150話 煉獄の三獣士
エベレストが紫音に右足を切断されていた時、本拠点の中ではリーベはその光景を見ていた。彼女はキリマンジャロを自分の判断ミスで撃破されてから、すっかり自信を失って指示を出せずにいて、戦況を黙って見守る事にしていた。
そして、リーベは魔王の策が書かれた最後の封筒『参』を取り出すと書かれている内容を見る。それはエベレストが撃破されそうになったら、見るように指示が出されていたモノだ。
「えーと、”大人しく帰ってきなさい、リーベ。あと、『魔物精製魔法陣』は破壊してくるようにね。 By 魔王”」
それを読み終わったリーベは、すぐさま魔王に『女神の栞(魔王軍用)』で直接連絡を取る。
「本当にこの本拠点を放棄するんですか!?」
この質問に帰ってきた魔王の返事はこうだった。
「本当に放棄するわ。だから、迅速に『魔物精製魔法陣』を破壊して、魔王城に帰ってきなさい。あとこうなると思って助っ人を送っておいたから、時間が足りない時は時間稼ぎさせなさい」
魔王はリーベが第一の策で連絡をしてきた時に、自分の予測より早くデナリが撃破されたのを聞いて、人間側の戦力が自分の想定よりも上だと判断し、もしもの時にとすぐさま助っ人を送っていたのだ。
リーベは悔しさで唇を噛みながら、『魔物精製魔法陣』の破壊するために本拠点の奥に向かう。
彼女が『魔物精製魔法陣』に、6つ取り付けられている魔力吸収宝玉のうち3つ目を装置から取り外し、女神の鞄(大)にしまっていると外から「グオォォォォォォォ!!」と、エベレストの断末魔の叫び声が聞こえてくる。
「えっ!? もうエベレストが撃破されたの?! 急がないと……」
魔王の指示通り破壊すればさほど時間はかからなかったが、彼女は貴重な魔力吸収宝玉を破壊するのは、もったいないと思い取り外して持ち帰ろうとしていた為に、まだ作業を行っていた。
リーベが慌てて4つ目を取り外そうとしていると、後ろから気配を感じる。
「誰!?」
彼女が振り向くと、そこには亜麻色のショートの髪に、緑の瞳をした14~15歳ぐらいのボーイッシュな少女が立っていた。
「なんだ、クロエじゃない。驚かせないでよ……」
「違うよ、真悠子さ…じゃなかったリーベ様。今の私は魔王様直属の煉獄の三獣士ケルベロスだよ!」
「そうだったわね、煉獄…? のケルベロスだったわね。アナタが魔王様の言っていた助っ人ってことね?」
「うん。他の二人も途中まで一緒だったけど、二人は来る途中でグリフォンを追いかけている人間達がいたから、それの相手をするってことで私だけが先に来たんだ」
「アナタ達三人で来たの? 魔王城の守備はどうするの!?」
リーベは驚いてクロエに聞き返す。
何故なら助っ人に来た3人は、普段は魔王城の守備を任されている者たちで、魔王軍の中でも最高の戦闘力を持った者たちで、三人がいるからリーベは安心して魔王城を離れて動いていられるのであった
「魔王様が、今人間側の最高戦力はトロール本拠点に集まっていて平気だから、真悠子さんを助けに向かってと言ったんです」
「別に三人で来なくても、良かったんじゃない?」
「魔王様が、援軍を送る時は最大限の戦力でないと、ジリ貧になって余計な被害が出るからって言っていました」
すると、リーベは疑問をクロエに投げかける。
「そう魔王様に言われて来たのに、どうしてアナタだけなの?」
「”トロール本拠点は、私だけで十分だからここは任せた!“って、私だけ先行してやってきました! 大船に乗ったつもりでいてください!」
クロエは親指を立てて、リーベにそう言った。
「……。まあ、人間達もエベレストとの戦闘でかなり疲弊しているだろうし、アナタだけでも十分でしょう……。クロエ、後10分くらいでいいから、時間稼ぎしてちょうだい」
クロエはそのリーベの言葉に対して、背中を向けてこう言ってみせる。
「時間を稼ぐのはいいですけど―― 別に、倒してしまっても構わな… 痛っ!?」
「その台詞はやめなさい、縁起が悪いから!」
そんな台詞を最高のドヤ顔で言うクロエの頭に、すかさずチョップを叩き込んで言い切る前にやめさせるリーベ。
「一度は言いたい、カッコいい台詞なのに……」
クロエは仮面をつけると、トボトボと外に歩いていった。
(あの娘、大丈夫かしら……。まあ、油断しなければ大丈夫だとは思うけど……、他の二人もすぐに来てくれるといいけど……)
リーベは心配しながらも、彼女の戦闘力は信頼しているので作業を続けることにする。
トロール本拠点の前でその王エベレストを、倒した人類は勝利の喜びに沸いていた。
「まだ、敵が本拠点の中に少なくとも一人残っている、気を抜くな!」
ユーウェインは回復しながら、勝利で浮かれる者達に注意を喚起する。
(なんだ……、この嫌の予感は……)
確認している敵の残る戦力はリーベとグリフォンが一体だけで、エベレストを倒してから数分が立っているが本拠点の中から動きはない。
だが、ユーウェインは漠然とした不安に襲われていた。
そして、その不安はスギハラ、リディア、エドガー、レイチェル、スティールの歴戦の戦士達も感じている。
「なんだ、この嫌な感じは……。気に入らねえな……」
「スギハラ殿も感じますか…。まるで、まだ一波乱起きそうなこの感じを……」
スギハラが後方で回復薬を飲みながら呟くと、側で同じく薬を飲んでいたレイチェルが賛同してきた。
「やめてくださいよ、二人共……。ここでさらに強力な敵が出てきても、俺達人間側にはもう打つ手はないですから……」
二人がそう渋い顔で話し合っているのを聞いたカシードが、フラグを立てる二人に苦言を呈する。
カシ―ドの言う通り女神武器の特殊能力はクリスとアキ以外使っており、そのアキのゴーレムも両手が壊れてほぼ戦力にはならず、特殊能力を発動した者達はその負荷でまともに戦闘できずにいて、強敵が出てきても対処できない状態であったからだ。
負傷した者達も、徐々に戦闘復帰してきてはいるがまだまだ負傷者の数も多く回復役達も大忙しであった。
(このまま、クナーベン・リーベが大人しく本拠点を放棄してくれればいいが……)
ユーウェインがそう思っていると、冒険者20人ぐらいが本拠点に向かって行くのが見えた。
「おい! 勝手に中に入るんじゃない!!」
彼が冒険者達にそう叫ぶと、その冒険者達はこう返事をしてくる。
「残りはあと一人だ、問題ない!」
「その一人だって、もうとっくに逃げてますよ!」
冒険者達は既に数分何の反応もおこさない本拠点を見てそう考え、中に残っているかもしれない宝を目当てにユーウェインの静止を無視して本拠点に近づいていく。
(さて、宝が出るか蛇が出るか……。おそらく蛇であろうが……)
老獪なスティールはそう思いながら、その様子をうかがっていた。
その頃紫音は少し離れた所に、三角座りで膝に額を当てて顔を隠すように座っている。
「ううぅ……。嫁入り前の娘があんなはしたない姿を人前で見せて、もうお嫁に行けないよう……」
彼女は盛大にリバースした自分を恥じて落ち込んでいた。
「大丈夫だよ、紫音ちゃん。誰も見てなかったよ!」
アキがそんな親友に、根拠のない慰めの言葉をかける。
「そうよ、勝利の喜びで誰もアナタのことなんて見てないわよ。この自意識過剰ヒンヌー先輩!」
アキはソフィーのその慰め方はどうかと思ったが、彼女なりに励ましているのだなと思って流すことにした。
「さあ、元気を出しなさい!まだ、本拠点の中に敵は残っているのだから」
(そうか……。まだ、クナーベン・リーベが残っているんだった!)
クリスが落ち込んでいる紫音にそう声をかけると、彼女は因縁の相手がいる事を思い出し、その場を立ち上がり本拠点の方を向く。
すると、ちょうど冒険者達が本拠点に、近づこうとしているところであった。
「あの人達、トロールの本拠点に近づいていますけど、リーベが中にいるのを知らないんでしょうか?」
紫音のこの質問にクリスはこう答える。
「そうかも知れないわね……。もしくは相手が一人だから大丈夫と思っているのか……」
紫音達がその様子を見ていると、本拠点の城壁に人影が現れその冒険者達に向かって、旗を投げつけるのが見えた。
「リーベ!? 違う、背が低い……。誰!?」
「まさか、ここに来て新手なの!?」
紫音に続いて、ソフィーが声をあげる。
冒険者達の足元に旗を投げつけたのは、クロエことケルベロスだった。
彼女は冒険者達に向かって、城壁の上から地面に刺さった旗を指差してこう叫ぶ。
「我が名は『ケルベロス』! 魔王様直属の煉獄の三獣士の一人にして冥府の番犬! 人間達よ、その旗より前に出る者は私が冥府へ送り込んでやる!!」
そうカッコつけて言ったのは良かったが、その直後刺さっていた旗が倒れさらに本拠点に対して横ではなく縦に倒れてしまい、坂になっていたのかそのまま横に転がっていってしまった。
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