182話 魔王の片鱗



 リーベの締め切り問題で、魔王御一行が総出で漫画を描こうと話し合ったその日の夜、ユーウェインにも問題が起きていた。


 前日に軍務大臣と会談を終えたユーウェインは、フラム要塞に帰還するために朝早く王都を出発し、その日の夕方にグリース村に到着して宿をとって宿泊している。

 チェックインする時に宿屋の主人が、今日の朝までフィオナ大司教が宿泊していたと嬉しそうに話をしていた。


 彼が部屋でカードゲームのデッキを組んでいると、部屋の扉を慌ただしくノックされる。

 ユーウェインがドアを開けると、そこにはこの村の教会の者が立っていて、彼にある報告をもたらす。


「カムラード殿、フラム要塞から緊急の電報が届いています。」

「これはわざわざ申し訳ない」


 教会の職員はユーウェインに電報を手渡すと、一礼して教会に戻っていった。

 ユーウェインが部屋に入って、椅子に座り電報の内容を見ると、そこには驚愕の報告が書かれている。


 <オークの旗が21本になりました、至急戻られたし。 タイロン>


「バカな!? 昨日の報告では19本だったんだぞ!? たった一日で21本になったというのか!」


 ユーウェインが驚いたのも無理はない、昨日の時点で19本だったものが21本になるなど今まではなかったことだからだ。そして、これこそが魔王軍の策である。


 魔王は2日前にオーク本拠点にある『魔物精製魔法陣』に、事前に設置しておいた土台に追加用の『魔力吸収宝玉』6つを取り付けた。


 この『魔力吸収宝玉』6つは、トロール本拠点からリーベが持ち帰ったもので、オーク本拠点の『魔物精製魔法陣』の『魔力吸収宝玉』は合計で12個になる。これにより、魔王の計算では魔物を生成する速度が二倍になるはずであった。


 だが、実際は1.5倍であった。これはリーゼロッテがリズに説明した周囲の魔力を吸収しすぎると、魔力濃度が薄くなって吸収できなくなるという説明と同じである。つまり本拠点の周辺魔力が1.5倍分しかないからであった。


 しかし、1.5倍の速さでも今回の作戦では十分で、ユーウェインはオーク侵攻までに要塞に帰ることができない計算だからである。


 二日前の1.5倍となった為に実際は昨日の時点でオーク侵攻軍は195体であった。

 だが、本拠点に立てられる旗は10体単位であるために19本となっており、この5体分が人間側に誤認をさせる事ができたのだ。


 明日には225体、明々後日には240体で、その時ユーウェインはアルトンの街の一つ前のケルトの町である。


「やられたな……。まさか魔王軍に、魔物の生成を速める手があるとは……」


 ユーウェインはそこまで口にすると、とんでもない考えが頭をよぎった。


(まさか…、俺が王都に呼び出されたのも、偶然ではないのか…?)


 彼は何の根拠もないこの推察が真実だった場合、魔王軍がどれ程度の権力者と繋がっているのかと危惧する。


「スギハラ……、頼んだぞ」


 彼は盟友に要塞戦を託す。

 次の日、その盟友から要塞戦を託されたスギハラは、”月影”を率いて昨日からオーガの本拠点近くにキャンプを張って、ユーウェインに依頼されていた間引き作戦を行っていた。


「リーベか例の三義姉妹の誰かが、間引き作戦を妨害してくると思ったが、結局誰も来なかったな」


「おかげで予定通り17本から、10本まで減らすことができましたね」


 スギハラの問いかけにクリスが答える。


「このぐらいでいいだろう。オーク戦に備えて街に撤退する」


 スギハラの号令で“月影”メンバーは撤退準備を始めた。

 その妨害を憂虞されていた魔王軍幹部達は、BL漫画制作でそれどころではなかったのだが、彼らにそのようなことが解るはずもない。


 そして、その夜スギハラ達が街に帰ってくると、オークの侵攻が早くなった話題で持ち切りになっていた。


「こりゃあ、カムラードさんは間に合わないかも知れないですね……」

「マジか……。どうせ間に合うと思って、安請け合いしたんだけどな……」


 街でその話を聞いたカシードのこの言葉に、彼はそう冗談めかした軽口を言ったが、自分の肩にのしかかる重責を感じて、その表情は険しくなっている。


 その頃、紫音達はまた裏山に修行と言う名のキャンプに来ていた。

 もちろん、オークの侵攻が早くなったことは知らない。


 そして、キャンプファイアーを囲む中にはクロエとアンネの姿があった。

 二人はリーベの漫画の手伝いをしていたが、昼過ぎにリズからキャンプの誘いを受けたのである。


 クロエは当初は手伝いの為に断ろうと思った。


「せっかくお友達に誘われたのだから、キャンプに行ってきなさい」

「でも……」


 だが、その話を聞いた魔王にキャンプに行くことを勧められるが、クロエが原稿を見ながら遠慮する。


「漫画のことは、私にとっておきの策があるから気にしなくて大丈夫よ。アナタ達は気にせずに、お友達と遊んでいらっしゃい」


 魔王にこう言われた二人であったが、顔を見合わせてまだ渋っている。

 その二人の様子を見た魔王は、二人に少し怒った感じこう言った。


「大人の力を甘く見るんじゃありません! 伊達にアナタ達よりも、長生きしていないのだからね」


 そして、最後に優しく微笑んだ。

 その笑顔を見たクロエとアンネは、リーベとエマの様子を窺うと二人共笑顔で頷いた。


 二人が嬉しそうに出かけて行くと、エマが不安そうに二人に尋ねる。


「とはいえ、相手はシオン・アマカワ達ですけど、大丈夫でしょうか……? 万が一にもあの二人の正体がバレたら……」


「大丈夫よ、エマ。あの娘は、幼い娘に危害を加えるような娘ではないわ」


 エマの質問に、リーベが安心しきった表情で答えた。

 リーベのその表情の変化に気付いた魔王であったが、そこには触れずにその彼女の意見を肯定する。


「そうね、女神に気に入られた娘がそんな事をしないわね」

「そうでしょうか……」


 エマは最後まで心配していたが、年上二人がそう言っているので納得することにした。

 リーベは、この状況を覆してくれるという魔王に、期待を込めた目で質問する。


「魔王様! ところで、先程言っていた”とっておきの策“とは、どんな策なんですか?」


「そんなの簡単な話よ、真悠子…。この原因を作り出したアナタが、馬車馬のごとく原稿を描けばいいのよ…。安心なさい、今度は私が見張って、現実逃避させないから……」


 彼女のこの質問にそう答えた魔王の表情は、先程の優しい笑顔ではなく、まさしく魔王のような冷徹な顔であった。


(大人って怖い!!)


 二人は大人の切り替えの速さに恐怖を感じた。

(※リーベとエマも20歳以上です。)

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