27話  決着ロックゴーレム戦





「ティーカップが割れてしまいました……」


 アリシアが午後の紅茶を楽しんでいると、飲んだばかりのティーカップが突然割れてしまう。


「靴紐が!?」


 続いて、履いていた靴の紐が突然切れてしまった。


「外に黒猫の群れが!? 空にカラスの大群が!?」


 不吉のオンパレードにアリシアは、紫音の身を案じる。


「シオン様に何か良からぬことが、起きていなければいいけど…」


 アリシアがまったく手遅れで、紫音の身を案じていた頃、その紫音は―


 転がる岩石に跳ねられた紫音は、派手に吹き飛ぶと宙を木の葉のように舞って地面に落ちた。


 意識が一瞬遠くなりかけたが、全身を走る痛みがすぐに現実に意識を呼び戻す。


(私…… 生きてる……)


 少なくとも夢ではないことは、全身の痛みが物語っている。

 紫音の身体はフェミニースによって大幅に強化されていたため、岩石の直撃を受けてもギリギリ助かったのであった。


 岩石の下敷きになっていたら、その重さでさすがに助かっていなかったかも知れない。


「そうか…… 私、フェミニース様の身体強化のお陰で助かったんだ……」

 ミリアが涙目で、紫音に近づいてくる。


「シオンさん…! シオンさん…!」


 しかし、かなり動揺しているようで紫音の名前を呼ぶしか出来なかった。

 すると、リズが走りながらミリアに叫んだ。


「ミリアちゃん! お姉さんに回復薬を早く飲ませるッス!!」


 ミリアはその声を聞くと慌てて、鞄から回復薬を取り出すと紫音の口に回復薬を入れて飲ませる。


 回復薬を飲んだ紫音は、体の痛みが少しマシになったがまだ立てなかった。

 リズがようやく二人に合流すると、予め鞄から出しておいた回復薬を紫音に飲ませる。


「お姉さん、これも飲むッス!」


 リズが飲ませてくれた回復薬のおかげで、紫音はようやく体を起こすことが出来た。


「ありがとう、2人共。生き返った気分だよ。」


 ミリアは紫音に抱きつくと泣き出してしまう。


「ううっ…… シオンさんが無事でよかったです…」


「泣かないでミリアちゃん。約束したでしょう? 必ず守ってみせるって……」


 そう言いながら紫音は、泣いているミリアの頭を撫でる。


「ミリアちゃん、泣くのは後ッス。シオンさん、立てますか?」

「何とか……」


 それを見ていたリズは、冷静に体勢を立て直すために後退することを紫音に提案してきた。


「では、まずは急いでロックゴーレムの攻撃範囲から退避しましょうッス!」

「そうだね……」


 紫音は二人に肩を借りると急いで、安全圏まで逃げることにする。


「この辺でいいッスね。シオンさん、回復薬で残りのダメージの回復をしてくださいッス」


 リズはそう言いながら、自身はロックゴーレムの様子を見つつ魔力回復薬を飲む。


「ミレーヌ様、三人のところに行かないのですか?」


 慌てて三人の近くまで来たミレーヌが、木の陰から様子を窺っていると秘書のエルフィにそう尋ねられた。


「どうやら危機は脱したみたいだからな。ここで私が出ていけば、試験が中止になるかも知れない。そうなれば、彼女達の今迄の苦労が台無しになる…」


「でも、あのロックゴーレム相手に試験も何も……」


「だが、これから冒険者になろうと言うなら、このくらいのアクシデント乗り越えられなければこの先やってはいけない」


 ミレーヌは助けに行きたい気持ちを抑えてそう答える。


(ここが踏ん張りどころだぞ、ミリアちゃん、シオン君、リズ君)


「どうやら、ロックゴーレムは周りの地面から石を吸収して、自己修復しているみたいッスね」


 ロックゴーレムは、左腕を修復中であった。


「どうする二人共? このままロックゴーレムと戦い続ける?」


 紫音が三本目の回復薬を、少しずつ飲みながら二人に尋ねる。

 この回復薬、美味しくないため三本目ともなると正直ゴクゴクと飲めない。

 さらに、あと二本ぐらい飲まないと全回復しないだろう。


「勿論戦うッス! このままやられっぱなしで終わりたくないッス!」


 リズがそう答えると、ミリアも頷く。

 頷いたミリアのその眼は、今迄の自信のない眼から強い意志を持った眼になっている。


「じゃあ、作戦を決めましょうか」


 紫音はようやく三本目を飲み終えると、作戦会議を始めた。


「ロックゴーレムが岩石投げを使ってくる以上、両腕を破壊しないとミリアちゃんの魔法詠唱が間に合わずに岩石飛ばしされる可能性があるッス」


「でも、腕は高い位置にあるからリズちゃんの魔法スクロール矢でないと、破壊できないわ。リズちゃんあと何回使える?」


 リズは鞄の中の魔法スクロールを確認してこう答える。


「あと五枚ッスね……。先程のダメージの与え方からすると、4発で一箇所破壊ってところだから足りないッスね……」


「私がオーラ技の遠距離技を使えれば……」


 そう言いながら、紫音は四本目を飲もうと思ったがあることに気付き、まだ体の痛みが残っているが飲むのを止め、残りの薬をリズに預けさらに武器以外の装備を外し始めた。


「シオンさん?!」


 リズとミリアが驚く。

 目の前のお姉さんが、自らを追い込むような事を始めたからだ。


(あのロックゴーレム相手に、ここまで背水の陣を敷けばピンチだって感じる)


 心配する二人に紫音はこう答えた。


「こうしないと、厳しいけど優しい女神様から貰った特別な力が使えないから……」


 そう言った紫音の瞳は金色になっていた。


「その眼… シオンさんも……」


 紫音はリズの質問に頷くだけで、新しい作戦の指示を出す。


「リズちゃんは左腕をお願い。私は残った右腕をオーラ技で何とかするから! 後はミリアちゃんお願いね」


「了解ッス!」

「はい」

「じゃあ、右足が修復される前に行こう!」


 紫音達は、先程と同じ配置につく。

 ロックゴーレムは左腕を既に修復して、今は右足の修復を初めている。

 リズは鞄から飴玉を取り出すと口に放り込み、着弾予測眼を発動させた。


 リズが魔法スクロールに魔力を込めると、ロックゴーレムが反応するが、同時に紫音がオーラを武器に宿し始めるとそちらに反応する。


 紫音のオーラの方が脅威と感じたのかも知れない。


「相手は岩でできているんだから、いつもより多くオーラを移動させよう。体にある半分くらい武器に送ろう、大は小を兼ねるっていうし!」


 紫音は刀にオーラを宿し続ける、するとロックゴーレムは右足の修復が間に合わず移動できないためか、左腕を丸い岩に変形させ始める。


 ロックゴーレムが左腕を投げようとした時、一足先に紫音がオーラ技を放つ!


「オーラウェーブ!!」


 オーラウェーブは武器を振る勢いで、武器に宿したオーラを光波として放つ遠距離技である。


 放たれたオーラウェーブは、紫音の予想より遥かに大きな光波となって、ロックゴーレムの左腕どころか体の左半分を削り取った!


 紫音がまともに使えたのは練習中に実は1回だけで、そのため危険を承知でロックゴーレムの近距離攻撃範囲ギリギリから放ったそのため見事に命中する。


 体の左半分を削られたロックゴーレムは、立っていられずに大きな地響きと共に左に倒れ込んだ。


「あんな強力な技を持っているなら、真ん中を狙って欲しかったッス」


 リズの言う通り、真ん中を狙っていれば勝負はそこで付いていたかもしれない。


「こんなに破壊力があるなんて……」


 実は一番驚いていたのは紫音自身であった。

 そして、彼女はさらに驚く事態に直面する。


「アレ……? 刀の刀身がない……? え?! え?! 刀身どこ言ったの!?」


 紫音は周りを見渡したが、勿論どこにもあるはずがない……

 刀の刀身は紫音の強大なオーラに耐えきれず、砕け散ってしまったのだ。


「これって、やっぱり私が弁償しなきゃいけないのかな!? どうしよう!? どうしよう!?」


 紫音は戦闘中だというのを忘れて、混乱していた。


「狙い撃つッス!」


 リズはそんな紫音をよそに、動けなくなったロックゴーレムの右腕を予定通り四発全てをピンポイント射撃で肘に命中させて、右腕を破壊する。


 ロックゴーレムは周りの石を吸収して修復を始めるが、ミリアは紫音がオーラウェーブを放った直後から詠唱を始めていた。


 それは、少しでも早くロックゴーレムの修復より先に詠唱を終わらせたかった為であり、紫音を完全に信頼していたからできたことである。


 そして、その成果はロックゴーレムが左腕の修復を終えた時点で実を結ぶ。

 ロックゴーレムが右腕を修復しようとした時点で、巨大な魔法陣がロックゴーレムの下に現れる。


「メイルストローム!!」


 ミリアがそう発すると、巨大な魔法陣が輝き巨大な水柱が渦を巻きながら吹き上がり、渦を巻いた巨大な水柱は、ロックゴーレムをその渦に巻き込みながら上空まで登っていく。

 ロックゴーレムはその激しい渦の中で、粉々になって消え去った。


 メイルストロームは水属性魔法の最高位魔法で、使える者はごく少数であり彼女もまたチートキャラである。だが、そのミリアはMPが切れて、その場で座り込んでしまう。


「完全にオーバーキルッスね……。ミリアちゃん、シオンさんが殺されかけて、静かにキレていたんスね……」


 リズは親友の意外な一面を見た気がした。

 ミリアは魔法回復薬を涙目になって飲んでいる、回復薬はどれも味が悪くお子様舌のミリアには苦くてしょうがなかったからだ。


 そして、紫音も借りている刀を壊してしまって、弁償のことを考えて涙目になっていた……。



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