75話 激闘! 801御殿
「それでクリスさんという、素敵なお姉さんの転生者と会ってね……」
紫音がアキに今までの話をしていると、奥の部屋にいた担当編集のカリナが慌ててやってくる。
「先生! 原稿! 原稿を忘れていました! 久しぶりの親友との再会のところ申し訳ないですけど、原稿を完成させてください!」
「そうだった! 紫音ちゃんごめんね、お話はまた明日しようね。原稿を明日までに終わらせないといけないの!」
アキはカリナと一緒に奥の部屋に慌てて向かう。
紫音が気になって、二人の後を追い奥の部屋に入ると、そこには驚きの光景が広がっていた。
部屋には小型のゴーレムが多数居て、BL漫画のアシスタントをしており、あるものはベタを塗りあるものは風の魔石電気器具で原稿を乾かしている。
「これって、ゴーレム?!」
「この事は、内緒にしておいてくださいね。えーと……」
カリナに名乗っていなかったのに気が付いて、紫音は自己紹介することにした。
「紫音、紫音・天河です」
「シオン・アマカワさんね。アマカワさん、先生がゴーレムをアシスタントに使っているのは、くれぐれも秘密にしてください」
「どうしてですか?」
カリナの言葉に紫音が、疑問に思うと彼女は冷静に答える。
「ゴーレム使いはとてもレアな存在です。あの天才ミレーヌ・ウルスクラフト様や四騎将のエドガー・グレンヴィル殿でも使えない魔法なんです。そんなモノが使えると知れ渡れば、戦場に駆り出されるのは必至! そうなれば、この貴重なBL漫画が二度と造られなくなってしまいます!!」
なお、ゴーレムは造り出したものセンスによって姿が変わり、アキの造り出したゴーレムはリーベの厳ついモノと違って可愛らしいフォルムをしているため、作業している姿は見ていると微笑ましい。
「しかも、こんな作業ができるゴーレムを造られるとなれば、尚の事です!」
「学習させるのに時間が掛かったけどね」
アキは二人が話しているのが聞こえたのか、カリナの説明に補足してくる。
アキとカリナはゴーレム達に混じって作業を続けている、紫音がそれを見ているとアキが夜も遅くなってきたので、カリナに紫音を部屋に案内するようにお願いする。
「カリナさん。もう夜も遅くなってきたので、紫音ちゃんを食堂と空いている部屋に案内してあげてください」
「わかりました。アマカワさん、こちらにどうぞ」
「アキちゃん、私も手伝うよ!」
「いいの、紫音ちゃん? ここから先は地獄だよ!?」
「あっ… じゃあ、やめ――」
紫音は地獄という単語にあっさり心が折れて、申し出た提案を取り下げようとする。
「では、アマカワさん。この原稿の消しゴムかけをしてください!」
だが、その願い届かずカリナは紫音に原稿を渡す。
(もう、引き返せない……)
紫音は覚悟を決めて、机に向かい作業を始める。
夜中の0時半頃、昼間の移動と作業で疲れた紫音が、不意に睡魔に襲われウトウトしそうになってしまう。
「まだ0時半なのにもう眠くなってきたよ。たしかにコレは、辛い夜になりそうな”予感”がする……」
「今は”夜間”ですけどね……」
「カリナさんの、ジョークも冴え渡る深夜0時半!」
アキとカリナは連日の徹夜で、テンションがおかしくなっていた……
深夜の1時半頃、紫音が遂に寝落ちしそうになる。
すると、ゴーレムに照明の魔石電気器具(ライト)で顔を照らされ、強制的に起こされる。
「ひゃぅ!?」
紫音は寝ている所にライトで顔を照らされて、驚きのあまり変な声を出してしまう。
「可愛い声を出したねぇ、紫音ちゃん?」
「寝ている時にライトに顔を照らされるなんて経験、今までしたことなかったからびっくりしちゃったよ」
紫音はアキの質問にまだ少し驚きながら答えた。
ゴーレムは、紫音が起きたのを確認するとライトを消して、再び作業場を巡回する。
どうやら、ああやって寝落ちする者を見つけては起こすのが役割らしい。
(あの子に私の代わりに、作業をさせればいいのでは?)
紫音はそう思いつつ眠い目を、こすりながら作業を再開する。
深夜2時半――
「さあ、紫音ちゃんが、またもや寝落ちしましたよ!」
「今夜二回目の寝落ちですね!」
「期待の新人、天河紫音は寝落ちしても作業だけはしようと道具はしっかり握っていますが、アレはベタを塗るペンではなく消しゴムかけに使っていた羽箒です!」
「いやー、危なかったですね! ペンを持ったままだったら、大事故になるところでしたよ!」
「そして、ライトオン!!」
ゴーレムが紫音の顔を再びライトで照らす。
「はうぅ!」
「そして、ゴーレム。ライトオフ!」
アキが陽気にそう言うと、ゴーレムがライトを消して巡回を開始する。
深夜3時半――
作業場に突然ベルの音が鳴り響く!
またもや寝落ちしていた紫音が、五月蝿く響き続ける金属音に叩き起こされる。
「なっ、何!? 火事!? それとも敵襲!?」
紫音が突然のベルの音に混乱して刀に手をかけ周りを見渡すと、ライト役ゴーレムがベルの紐を激しく揺らしているのに気付く。
すると、アキがまた高いテンションで説明する。
「夜の静寂をつんざく金属音! どうやら、三人共寝落ちしていたようです!」
ゴーレムは三人共眠ってしまったため、ベルを鳴らして一斉に起こすことにしたのだった。
「なんだぁ、びっくりしたぁ」
紫音は説明を受けて、安心すると椅子に座り直す。
深夜4時――
「さあ、またもや三人寝落ち寸前になってきました! ゴーレムもベルの近くに陣取って攻めの姿勢でいます! 長期戦を得意とする三人とはいえ、この度の戦いはかなり厳しいモノとなっております!」
アキが睡眠不足によるハイテンションで、実況風に話し始める。
「おーと、紫音ちゃんは、三度目の寝落ちに入ってしまいまいた!」
ゴーレムが紫音にライトを当てにいこうとすると、アキがゴーレムに紫音を監視対象から外す命令を出す。
(おやすみ、紫音ちゃん…)
アキとカリムは喋り続けていないと眠ってしまいそうなので、会話を続けていた。
そして、話題は紫音の話になる。
「先生とシオンさんは、もう何年来のお友達なのですか?」
「私と紫音ちゃんは幼馴染で、小さい頃からの付き合いで…かれこれ10年以上になりますね…。もう会うことは無いと思っていたのですが…」
「それはどうしてですか? 喧嘩別れでもしたのですか?」
「いえ、そうではなくて…。色々ありまして…。そうだ、カリナさんの親友はどんな方ですか?」
アキはこれ以上詮索されると元の世界の事もあるので、強引に会話の内容を変えて、カリナの話を聞くことにした。
「私の親友ですか……」
カリナはそう呟くと、暗い表情になってしまう。
「別に無理に話さなくても結構ですから!」
「私にも冒険者育成学校から、騎士団まで一緒だったが親友がいました…。彼女は私と違って優秀な冒険者でした。将来一緒に人類の平和のために戦おうと誓いあったのですが、私が3年前に冒険者を引退する時にその事で揉めてしまって、それから音沙汰なしでして……」
「すみません…。余計なことを思い出せてしまって…」
「構いませんよ。どうせ彼女とはお互いの趣味の事で、言い争うこともあったので、遅かれ早かれこうなっていたと思います……」
そう言ったカリナであったが、その表情は少し寂しそうであった。
アキもその心情を察して、それ以上は何も言わなかないことにする。
そして、何よりも原稿がまだ終わっていなかった。
地獄は朝まで続く……
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