117話 変わる魔法使いの少女







 前進してくるトロールに、ゴーレム達による丸太投擲と遠隔攻撃によって迎撃していた人類側だったが、前進してくるトロールの数が多くなってきて、近づくまでに耐久値を削りきれなくなってきていた。


「まずいな、このままでは数で押し切られるのも時間の問題だな……。エスリン、エドガー、女神武器を使って数を減らしてくれ!」


 ユーウェインは押し切られる前に、敵の数を減らす指示を出す。

 エスリンはユーウェインの指示を受けると、女神武器・フラガソラスを天に向かって構え


「女神の祝福を我に与え給え!」


 そう祈りを捧げてからフラガソラスに魔力を込めと、鍔の部分にある宝玉が輝き始める。

 すると、刀身が輝き始めその輝きは次第に大きく膨れ上がっていく。


「神秘なる女神の力よ、我が敵を切り裂け! フラガソラス!」


 エスリンがそう唱えると、膨れ上がった刀身の輝きは分裂し、5つの光の刃となってトロール目掛けて飛んでいく。


 飛んでいった5つの光の刃は、それぞれトロールを追尾して的確に切り裂いていく。

 エスリンはその間刀身のなくなった武器で戦わなくてはならない、そのために彼女は左手に盾を持って守りに徹する。


 だが、今回は堀の向こう側にいるため、敵の遠距離に備え盾を構えているだけで済む。

 光の刃に切り裂かれたトロールは次々と魔石に姿を変えていき、15体倒したところで光の刃はエスリンの元に戻ってきて金属の刀身に姿を戻す。


 だがその刀身は鈍い光を放っており、これは特殊能力使用後のペナルティであり、しばらくこの剣の切れ味は著しく落ちて、剣としては使えない。


「女神の祝福を我に与え給え!」


 エドガーは祈りを捧げてからケーリュケウスに魔力を込めと、杖の先端にある宝玉が輝き始める。彼は女神武器の特殊能力を発動させると、水属性の最高位魔法メイルストロームを詠唱する。


 詠唱が終わるとトロール達の足元に、巨大な魔法陣が現れた。

 ケーリュケウスの特殊能力“魔法範囲拡大”によって、通常より2倍程魔法陣が拡大されている。


「メイルストローム!」


 エドガーがそう発すると、超巨大な魔法陣が輝き超巨大な水柱が渦を巻きながら吹き上がった。


 渦を巻いた巨大な水柱は、魔法陣の中に居たトロール達は動きが遅いため逃げ切れずにその渦に巻き込みながら上空まで登っていくと、その激しい渦の中で耐久値を削られ魔石に姿を変え、耐えきった者もかなりの耐久値を失って遠距離攻撃でとどめを刺されていく。



「うわー、まるで鳴門の大渦みたいだったな……」


 城壁の上から巨大メイルストローム発動の瞬間を見たアキは、ゴーレム達に命令を出しながらそう感想を漏らす。


 エドガーと一連の攻撃によってトロールは25体程減らすことが出来た。

 だが、エドガーは魔力をかなり消耗し部下に肩を借りながら、後方まで下がりMPを回復させる。


 その頃ミリアは、大きくて屈強なトロール達の突進の迫力に怖くなって、エレナ達回復役のいる後方近くまで逃げてきてしまっていた。


「ナー」


 ケットさんはミリアに前線に戻って特殊能力を使って数を減らすように促すが、ミリアは怖くて涙目になって蹲ってしまってそこから動けずにいる。


「ナー」


 ケットさんはミリアに勇気を出すように励ますが、


「でも……、怖いよ……ケットさん……」

「ナー」


「リザード戦の時は……、シオンさんの分も頑張らないと思って……、でも今回はシオンさんもいるし……、私が戦わなくても……、大丈夫だよ……」


 ミリアの紫音への信頼感が、悪い方に働いてしまっていた。


 このままでは、埒があかないと思ったケットさんは、奥の手を使うことにする。


「ナー」

「えっ? ケットさんの目を見るの?」

「ナー」


 ミリアはケットさんに言われたとおりに、彼女の目を見ると、ケットさんの黒い丸いつぶらな瞳が金色に輝き出す。


「ナー」

「わたしは……できる子……。わたしは……勇気がある子……」


「ナー」

「わたしは……強い子…。私は……、トロールなんて怖くない」


「ナー」

「私はトロールを駆逐する!」


 ミリアはケットさんの暗示を受けて、“強い心”を手に入れた!

 強い心になったミリアは、前線の紫音の側にやってくる。


「ミリアちゃん、どうしたの? ここは危ないから、もう少し後ろから魔法を撃って!」


 紫音は前に出すぎているミリアにそう言うと、彼女はこう言い返してきた。


「シオンさん。光魔法・フォトンは前方に投射する魔法なので、敵に近いほうがその分着弾点に到着するまでにいる敵を倒せるんです」


 その答え方は今迄の彼女とは違い小さな声ではなく、しかもハキハキとした喋りでその表情はいつもの自信のないものではなく、少し強気な自信に満ちた顔だ。


「ミリアちゃん!?」


 紫音はいつもと違うミリアに戸惑う。


「どうしたんですか、シオンさん?」

「ミリアちゃんが、何かいつもと雰囲気が違うから……」


「ああ、そのことですか。弱いミリアはもういません、私は生まれ変わったんです。今となっては、何か悪い夢でも見ていた気分です」


(ミリアちゃんが、少し目を離した間に別人みたいになっている!?)


 紫音がこの状況をうまく飲み込めずにいると、ケットさんが彼女に向かって一鳴きする。


「ナー」


 今のケットさんの鳴き声が、紫音には”私がミリアに限定的に暗示をかけたのよ。この戦いが終われば、元に戻るわ”と、言っているような気がした。


 紫音はそのケットさんの説明を聞いて、こう思ってしまう。


(私にもその心が強くなる暗示をかけて欲しい……)


 そう思っていると、ミリアが彼女にお願いしてくる。


「シオンさん。私がフォトンを詠唱している間、援護をお願いします。防御はケットさんがしてくれますが念の為にお願いします」


「わかったよ、ミリアちゃん!」


 紫音は迫ってくるトロールにオーラウェイブを放つ。


「女神の祝福を我に与え給え!」


 ミリアは祈りを捧げてから、構えたグリムヴォルに魔力を込める。

 すると、グリムヴォルの先端に付いた宝玉が、更に輝きを増して彼女の魔力を大幅に強化しミリアはその魔力をグリムヴォルに注ぎ込んでいく。


(自信を持つことは良い事なんだろうけど……、私はいつものミリアちゃんのほうがいいな……)


 紫音はトロールに攻撃しながら、そのようなモヤモヤした気持ちを持ってしまう。

 ミリアが魔力を注ぎ込んだグリムヴォルの宝玉の前に魔法陣が現れる。


「ナー」

「うん、解ってる。ここで、魔力注入ストップ!」


 ミリアは力尽きないように魔力注入を止めると、敵に向かって魔法を放つ。


「消し飛べ、トロール! 光魔法フォトン!」


 彼女がそう唱えると、グリムヴォルの宝玉の前に展開されている魔法陣から、光り輝く巨大な球状の光の塊が放たれる。


 巨大な光の球は、水堀を越え着弾点までの進行方向に居たトロール達を次々と消し去りながら、飛び続けて着弾点に到着すると周りに居たトロールを巻き込んで大爆発を起して消滅した。


 ミリアのフォトンはトロールを20体倒すことが出来き、その光景とフォトンの戦果を見た自信満々のミリアは、グリムヴォルをトロールに向けながらこう言った。


「これが、かつて魔王を倒したウルスクラフトの魔法の力よ!」


 それを見ていたソフィーは少し戸惑った感じでこう呟いた。


「ミリア、一体どうしちゃったのかしら? あんな事を言うような子じゃないのに……」


 魔力を大量に無くしたミリアにケットさんが、一度後方に下って魔力を回復するように指示を出す。


「わかったわ」

「相変わらず美味しくないわね……」


 ミリアは少し後方に下がると、支給品の高級魔力回復薬を一口飲むが、お子様舌は変わらないようで嫌悪感を抱く。


「ねえ、これ飲まないとダメ? 私もう十分戦果を上げたと思うけど……」


 そして、これ以上飲むことを拒否する。


「ナー」

「え? まだ頑張れって? MPが自然回復してからでもよくない?」


「ナー」

「ゴボゴボ…!」


 ケットさんは器用に前脚を使って、無理矢理回復薬をミリアの口にねじ込んで飲ませる。


「酷いじゃない、ケットさん! パワハラよ、パワハラ! 私これ以上もう飲まないからね!」


「ナー」


 ケットさんは”暗示をかけすぎたわね。お陰で強気に成りすぎて、扱いづらくなってしまったわ……“と少し後悔した。


 本日の教訓―

 <何でも程々が一番。ミリアは気弱キャラのほうが萌える>


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