53話 副団長の過去








 紫音が教会で待っていると、30分ぐらいしてクリスがやってきた。


「ごめんなさい、待たせてしまったわね。出かけようとしたら、ソフィーが纏わりついてき

 たから……」


「㋗:フラム要塞に、獣人勢力の情報を聞いてきて欲しいの?」

「㋞:どうして私がそんな事を……」


「㋗:ソフィー、信頼できるアナタに直接情報を聞いて来て欲しいの」

「㋞:でも……」


「㋗:わかったわ。じゃあ、アフラに頼むことにするわ」

「㋐:私がいくよー!」


「㋕:俺がやりますよ、副団長!」

「㋨:わたしが……」


「㋞:お姉さま! やっぱり、私がやります!」

「一同:どうぞ、どうぞ」


「㋞:……」


「今頃、ソフィーはフラム要塞に向かっているところだから、暫くは帰ってこないでしょうね」


(ソフィーちゃん……、不憫な子……)


 紫音がソフィーに同情していると、クリスが紫音に顔を近づけてきて彼女にだけ聞こえるように小声でこう言ってくる。


「これから話し合う話は、この世界の人間には聞かれないほうがいいでしょう?」


(!? やっぱりクリスさんも転生者……)


 二人は街の外れの人がいないところまで来ると、周囲に人がいない事を確認して、紫音はクリスに恐る恐る話を切りだす。


「クリスさんも、やっぱり転生者なのですか?」


「そうよ、私も四年前に女神フェミニース様のお陰でこの世界に転生したの」

「そうだったんですか。でもどうして、私も転生した人間だって判ったのですか?」


「アナタが私と同じくらい……、いいえ、おそらく純粋な身体能力だけなら、私よりも女神の祝福で強化されている。そして、そんな強化をされているのは、おそらく私と同じ女神に選ばれた者だと思ったからカマをかけたの」


 クリスは紫音にさらにつづけて忠告する。


「シオン、アナタは顔に出やすいから気をつけなさい」


 紫音はその後自分がどうして、この世界にやってきたのかを説明した。


「そう、アナタらしいわね。私は……、そうね……、イギリスの貴族の末裔出身で……」


 クリスティーナ=スウィンフォード(クリス)は、イギリスの地方貴族の末裔出身で祖父が古いタイプの人間であったので、幼い頃から貴族の嗜みとしてフェンシングと乗馬を教え込まれた。だが、その御蔭でこちらの世界に来た時にそれは彼女の役に立つことになる。


「フェンシングは学生の時、イギリスの国体選手としても選ばれたのよ」


 彼女はフェンシングの才能だけではなく、学力も優秀で18歳で名門大学を飛び級で卒業するほどで、その明晰な頭脳のお陰で元の世界では存在していなかった魔法を、理解し使用することが出来たのだ。


 その後、貴族としてノブレス・オブリージュの精神の元に人々の役に立つために、弁護士になるため法曹院に通っていた


「そして、19歳の時に爆弾テロにあって死んでしまったの。法もフェンシングもテロには、何も役に立たなかったわ……」


 クリスは少し自嘲気味に笑いながら口にする。


「それから、フェミニース様にこちらの世界で活躍するように言われて、私自身まだ何もなせていないと思ったからこっちに来たの」


 それから、冒険者育成教習所で優秀な成績を修め推薦状を得て、冒険者育成学校を飛ばして冒険者育成高等学校に入学すると、その難関特別入学試験を優れた成績でパスする。


 そして、優秀な成績で本来なら二年の修業過程を、僅か一年あまりで卒業した。

 これは、勿論フェミニースの強力な女神の祝福のおかげもあるが、彼女の研鑽されてきた優秀な能力によるところも大きい。


「三年前に自分のクランを立ち上げようとして、ミレーヌ様に融資を頼みに行ったのだけど、実績のないものには無条件で貸せないと言われたの。そこで出された条件というのがクランの立ち上げを手伝って、そのクランで実績を作ったらというもので、そのクランが“月影”だったの」


「今も”月影”に所属しているってことは、ミレーヌ様の提示した実績って高く設定されていたんですか?」


「“月影”は私が作ろうとしていた、人々の為にというクランだからね。おかげで採算の取れない依頼も結構受けるから、運営資金はいつもギリギリだけどね」


 その後クリスは髪を触りながら、ぼそりと呟く。


「まあ、彼に―”月影”には私がいないと駄目だしね……」

「確かに、クリスさんがいないと事務関係とか滞りそうですね」


 今の話は鈍感紫音にはまだ早かった。


「私が月影の副団長でいることを決めてから、スキルの伸びが悪くなったわ。恐らくフェミニース様が、男の下で甘んじている私をよく思ってないのね。あの方は男に頼らない女性の活躍を、望んでいるみたいだから……」


「確かに私にも、活躍する女性に成りなさいって言っていました!」


 紫音は目を輝かせて、尊敬するフェミニ―スの言ってくれたことを口にする。


「アナタが魔王を倒すつもりなら、その気持ちを忘れないようにね」


 クリスは新たな話を紫音に語った。


「あと、私の考えでは転生者はもう一人いると思うの」


「誰か解っているんですか?」

「このカードよ」


 クリスはそう言いながら、カードゲームのカードを見せる。


「これ、リズちゃんも持ってます。たしか、魔物バトルっていうカードゲームですよね?」


 リズちゃんが、矢弾代を使ってしまうほど嵌っているカードゲームだ。

 今とても流行っていて、小さなお友達から大きなお友達まで大人気らしい。


「そう、うちのスギハラも嵌っているカードゲームよ。私はこのカードの製作者が転生者だと思っているの」


「それは、どうしてですか?」


 紫音の疑問にクリスは、自分の推察を話し出す。


「このカードに描かれている絵もそうだけど、何よりもこれほどの複雑なゲーム性がこの世界には、このカードゲームが出るまでなかったらしいの。このゲームが大人気な理由を、スギハラはそう言っていたわ」


「つまり、転生者がその知識を持ち込んだと?」

「私はそう思っているわ」


 クリスが紫音に自分の推理を言った後、彼女に紫音がこう提案した。


「では、その人に会いに行ってみるのは?」


「それが、どうやらこの製作者は人と会いたがらないらしくて、アポを求めているのだけどずっと断られているの」


「そうなんですか……」


「まあ、今は他にやることがあるのだからそれをしましょう」

「自分を鍛えることですね!」


「それもあるけど、アナタは活躍して【女神武器】を手に入れなさい。もしくは、お金を貯めて今よりいい武器を… オリハルコン製かアダマンタイト製、せめてミスリル製を手に入れなさい。今のままでは、折角のオーラ能力も宝の持ち腐れでしょう?」


 確かに紫音は武器破損を懸念して、武器に強力なオーラを宿す技が使えないでいる。


「ちなみに、それらのお値段は……」

「とにかく高いわよ……、ミスリルが現実的かしらね……」


 紫音の質問に遠い目をして答えるクリス。


「マジっすか……」

(アリシアの王族マネーで、何とかならないかな……)


 紫音はそう思いながら、明日から堅実にお金を貯めなければと決心するのであった。


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