喜んで褒めてくれるよ」


 アキは遠慮する紫音にそう言いながら、彼女の首に聖印を掛けた。

 そして、アキの言う通りフィオナなら、アキを褒めるであろう。


 次の日、紫音は昨日アキに借りた聖印を落とさないように服の中に入れると、午前中は山の中を走って足腰を鍛え、素振りなどをして過ごし、携行食による昼食の後に山の木々の中で座禅を組んで目を閉じ、呼吸を整えると瞑想を始める。


 暫くして、雑念がわいてくるが”フィオナ様の聖印が雑念を払ってくれる”と、紫音が思っているとプラシーボ効果のおかげか、そのうち雑念が彼女の心の中から消えて無になる。


 紫音の心が無になって暫くすると、先程まで耳から聞こえていた鳥の鳴き声や風の音が聞こえなくなり、自分の体の中に何か暖かいモノがあることを感じる。

(これが… <チャクラ>…?)


 紫音が心の中でそう思った時、<無念無想>が途切れ<チャクラ>を感じなくなり、瞑想も中断されてしまう。


 だが、紫音は手応えを感じて、今迄と違ってウキウキでテントまで帰ってくると、それを見たアキが上手くいったことがわかってこのような言葉を掛けてくる。


「上手くいったみたいだね」

「うん。これもアキちゃんのおかげだよ、ありがとう」


 こうして、紫音の山籠り生活三日目が過ぎる。


 次の日、紫音は瞑想で<無念無想の境地>に至ると、昨日より更に強く大きく<チャクラ>を感じることができ、<チャクラ>が次第に体全体に流れていくのを感じることができた。


「やった! 遂にチャクラを感じることができた! 後はチャクラを開いて、オーラを操ることができれば、今よりもっとオーラを自由に扱える気がする!」


 今迄の紫音は、通常状態なら小口径の蛇口からでているオーラを、【女神の秘眼】発動状態なら中口径の蛇口から出ているオーラを何とか操っている状態である。

 だが、チャクラを開いてオーラを自分で操れるようになれば、蛇口の口径の大きさも、形も自由自在に近い状態で扱えるようになるであろう。


 日が暮れてテントに戻ってきた紫音は、アキに今日の修行の成果を嬉々として報告すると、それを聞いた彼女はいつもとは違う口調でこう答えた。


「そう、それはよかったね…」


 紫音は一瞬違和感を覚えたが、気のせいだと思ってやり過ごす。


 そして、いつものように紫音が食後のコーヒーを飲んでいると、急に眠気が襲ってくる。

 紫音は”修業で疲れているのかな?”と、思って立ち上がってテントに向かおうとしたが、立ち上がることもできずに、椅子から地面に横倒しで倒れてしまう。


「やれやれ、流石に属性耐性スキルが高い*けあって、この**様特製の睡*薬でも**」


 倒れた紫音の耳にアキの声が聞こえていたが、薄れゆく意識の中で一部聞き取ることができずに、瞼が自然に閉じて紫音は完全に眠りに落ちてしまった。




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