第3章 冒険者の少女、新しい力を求める

52話 束の間の休息






「優斗、お前から別の男の匂いがするな…」


 優斗の顎をクイッと持ち上げて、彼に迫る礼音。


「そんなことは…」


 目を逸らして、答えてしまう優斗。


 紫音は遊びに来たアキの部屋で、自分との遊ぶ約束を反故にして、プレイする昨日買ったばかりのBLゲーム『俺とお前の学園クロニクル』のプレイ画面を見せられていた。


「ねえ、アキちゃん。この礼音君は、どうして優斗君に別の男の子の匂いがするのが解るの? 犬なの?」


 ゲームにBLに興味のない紫音は、自分を放ってゲームをプレイする彼女にこのような少し意地悪な言い方で質問をすると、アキはこのように答えた。


「これはね、紫音ちゃん。“愛”のなせる業なんだよ。そもそも優斗から他の男の匂いがするのは、前日に俺様攻めキャラの蒼大に無理矢理に関係を迫られてね。もちろんここで言う関係というのは◯。□△で―」


 その質問の仕方にアキは仕返しとばかりに、紫音がBL嫌いのを解っていて状況説明をしてくる。


「詳しい状況説明は求めてないよ! そもそも、そのゲームは健全版だからそんな描写ないよね!? それはアキちゃんの妄想だよね? だから、一晩中ゲームをしていた可能性もあるよね?!」


 紫音はアキの説明を遮るようにそう言った。


「確かに紫音ちゃんの言う通り、これは家庭用の健全版だよ。でもね、この世の中にはPC用R―18版のどエロバージョンがあるんだよ!! もちろん私は両方プレイしたよ!! だから、私は蒼大×優斗の濃厚絡みシーンを目撃しているんだよ!! あの二人はゲームなんてしてなかったよ!」


「アキちゃんまだ14歳だよね!? 違法だよね!?」


「うるせえぞ、真面目ヒンヌーポニー。共犯者にするために、これからどんな絡みだったか、回想モードで見せてあげるね♪」


「結構です! ごめんなさい…」


 紫音は絡みを見たくなかったので素直に謝った。


「まったく、深淵に踏み込むつもりもないのに、舐めた口聞いてんじゃないよ」


 紫音はこのような言い合いで、アキに勝てたためしがない。

 彼女はオタクではあるが、器用で要領もよく頭の回転も速いために、人付き合いも上手い。


 紫音とアキの関係は、ミリアとリズの関係に近い。

(※もちろん、紫音がミリアの立場である)


 アキはゲームの電源を切ると、紫音に何をして遊ぶか聞いてくる。


「ゲームしなくていいの?」

「紫音ちゃんと遊ぶ約束をしていたからね。それに、ここから一人で楽しみたいしね」


 そう言ったアキの目は獲物を狙う狼のような鋭い目をしていた。

 その目を見た紫音は、こう思ってしまう。


(この鋭い眼…。まるで、真剣を使って稽古する時のお婆ちゃんと同じ眼だ…)

 ※達人のお婆ちゃんと一緒にしないであげてください


 紫音が意識を取り戻すと、彼女はレイチェルにお姫様抱っこされ、屋敷の自室に運ばれている最中であった。側には心配そうにしているアリシアがいる。


「意識が戻ったようだね、シオン君」

「ここは……、ミレーヌ様の屋敷ですか?」


 紫音の状況確認の質問にレイチェルは答えた。


「ああ、君がアリシア様と話をしている最中に意識を失ってから、医務室に暫く安静にさせていたのだが、夜の九時になっても意識を戻さないから屋敷に運ぶ事になったんだ。それで、一番力のある私が運んでいるというわけさ」


「そうなんですか……。ありがとうございます、レイチェルさん。あと、今日は要塞に置いてきてしまって、すみませんでした……」


 紫音は自分を運んでくれている事と、置き去りにしてしまったことに対して謝罪する。


「何、お陰で旧知の仲間たちと久しぶりに、ゆっくり話ができたから気にしていないさ。それよりみんな、君の活躍に驚いていたよ。何でもアーマーボアと投石機を一人で倒す凄いオーラ技を使ったらしいじゃないか?」


「あの事は正直あまり覚えていないんです……、無我夢中だったので……」


「レイチェル、わたくしにもシオン様とお話させてください。 シオン様、もう平気なのですか?」


 心配するアリシアが、二人の会話に割って入ってきた。


「アリシアも心配かけてごめんね……」

「いえ、シオン様がご無事なら、わたくしはそれで……」


(ああ、やっぱりシオン君×アリシア様だわ~)


 レイチェルが心の中でそう思いながら、紫音を彼女の部屋のベッドに寝かせる。

 部屋の外からミリアやリズ、エレナの声が聞こえてきた。


「みんな心配なのはわかるが、今日はもう休ませてあげよう」


 そう言って、心配するみんなを宥めて部屋に返すミレーヌの声も聞こえてくる。


「では、アリシア様。我々もシオン君を休ませるために、部屋を出ていくとしましょう」

「とても名残惜しいですが……。シオン様、どうかご安静に」


 部屋を出ていく二人に紫音は手を振る。

 そして、そうしている間にいつのまにか眠ってしまう。


 次の日―

 紫音達は昨日の疲れから、昼食までのんびり過ごしていた。


 そして、今日休みのミレーヌが一緒に昼食をとった後に“コホン“と咳払いをして、このようなことを言い始める。


「シオン君、今日は魔物退治に行かないのかい?」

「昨日の激戦の後なので、しばらくはいいかと思いまして……」

「何故自分の使命を、果たそうとしないのだ?!」


 その紫音の答えを聞いたミレーヌは紫音にアイアンクローをする。


「アイアンクローしたね」

「アイアンクローして何が悪い!」


 そんな事を言い返してきた紫音に、そう言ってもう一度アイアンクローするミレーヌ。


「二度もアイアンクローした、親にもアイアンクローされたことないのに!」


「それが甘えなんだ。アイアンクローされたこともないのに、一人前の冒険者になった者がどこに居るんだ!」


(※多分そうはいないと思います。)


「悔しいけど、私は冒険者なんだな!」


 茶番を終えた紫音は、ポンと手を叩いてこう締め括る。


「では、そういうことで昨日の今日だけど、気合を入れていきましょう!」


 そして、紫音はミレーヌに茶番を手伝ってくれたお礼を言った。

 礼を受けたミレーヌは、その彼女にこう尋ねてくる。


「シオン君、やる気出しているところ悪いが、君は前線で戦っていたのだろう?」

「はい、そうですが」


「なら、装備をメンテナンスに出すことを勧める。かなり負担が掛かっているはずだからな」


 紫音は装備の消耗を、すっかり失念していた。


「では、今日は自主練で!」


 ポンと手を叩くと紫音はそう言って、整備屋に装備をメンテナンスするために出しに行く。

 一同は(まあ、シオンさんだしな…)と心の中で思いながら、黙ってその場を解散した。

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