131話 トロール本拠点到着





 その日の夕方ミレーヌが行政府から、荷物と6人乗りできる馬車を調達してきてくれた。


「明日の作戦にはこの馬車で行くといい」

「ありがとうございます」

「食料は多めに積んでおきたまえ、何があるかわからないからね」


 紫音達はミレーヌにお礼をすると、さっそく荷物を積み込む。


「えーと、テントに食料……」


 明日のトロール本拠点侵攻作戦は移動と戦闘で、作戦終了は夕方近くになると想定されているため、作戦が成功すれば向こうで夜を過ごすことになっている。


 荷物を積み込んでいると、クリスがアフラを連れてやってきた。


「クリスさん、どうしたんですか?」

「おねーさま!!」


 抱きつこうとするソフィーの頭を片手で抑えて、クリスは紫音の質問に答える。


「アフラも明日はアナタ達と同行するから、今日のうちに連れてきたの」

「どうして、私達と?」


 クリスは紫音とエレナ、ソフィーにだけ自分達がオーガ担当になったこと、そのためアフラを対トロールの戦力としてこちらに割り振ったことを紫音に話した。


「そんな!? そんな理由で、今回の大事な作戦にクリスさんやスギハラさんが、こちらに参加しないなんて……」


 それを聞いた紫音は、驚きの声をあげた後にこう思ってしまう。


(こんな大事な作戦なのに、自分勝手な欲のために……。これがクナーベン・リーベの言っていた人間の醜い部分なのかな……)


 そして、そう思った瞬間、紫音は胸に一瞬ズキッと痛みを感じる。


「馬鹿げているわ! どう考えたってウチのクランがこっちじゃない!」


 ソフィーが誰に対してではないが、そう文句を言った。


(アキちゃんも居ない……、クリスさんやスギハラさんもいない……。大手クランが参加するらしいから数は多いらしいけど、大丈夫なのかな……)


 紫音は不安になるが口に出して、みんなにこの不安が伝染してはいけないと考え、この思いを胸に閉じ込めた。


 そして、次の日朝食を済ませた紫音達は、集合場所の要塞に向かうため馬車に乗り込む。

 馬車の操縦はエレナが担当する。


 要塞に到着すると、すでに今回の作戦に参加する人や馬車で埋め尽くされていた。


(この人数なら、問題ないかも……)


 それを見た紫音は昨日からの胸の不安が少し晴れる。

 馬車を降りて出発を待っていると、一人の人物が紫音に話しかけてきた。


「君がシオン・テンカワ君だね。初めまして、私はクラン”クリムゾン”の団長、アーネスト・スティールだ」


「はっ、はじめまして……。シオン・アマ…テンカワです。」


 紫音は突然話しかけてきた40代くらいの紳士に、戸惑いながら何とか返事をする。

 アーネスト・スティールは、紫音でもその隙のない立ち姿から歴戦の勇士と一発でわかる。


 紫音がこの人誰? みたいな顔でいるとソフィーが


「大手クラン”クリムゾン”の団長、アーネスト・スティールよ。冒険者ランクはランクS

 総合スキルAA、四騎将に匹敵する人よ」


 彼女が説明すると、スティールは紫音にこの様な話を持ちかけてくる。


「君の前回と前々回の防衛戦での活躍は聞いているよ。どうかね、私のクランに入らないかね? もちろん、君が今組んでいるPTメンバーも一緒にね」


 ”クリムゾン”程の大手クランからの勧誘は、滅多にあることではない。

 大手クランに入ればお金の心配はしなくて済むし、冒険者としてのステータス(この場合は名声や地位)も当然上がる。


「スティールさん、残念ですけどシオン先輩とそのPTメンバーは、我がクラン”月影”預かりなんで、勝手な勧誘はやめて貰えませんか?」


 紫音が返事をしようとした時、ソフィーが割って入り、勝手なことを言い出して断り始める。


「君とそこの娘は確かスギハラ殿のところの……。そうか、それは無粋な真似をした、今の話は忘れてくれ。それでは、お互いこの度の作戦の成功の為に力を尽くそう」


 スティールはソフィーと近くに居たアフラを見て、そう言うと去っていった。


「コラ―! ツンデレお姉さん、何勝手なこと言ってるッスか! 大手クランに入れば、お金がいっぱい貰えてカード買い放題だったのに!」


「何よ! せっかく私が、角が立たないように断ってあげたのに! シオン先輩は、断るつもりだったんでしょう?」


 リズの抗議にソフィーは、こう言い返すと紫音に同意を求めてくる。


「うん、ありがとうねソフィーちゃん。リズちゃんには悪いけど、私は今の気の合うメンバーでのPTが良かったから……。リズちゃんは、大手クランのほうがいいの?」


「私も今のメンバーのほうが、気が楽でいいッス。それに、知らない人が大勢いるクランに突然参加させられたら、ミリアちゃんの豆乳メンタルでは一日と持たないッス」


 その紫音の問いかけに、リズはこのように答えた。どうやら、ソファーが同意を求めずに勝手に拒否したことへの抗議であったようだ。


「ガーーーーン、豆乳メンタル……」


 そして、ミリアはいきなりの自分への流れ弾にショックを受けていた。


「大手クランのしかも団長自らの勧誘を普通に断っていたら、向こうが気分を害してどんな意地悪されるかわからないわよ? だから、少しは私に感謝しなさいよね!」


「今回のことで、私のソフィーお姉さんへの好感度は少しだけ上がったッス。でも、私のツンデレおねーさんへの好感度は上下に動いても、ツンデレお姉さんの胸は微動だにしないッスけどね」


 そのソフィーの説明を聞いたリズは、ジト目でそう皮肉交じりに答えた。


「微動だにしないのは、シオン先輩の地平線胸でしょうが! 私の胸は、少しは動くわよ!」


「ガーーーーン、地平線胸……」


 紫音は突然の自分への流れ弾にショックを受ける。

 こうして、紫音とミリアは出発前から心にダメージを受けて、作戦に挑むことになった。


 ユーウェインは獣人の襲撃に備えて、要塞に20名の守備隊とタイロンを指揮官として残しておくことにした。


「任せたぞ、タイロン」

「本音を言えば、トロールとやりたかったんですけどね……。まあ。任せてください!」


 タイロンはユーウェインが少人数で守りきるのが出来るのは、自分が適任だと信頼しての任命だと解っていたので素直に引き受ける。


 しばらくすると、ユーウェインの出発の号令が発せられ、トロール本拠点に向かって一団は出発を開始した。


 魔物襲撃の警戒をしながら馬車を走らせること数時間、ついに遠くにトロールの本拠点が見えてくる。


 そして、本拠点の手前数キロの場所にある小高い見晴らしのいい丘に馬車を止めた。


「ここを拠点キャンプとして、物資を載せた馬車を待機させる」


 ユーウェインと大手クランはここに守備兵を少人数置いて、人と陣営を作る資材を載せた馬車、そして分解した投石機だけで本拠点まで進行する。


「陣営はこの辺でいいだろう」


 トロールの本拠点500メートルの地点で、補給物資を置いておく陣営を設置した。

 ここから輜重兵が各種回復薬や矢などの消耗品などを、回復役が待機する後方まで輸送する手筈になっている。


 さらに300メートルの地点に投石機を組み立て設置して、準備が済むとユーウェインの戦いの前の激励が始まった。


「今日この場にいる、勇敢なる兵士と多勢の有志の冒険者諸君! 共に命をかけて戦うことに感謝する。この戦いは我々にとって初めての敵本拠点への攻略作戦である。これが成功すれば、我らはこれ以降トロール軍からの侵攻を受けずに済むことになる。それは、すなわちこの国の、人類の平和への一歩である! 今回の戦いは我らを守ってくれる石の壁も堀もない! だが、その代わりに志を同じくする大勢の頼もしい仲間がいる! だから、何も恐れることはない! 君達と生きて勝利の喜びを分かち合うことを期待している、以上!」


 ユーウェインの激励が終わると、そこに居る者たちは、これから行われるトロール本拠点侵攻作戦に挑むために自らを奮い立たせる雄叫びを上げる!


 こうして、遂にトロール本拠点侵攻作戦が始まった。


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