147話 魔王の知恵袋 その弐





「海…こっ、こんなこと……」


「俺の潮位はすでに大きく上昇して『高潮警報』で、防波堤を越えそうになっているんだ!」


「でっ、でも……」


「そんな事言いながら空…、お前の体は俺の『波浪警報』が出るほどの激しい高波で、夕陽のようにすっかり赤く染まってきているじゃないか……」


「うっ… 海……」


「えーと、真悠子……。アナタ何を言っているの?」


 大学の同人サークル” くなーべん・り~べ“の代表・伊川詩織は困惑した。


 何故なら、後輩の黒沢真悠子が突然おかしなことを話し始めたからで、一昨日までの彼女は連日の作業で疲れてはいたが、こんな事を言う娘ではなかった。


「もちろん、海×空の絡みシーンの話ですよ。あっ、因みに海は普段は穏やかな性格なんですが、絡みシーンになると冬の荒波のように激しくなって……!!」


「いや、そうじゃなくて……。どうして、そんな海×空なんてBL歴10年の私ですら高難易度のカプシチュの話をし始めたのかを聞いているの……」


 それが、昨日サークルを休んで今日来たと思えば、このようなハイレベルなカプ話をしてきたからだ。


 彼女自身も腐女子歴10年のベテランで、ある程度のカプ談義には対応できるが流石に海×空は難敵である。


 前々から激しいカプシチュシナリオを書いてくる娘ではあったが、今回はかなりの壊れっぷりであるように彼女には思えた。


 もしかしたら、”彼女が自分より、上のステージに立っただけかもしれない……”そうとも思ったが、取り敢えず何故このような話を考えたのか聞くことにする。


「それはですね先輩。昨日わたしは今度の夏コミに出す同人BLゲームの連日の作業に嫌気が差して、海を見に行ったんですよ……。それで、ぼーっと水平線の海と空の交わっている場所を見ている内に、”水平線って海と空の『交わっている』場所よね? 『交わっている』ってことはそういうことじゃないの!? つまり私は今、海×空の絡みシーンを見ている、嫌! 見せつけられているってことじゃないの!? やばい、テンション上がってきた!!“となりまして、それで色々妄想している内に、設定やら何やら妄想が捗りまして……。それで、是非先輩にお聞かせしようと思いまして!」


「真悠子……アナタ疲れすぎて、心が病んでしまったのね……」


 詩織はサークルで、シナリオも書け、更に絵も描けるこの一番仲の良い、そして頼れる後輩に作業を押し付けすぎたことを後悔した。


「ごめんなさい、頼りになるからってアナタに作業量振りすぎたわね……」


 詩織が謝ると、真悠子は親指を立てて彼女にドヤ顔でこう言ってくる。


「先輩、小さい子供に『どうして空は青いの?』って聞かれたら、『空が青いのはね、海(攻め)が空(受け)に”海! オマエを俺色に染めてやるぜ!”と言って、海色に染められた』って言ってあげてください。あと『夕陽が赤いのは何故?』って聞かれたら、『日中の激しい海の攻めによって、紅潮しているから』と教えてあげてください」


(そんなハイレベルなカプシチュ話、子供に言えるわけ無いだろう!!)


 詩織はそう思いながら―


「真悠子、もう一回謝っとくわ。ごめんなさい……」


 壊れてしまった後輩にもう一度謝ることにした。

 こうして、詩織は無理なスケジュールを改め、発売を冬コミに伸ばすことにする。


 そのおかげで制作期間の伸びた同人BLゲーム”ドキッ! イケメンだらけの戦国大戦!”は、結果的にクオリティの高いものとなり同人BLゲームとしては、異例の売上を出すことになるのは、また別の話……




「思えば、あの頃が一番楽しかった……。先輩と仲間と一緒に好きなモノ、作りたいモノだけを作って同じ趣味の人達に売る……。有名ゲーム会社に入らずに、あのまま細々と同人サークルを続けていれば、先輩も私も違った未来があったかもしれない……。少なくともこんな異世界で、あんな世間知らずなヒンヌー娘に煩わされる事は無かったはず……」


 彼女はグリフォンの上に寝そべって、空を見上げながら一人呟いた。

 リーベが紫音のことを何となく気に入らないのは、自分が社会に出て失ってしまった色々なモノを持ち続けている彼女が、輝いて見えているからかもしれない。


「くしゅん!」

「紫音ちゃん、風邪?」


 突然横で、可愛らしいクシャミをした幼馴染にアキは問いかけた。


「うーん、多分誰かの噂かな……」

「アリシア様じゃないの?」


「きっと、ソフィーちゃんが私の活躍を見て、”シオン先輩、頼れるわ!”って― 」


 アキのその言葉に対して、紫音はそう願望を途中まで言いかけるが、その当人に遮られる。


「私がそんな事を言うわけがないじゃない! それよりも噂とくしゃみに何の関係があるのよ?」


 紫音はソフィーに元の世界の迷信の説明を行なう。


「私達のせ…田舎では、そういう迷信になっているの」


「くしゃみが噂されたからするなんて、変わった迷信ね……。って! 強敵を前にこんな呑気な話しをしている場合じゃないでしょうが!!」


 ソフィーのツッコミが決まった所で、場面はトロール本拠点内のリーベに戻る。

 リーベはエベレストだけが残った時に見るように指示された、魔王の知恵袋こと策の書かれた封筒『弐』を鞄から取り出すと内容を確認することにした。


「なになに……、“グリフォン2体を使って偽の宝箱を人間達に、これみよがしに見せて運ばせなさい。そうすれば、宝目当てで参加している冒険者達のやる気を削ぐことが出来るでしょう。うまく行けば戦闘放棄して、グリフォンを追いかけて行く者たちが、現れるかもしれません。” なるほど……さすがは魔王様、人間たちの欲を利用するわけですね!」


 リーベは早速グリフォン2体に指示を出して、偽の宝箱を鎖で吊るしてゆっくり飛び立たせ暫く本拠点の上空で滞空させた後に、魔王城に向かって追いつけそうな速度で飛行させる。


「アレを見ろ! グリフォンが宝を持って逃げるぞ!」


 それを見た”鷲の爪“団長、ロジャー・バロウズは団員を率いて、グリフォンを追いかけることにした。


 だが、宝は昨晩の内に夜の暗闇に紛れて陸路ですでに魔王城に運ばれており、この城には元々無かったのである。


 それは最悪トロール本拠点が落とされた時に、本拠点に宝はないという事を冒険者達に認識させて、別の本拠点攻略時に今回のように宝目的の冒険者達の参加意欲を削ぐためだ。


「グリフォンが宝を持ってくぞ、追いかけろ!!」


 そう口々に言いながら、宝を追いかけて参加冒険者達の半分は、グリフォンを追いかけていった。


「宝!?」


 紫音はその言葉に思わず反応してしまう。


「ちょっと、シオン先輩! もしかして、宝を追いかけるなんて言い出さないわよね?」


 そして、その反応をソフィーは見逃さずに、疑いの眼差しで彼女を見つめてくる。


「もっ……、勿論だよ、ソフィーちゃん! 私が目先のお金に目の眩む、そんなお姉さんだと思っているの!? ホント、失敬だよ!! 私の胸は『少し』小さいかもしれないけど、世界を平和にしたいって思いは大きいんだよ!!」


 少しの間の後、紫音はそのようにソフィーに見栄を切った。


(ああ……、あのお金があれば凹んだ脛当ての修理ができて、その浮いたお金で胸の大きく見える服が買えて、幸せになれたのに……)


 ―が、心の中ではそう思い、凹んだ脛当てを見ながら小さくため息をつく……


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