151話 冥府の番犬けるべろす





 ケルベロスと名乗った少女は顔をリーベ同様仮面で隠し、頭には犬耳の飾りが付いたかわいい犬を模したキャップを被り、足には同じく犬の脚を模したかわいい靴を履いており、両手にはケルベロスの頭をイメージしたであろうが、どう見ても可愛い犬の顔のグローブを左右に装着している。


 やや中二病の彼女本人は、帽子も靴もグローブもこの様な可愛いデザインではなく、もっと牙やら爪やらトゲが付いた厳ついデザインを魔王に発注したのだが


「鋭利なデザインは危ない! クロエはまだ14歳だから厳ついデザインはまだ早い。可愛いほうが似合う!!」


 という魔王ともう一人の意見により、完成して渡された装備は鋭角なデザインは全て却下され、丸みを帯びた可愛らしいモノでケルベロスどころか、けるべろす(萌)になっていた。

 黒い色と少しの赤色だけが、かろうじてケルベロスをイメージさせる。


 旗を地面に投げつけて、境界線みたいにして”そこから侵入したら倒す!”と、カッコつけた『ケルベロス』ことクロエであったが、旗が倒れてどこかに転がっていってしまった。

 ちなみにこの投げた旗は、トロールの数が増えた時に城壁に立てていたモノである。


「おい、小さいの。旗どこかへ転がって行ったけど、どうするんだ?」

「あの旗、拾ってきてやろうか?」

「そういうことは、劇団にでも入ってやっていろ!」


 冒険者達はクロエの見た目と言動を見て、完全に嘗めて切っていた。


「う~~~!」


 クロエにも嘗められている感じは伝わっていて、怒りのあまり唸り声をあげる。


「そうやって、すぐに馬鹿にして……。これだから、人間はキライなんだ……」


 クロエは低い声でそう呟くと、


「時間を稼ぐつもりだけだったから、見逃してやろうと思ったけど……やめーた! オマエたち全員を冥府へ送る!」


 クロエが冒険者達を指差して宣言する。


「上等だ、ガキが!」

「容赦しねえぞ!!」

「そもそも、『冥府の番犬ケルベロス』って何だよ!?」


 この世界ではケルベロスという概念は無かったので、冒険者が分からなかったのも無理はなかった。


 だが、彼らは失念していた。クロエの見た目と言動で粋がっている子供のように見えるが、彼女が魔王軍の一員で、この状況で一人現れたということを……


「地獄の炎に抱かれて消えろ! ケルちゃんインフェルノ!!」


 クロエが、右の犬型手袋通称”ケルちゃん”に魔力を込めて前に突き出しそう唱えると、冒険者達の足元に魔法陣が現れ、炎系最高位魔法『インフェルノ』が発動する。


 その魔法陣は通常よりも大きくそこから巻き起こった巨大な炎は、逃げ切れなかった数人の冒険者達を巻き込んで、炎の柱となって空高く舞い上がっていく。


 巻き込まれた冒険者達は、大火傷を負って救護班によって後方に運ばれることになった。


「なっ、インフェルノ!?」

「インフェルノだと!?」

「こんなガキがどうして!?」


 残った冒険者達は最高位魔法に動揺して、冷静な判断を失い言葉を発することしか出来なかった。


「アレは最高位魔法『インフェルノ』……。ここにきて、そのような魔法が使える強敵が出てきたのですか……」


 エドガーはMPを回復させながら、あの相手は不味いと感じ始めていた。


「逃げろ!!」


 残った冒険者達は、恐怖のあまりに一目散に逃げていく。


「とうっ!!」


 クロエは本拠点の城壁から、地面に飛び降りる。


「逃がさないよ!」


 そして、オーラステップで急加速して逃げる冒険者に追いつくと、その背中目掛けて飛び蹴りを放つ。


「地獄猛爪脚!!」


 オーラを溜めた犬の足を模した靴のつま先から爪が飛び出し、その爪は冒険者の鎧を引き裂き背中に蹴りと爪のダブルのダメージを与える。


「ぐわっ!!」


 背中に大ダメージを負った冒険者は、その場に倒れ込み苦痛の声をあげた。

 逃げていた冒険者の一人が、剣を抜いてクロエに向かってくる。


「接近戦なら!!」


 彼はクロエに剣を振り下ろすと、彼女は自分に振り下ろされた剣に右足のハイキックを合わせて、つま先で剣のフラーの部分を蹴って外側に払うと、右足を素早く体の前に着地させて相手との間合いを詰めると、今度はその右足を軸にして左足の回し蹴りを相手の左足の膝に当てる。


「煉獄猛犬連撃!!」


 クロエは回し蹴りの後にすぐさま右のフルスイングを、先程膝を蹴られて体勢を崩している冒険者の頭に叩き込んだ。


 殴られた冒険者は兜を砕かれ、その場に倒れ込みピクリとも動かなくなってしまった。


「どう、このケルベロスグローブ……。命を刈り取る形をしているでしょう?」


 殴り終わったクロエは残った冒険者に向けて、今にも「わん!」と鳴きそうな可愛い犬のグローブを見せてこう言った。


(どちらかと言うと、足の爪のほうがそういう形をしている気がする……)


 後にそれを言われた冒険者の一人が、当時の心境をこう語っている。


「囲んで逃げ場をなくせば、魔法を使えないはず!」


 残った冒険者達は、クロエがグローブを見せている間に彼女を包囲した。


「このまま囲みながら、距離を詰めて一斉に攻撃すればいくら強くても!!」


 冒険者達は包囲を崩さずに、ジリジリとクロエとの距離を詰めてくる。


「単独の相手を複数で囲むのはセオリーだけど… 果たして、あの敵相手にそれが通じるのかしら……」


「包囲しているとはいえ、相手の情報が少ないのに間合いを詰めるのは迂闊な行動かも知れないわね……。でも、距離を空けると魔法が使われる……、難しいところね」


 ソフィーが冒険者達の戦い方の感想を述べると、それを聞いたクリスは彼女にこのように答えた。


(欲に目がくらんで、貧乏クジを引いたわね……。彼らには悪いけど、私達が戦う時の為にデータを取らせてもらうわ)


 だが、心の中では冷徹な計算をしている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る