128話 去る者達





 紫音達が食堂に戻って来ると、フィオナが別れの挨拶をしてきた。


「ミレーヌには昨日言っておいたのだけど、私はこれから大教会に帰ろうと思います」

「もう帰っちゃうんですか?」


 フィオナは紫音のその返事にこう答える。


「はい。早く帰らないとナタリーの長い小言を、また聞かないといけなくなるので」


(フィオナ様… 黙って出てきた時点で、もう小言は決定事項だと思います。あとは長いか、更に長くなるかだと思います……)


 紫音は心の中で、そう思って合唱した。

 一同は屋敷の門の前までフィオナを見送る。

 当初は定期馬車の停留所まで見送り行こうとしたが、フィオナがここでいいと言ったからであった。


「フィオナ様、お元気で」


 一同はフィオナに別れの挨拶をする。


「みなさんもお元気で。みなさんにこれからも、女神の祝福があらんことを」


 フィオナは一同に祝福の祈りをすると、地面に置いていた荷物を持って歩き出す。

 彼女は暫く歩いてから、一度振り返って手を振るとまた歩きだして再び振り返ることはなく地平線の彼方に消えていった。


 フィオナの姿が見えなくなると、アキと紫音を残して他の者は屋敷に戻っていく。


「行ってしまったね……。良かったの、アキちゃん? あんなあっさりとしたお別れで……」



「もう二度と会えないわけじゃないからね。特にこの世界は女神の加護が付与されている限り、寿命か病死以外では死なないんだから……。その点だけは前の世界より良い世界だよね……」


 紫音の質問にそう答えたアキではあったが、少し寂しそうな顔でフィオナが歩いていった道を暫く見ていた。


「そうだ、紫音ちゃん。私もこれからファルの村の家に帰るよ。暫く帰ってなかったから、家に放置しているアシスタントゴーレム達も心配だしね」


 紫音は突然のアキの帰宅発言に驚く。


(私はこれからもアキちゃんは、ずっと一緒に居てくれて共に戦ってくれると勝手に思っていたけど、アキちゃんは冒険者ではなく漫画家だから、今回のような理由でもない限り無理に戦う必要はないだ……)


「紫音ちゃん、そんな顔しないでよ。また遊びに来るし、家にも遊びに来てよ」

「うん…… また、遊びに行くね」


 紫音はアキとのしばしの別れに元気のない返事をしたが、三年前とは違ってもう二度と会えない別れではない、紫音はそう思い直すと笑顔でしばしの別れの挨拶をする。


「じゃあ、行くね」

「みんなには何も言わずに帰るの?」


「暫く会わないだけで、ずっと会えないわけじゃないから、大げさな別れをする必要もないしね。そういうわけで、皆には紫音ちゃんから言っておいてね」


 アキはそう言って屋敷を出ていった。

 親友が去ったあと紫音は少し寂しい気持ちになったが、まだ朝食を済ませていなかったので、食堂に筋肉痛の痛みに襲われないようにゆっくりと移動する。


「そうですか……。先生帰ってしまったんですね……」


 紫音が食堂でアキが家に帰ったことを皆に伝えると、エレナはBL仲間が居なくなったことを残念そうに言った。


「確かにいつでも会えるかもしれないけど、挨拶ぐらいしていけばいいのに……」


 ソフィーは少し不服そうに口にする。


「アキお姉さんに…… また会えますよね?」

「うん、また遊びに来るって言っていたからね」


 ミリアが寂しそうに質問してきたので、紫音はその彼女の寂しさを払うように笑顔で答えた。


 一同は少し寂しい思いになったが、またすぐに会おうと思えば会えると前向きに捉えて、気持ちを切り替えることにする。


 それから一同は、筋肉痛と昨日の戦いの疲労から休息日として、各々ゆっくりと過ごした。

 その夜、夕食の前に紫音はミレーヌにアキが帰ったことを伝えた。


「そうか……、それは残念だな……。彼女には次の作戦に是非参加して欲しかったのだが……」


 ミレーヌから意味ありげな返答が帰ってきたので、紫音は質問する。


「ミレーヌ様、次の作戦とは?」

「詳しい話は、夕食の後にしよう」


 紫音の質問にミレーヌはそう答えて、まずは夕食を摂るように皆に促す。

 夕食を終えたあと、ミレーヌは先程の話の続きを始める。


「実は今日、カムラードから通信が来てな。トロールの戦力が低下している今のうちに、今度はこちらからトロールの本拠点に攻める作戦提案が送られてきたんだ」


「こちらから、攻めるんですか?!」

「要塞の地の利があって、何とか勝っているのに無謀じゃないですか?」


 紫音が驚いて聞き返すと、ソフィーが続けてそうミレーヌに意見する。


「そうだ、ソフィー君。君の言う通り要塞の地の利を捨て、攻め込むのだからかなり危険な作戦となるだろう。そこで、今回の作戦は君達の特にシオン君、キミの作戦参加は必須だとカムラードも私も思っている。そこでだがシオン君、参加するかね?」


 紫音は正直敵本拠点に攻め入るなんてちょっと怖かった……、そこでミレーヌに質問してみることにした。


「あのー、ちなみにですけど……。参加したくないって言ったらどうなりますか?」


「キミが参加しないと言うなら、この作戦は中止することになるな……。そうなれば、人類はいつ終わるともわからない、トロールとの要塞防衛戦をこれからも続けることになるな……」


 そう言われると、紫音には断れない。


「わかりました、参加します!」


 紫音は決意して、ミレーヌにそう答えた。

 人類の平和に一歩近づく作戦を、自分の怯懦な心で中止にするわけにはいかないと思ったからだ。


 それに今回の作戦を成功させることができれば、魔王を倒した憧れの天音にまた一歩近づける気がした。


 その答えを聞いたミレーヌは、安堵の表情を浮かべる。


「それは良かった。実は私もカムラードも君が断るとは思っていなくて、すでに作戦の準備を進め始めていたんだ。それで、さっそく明日の朝から参加要請をした有力冒険者クランの代表者を集めて、話し合いをすることになっているんだ」


(だから、あのようなシオン・アマカワが断りにくい事を言ったのね……。やっぱりこの人、食えない人だわ……)


 ソフィーはミレーヌを見ながらそう思った。


「まあ、とはいえ全ては明日の話し合いの結果次第だがな」


 ミレーヌはそう言って、話を締めくくる。

 話し合いの後、紫音はミレーヌの部屋に向かった。


「どうしたんだ、シオン君。君が私の部屋に来るなんて珍しい……。何か私に話したいことでもあるのかな? まさか、さっきの話しはやっぱり無かった事にしてくれと言うのではないだろうな?」


「いえ、違います。実は……」


 紫音はクナーベン・リーベが、人間である事と彼女との会話した内容を話す。


「そうか……、人間だったか……」

「あまり驚かないんですね?」


「いや、驚いてはいるよ。ただ、人間で良かったとも思っている」

「どうしてですか?!」


「もし彼女が魔物なら、魔物に空からの奇襲や挟み撃ちを、するだけの知性を持った者がいるということだ。それは、他にもそのような知性を持ったものが、現れるか既にいるという事を意味する。だが、彼女が人間ならその可能性は低いと思ったからだ」


「そうか! そうなるとクナーベン・リーベの策にだけ、警戒すればいいってことですね?」


「まあ、そこまで楽観的になるのは不味いが、少なくとも不必要に魔物に策があると警戒しすぎて、消極的な策を選ぶことはないってことだな」


 紫音の少し楽観的な意見にミレーヌは、そう自分の意見を述べた。

 人生の先輩であるミレーヌに、紫音は質問する。


「ミレーヌ様、クナーベン・リーベは人間が嫌いだから魔王軍にいると言っていました……。いくら人間の醜い部分とかが見えたとして、それで魔王軍について人間と戦おうとなるんでしょうか……」


「私は彼女が今迄どの様に生きてきたかは解らないが、この世の中は残念ながら綺麗なことばかりではないからな… あり得る事とだけは言っておこう。私だって許されるなら、王都にいる一部の身勝手な貴族共を吹っ飛ばしてやりたいと思うことはあるさ」


 紫音は憧れていたミレーヌから思わぬ返答に戸惑いながら、彼女に続けて質問をした。


「ミレーヌ様でもそう思うんですか……」


「私は聖人君子ではないからな。どうかな、シオン君。それでもこの世界を守ろうという気持ちが残っているかな?」


「はい、私には今まで会ってきた守りたい人達がたくさんいます。その人達が安心して暮らせる世界の為に戦います!」


 ミレーヌのこの質問に、紫音は今まで会ってきた人達を思い出しながら、ミレーヌにそう答えた。


「そうか、それはよかった」


 ミレーヌは紫音に優しい顔を向けてそう答えた。


(明日の話し合いで、さっそく人間の醜い部分を見ることになるかもしれない……。それを見て、シオン君がそれでも今の想いを持ち続けてくれるといいが……)


 だが、心の中でそう思うのであった。




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