181話 漫画制作開始



「『黒野☆魔子』先生って、有名な人なんですか?」


 紫音のこの質問に、エレナは興奮したまま説明を続ける。


「はい! オータム先生のライバルと言われている方です。お二人共新進気鋭の漫画家さんでありながら、『純愛のオータム801』、『熱情の黒野☆魔子』と称されています。そうだとわかっていたら、サインを貰っておくべきでした! あっ、もちろん私の推しはオータム先生ですよ?」


 エレナは、最後に自分は純愛派だと言いながら、まだ黒野☆魔子の“どエロ”BL漫画読んでいた。紫音は今後の人間関係悪化を避けるために、そのことにツッコミを入れずに、エレナに質問することにした。


「あのお姉さん、そんなに有名な漫画家さんなんだ」


「はい。しかも、この漫画は初期の作品ですよ! 『黒野☆魔子』の初期の作品はまだ有名ではなかったために、流通量が少なくとても貴重なモノなんです!」


「じゃあ、エレナさんがその漫画を持っていてください」


「いいんですか!? …って、駄目ですよ、シオンさん。これは黒野☆魔子さんが、シオンさんにお礼としてプレゼントしたものなんです。だから、シオンさんが持っているべきです」


 エレナはそう言ったが、その表情は明らかに大魚を逸しったという顔をしている。


「この漫画を描いたのがあのお姉さんなら、私よりこの漫画が大好きで大事にしてくれるエレナさんが持っている方が嬉しいと思いますよ」


 紫音はエレナに漫画を差し出すと、そう言ってエレナに手渡す。


「そうでしょうか……。では、次に黒野☆魔子先生に会って私が譲り受けてもいいか聞くまで、お預かりするということにしますね」


 エレナはそう言うと、BL漫画を受け取って大事そうに鞄にしまった。


(お姉さんには悪いけど、私にこの漫画は刺激が強すぎるよ……。エレナさんに持っていて貰おう。お姉さんには今度あった時に謝ろう……)


 紫音はそう思いながら、またリーベこと真悠子に会えるといいなと思う。


 その頃―

 リーベの探索をフェンリルの嗅覚で行なっていたアンネ達だったが、フェンリルがお約束のごとく食べ物屋の前になっては止まって尻尾を振って「ワン」と鳴くので、探索は遅々として進んでいない。


「またー!? さっきはアイス屋で今度はお菓子屋。フェンリル、寄り道しないでちゃんと探してよ!」


 クロエが耐えかねてフェンリルに文句を言うと「クゥ~ン」と悲しそうに鳴いた。


「クロエお姉ちゃん、フェンリルを怒らないで欲しいの~」


 アンネがアイスを食べながら、クロエに抗議する。

 実はフェンリルがアイス屋とお菓子屋の前で止まっていたのは、マスターであるアンネの影響であった。


 フェンリルは生物ではないので、食べ物に興味はない。

 アンネがアイス屋とお菓子屋を見かけて興味を持ってしまった為に、それに感応して立ち止まってアンネに危害を及ばさないモノか様子を窺っていただけであった。


 これは戦いの場でアンネが気になるモノが、敵かどうか危害を及ばさないモノかどうか確認するためで、危険と該当するなら攻撃して排除するシステムによる行動である。尻尾を振って「ワン」と鳴くのは、敵ではないと判断した合図である。


 なので、フェンリルはちゃんとリーベのいる町外れに向かって歩いてきていたので、紫音達と別れて隠れ家に向かって歩いた彼女とケーキ屋の前で会うことができた。


 リーベは心配掛けたので、みんなにケーキを買うことにし、アンネはそのケーキを嬉しそうに持って隠れ家に帰る。


 天界では、紫音とリーベの遭遇を見守っていたフェミニースが、安堵の表情を浮かべながら独り言を呟く。


「二人が出会った時は、戦い始めたらどうしようかと思って、ヒヤヒヤしたけど何事も起きなくてよかったわ」


 そして呟いた後に、厳しい表情に変って


「とはいえ、次はどうなるかわからないわね…。何か手を打たないといけないわね……」


 さらに独り言を呟いた。


 次の日、リーベ達の隠れ家に魔王が街に溶け込めるように普通の人間の姿でやってきた。

 そして、リーベに漫画の進捗情報を確認する。


「それが……その……、まだネームが3ページだけで……。でも、ストーリーは頭の中では完成しているので!」


 リーベは言い訳するが、魔王は淡々と確認していく。


「予定している総ページ数は?」

「24ページです……」


「締切りまであと何日?」

「あと6日です……」


「1ページ6時間前後として、1日12時間描いたとして2ページ、6日で12ページ……。うん、間に合わないわね。これは現実逃避するわ……」


 魔王はそう結論づけると、リーベの漫画制作を手伝うことを彼女に話す。


「仕方ないわね、一日倍の4ページを描くために今日から私達も手伝うわ。エマ、頼めるかしら?」


 そして、エマにも手伝いを依頼する。


「もちろんです!」


 彼女は二つ返事で答える。


「でも、私は漫画なんて描いたこと無いですけど大丈夫ですか?」


 だが、その後に不安な表情で質問してきた。


「大丈夫よ、素人でもできる作業はいくらでもあるわ」


 魔王の返事に、エマは安堵の表情を見せる。


「魔王様、私も手伝うよ!」


 クロエも手伝いを申し出ると、


「ええ、アナタもお願いね、クロエ」


 魔王はその申し出を受け入れるが、リーベは心配そうにこう尋ねた。


「いいんですか、魔王様!? クロエに私の漫画はまだ早いですよ?!」

「全ページ、どエロ絡みシーンではないでしょう?」

「そうですけど……」


 リーベは魔王の返事に承服しかねたが、猫の手も借りたい状況のため受け入れることにする。作業が始まるとアンネが、魔王に自分も手伝うと申し出てきた。


「アンネも~、真悠子お姉さんを手伝うよ~」


 その申し出に対して、こうなる事を予想していた魔王は優しい笑顔をアンネに向ける。


「アンネはこの絵に色を塗ってちょうだい」


 そして、事前に用意しておいた塗り絵帳から、引き抜いた塗り絵を一枚彼女に手渡す。


「まかせて~。アンネ~、がんばるよ~」


 アンネは何の疑いも持たずに、塗り絵を始めた。

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