04話 初めての戦闘
「アレ…? いつの間にこんなところまで……」
街道が遠くに見える。
(早く戻らないと魔物に襲われるかもしれない)
そう思い街道に引き返そうとした時、森の方から三体の魔物が飛び出してきた!
突如、森の中から飛び出してきた三体の魔物はこの時の紫音には分からなかったが、ゴブリンという魔物だった。
ゴブリン達は、急に現れた魔物に驚き戸惑っている紫音に対し武器を構えて囲み始める。
その動きを見た紫音は、反射的に刀を抜き構える。
普通の高校生であった紫音が、逃げるではなく戦うという選択肢を選んだのは天界でのフェミニースの暗示によるものであった。
ともかく、紫音は初の実戦であるにも拘わらず冷静に相手の動きを見ながら距離を取る自分に驚きつつ、今迄の剣術練習を思い返し戦い方を考え始める。
そうしているうちに、ゴブリンの一匹が剣を大きく振りかざし紫音に斬り掛かるが、彼女はすぐさま反応すると武器を大きく振りかぶって空いているゴブリンの胴に、胴斬りを行うため踏み込むと全力で一足飛びして間合いを詰めた。
だが――
「えっ!? カウンターを受けて、間合いが狂った?!」
胴を斬ろうとするより先にすでにゴブリンが目の前に迫っており、紫音はすかさず全力でサイドステップによる回避行動を取るが、今度は木にぶつかってしまう。
「はうっ!? 痛い…。こんな近くに木なんてあった!? そんなこと言っている場合じゃない、ゴブリンを見ないと!」
紫音がゴブリンに視線を戻すと、ゴブリンから2mほど離れていた。
「これって……」
紫音は理解した。カウンターを取られて間合いが狂ったのではない。
自分の跳躍力が、身体能力が格段に上がっているのだと。
彼女は剣術を習ってはいたが、メンタル面は少々弱く“豆腐メンタル”に近いために、この世界に来る前にフェミニースによって、メンタルとついでに身体能力を強化して貰っていた。
この世界の住人は、魔物と戦えるように【女神の加護】という身体スキル強化付与がそれぞれ与えられているが、紫音は自分を気に入っている女神から、【女神の加護】をマシマシで与えられており、更に身体能力が強化されている。
「これが、女神の祝福の身体強化……」
迂闊だった……
まさかこれほど大幅に強化されるなんて思っていなかったから、身体能力を試していなかったのだ。
(まずい、10年間体に染み込ませた感覚と今の身体能力が噛み合わないよ~)
この状況では、まともに戦えないと瞬時に判断した紫音は、幸い今の回避でゴブリンとは距離が空いているので、走るという原始的な動きならなんとかなるかもと考え走って逃げることにする。
だが、そう思った瞬間、背後の森からさらにゴブリンが2体飛び出して斬りかかってきた。
紫音は刀を構えて、ゴブリンの攻撃を受けるとそのまま相手の剣を撥ね退ける。
武器を落としてくれればと思ったが、少し体勢を崩したが落とさなかった。
「動体視力はそれなり、腕力はそれほど強化されてない」
【女神の加護】の身体スキル強化はスキルを一律で強化してくれない。
そのためにちぐはぐに上げられた能力が、感覚と身体の齟齬の修正をさらに阻害させることになった。
「このままだと、囲まれる!」
紫音は完全にゴブリンに囲まれる前に打開策を考える。
(そうだ! 確か複数の相手に襲われた時の対処法を聞いたことがある。確か…)
「いいかい、紫音ちゃん? 『複数』 もしくは登場する全ての攻めキャラクターに好意を持たれている状態の事を“総受け”と言って、逆に――」
(もう、アキちゃん! 邪魔しないで!!)
紫音は、自分が勝手に思い出した回想の中にアキにツッコミを入れると、祖母が言っていた対処法を思い出す。
「いいかい、紫音? 複数の敵に襲われた場合は逃げるのが一番いい。ただ、どうしても相手にしなければならない時や逃げ切れなかった場合は、狭い通路に逃げ込んで一対一の状況に持ち込むか、せめて常に壁を背にして死角である背中からの攻撃を防ぐんだよ」
(狭い通路はない。なら…)
紫音は近くに立っている大きめの木に背を向けて、取り敢えず背後から襲われないようにすると武器を構えてゴブリン達を威嚇しながら、紫音は手立てを思案する。
とはいえ、横の森は危険すぎるので答えは一つしか無い。
「まだ、たったひとつだけ策はある! とっておきのやつがね! それは『逃げる』だよ!」
紫音は劇画タッチの顔でそう言うと、何の迷いもなくその強化されたジャンプ力で背後の木の幹に飛びつくと、素早く上に登って攻撃が届かないであろう枝まで移動した。
「昔からよく言うでしょう? 『三十六計逃げるに如かず by昔の偉い人(檀道済)』と! そして、『怖かったら、逃げてもいいじゃない だって、にんげんだもの byしをん』 だから、この私、天河紫音は逃げることを、別に恥とは思わない!」
紫音は高い木の枝の上からゴブリン達に向かって、指を差しながら自己弁護をするようにそう言い放つ。
どれくらいたったであろう、紫音は未だに木の上に居た。
彼女はもうかれこれ数時間はゴブリン達が諦めてくれるか、誰か街道から助けに来てくれるか待っている。
ゴブリン達は下から石礫を投げてくる、たまに当たるがあまり痛くはない。
(防御力もかなり上がっているみたい……)
「こら、魔物さん達! もうご飯の時間だよ!? お母さんが心配しているから、早くお家に帰りなさい! というか、もう帰ってください…」
一向に帰る気配のないゴブリン達にそう懇願するようにお願いするが、ゴブリン達は紫音を完全にロックオンしている。
紫音が下からの石礫を受けながら、そのゴブリンと街道を交互に見ていると街道に彼女が歩いてきた方向から誰かがやってくるのが見えたので、両手を大きく振って出せる限りの大声で助けを求めた。
「助けてくださ~い!! へるぷ! へるぷみ~!!」
通りがかったのは、先程の騎士と馬車で紫音は気づいていなかったが強化されて歩行速度も速くなっていた彼女は、かなり街道から離れてしまっていたのである。
そのために街道から見れば声は微かにしか聴こえず、木の上の紫音は豆粒にしか見えない。
だが、紫音は運が良かった。
馬車を操っていた兵士が索敵偵察を任務とするスカウトと呼ばれる職種で、今回の彼の任務は馬車に乗る重要人物に害をなす存在を、その索敵能力で事前に察知することであり、彼は馬車を操りながらこまめに周囲に目を配っていたのだ。
そして、そんな彼は遠くを見る特殊な眼、【秘眼・イーグルアイ】を発動させて、遠くの木の上にいる人物― 紫音が手を振って助けを求めているのを確認する。
彼は紫音を発見するとその方向を指差し、騎士に報告した。
「隊長! あの木の上で人が手を振っています。何か言っているみたいですが、声までは聴こえません。ですが、恐らく救助を求めているものかと!」
「ミゲル、馬車を止めろ!」
白馬に乗った騎士は、部下に命じ護衛している豪華な馬車を止めさせると、その馬車に近づいて中の人物に伺いをたてる。
「緊急事態により、馬上より失礼しますアリシア様。お聞きになったとおり救助を求める者がいます。恐らく魔物に襲われていると思われます。救援に行く許可をいただきたい」
アリシアと呼ばれた人物が、馬車の中から返事を返す。
「もちろんです、困っている方がいらっしゃるなら早く助けてあげてください」
「承知! ミゲル、お前はこの場に待機し、中にいるレイチェルと一緒にアリシア様の警護だ!」
そのように指示を出すと騎士は、すぐさま紫音の方向に馬を走り出させる。
「止まってくれたみたいだから、気づいてくれたとは思うけど……」
紫音が不安そうに、様子を見守っていると馬に乗った人物がこちらに近づいて来るのが分かった。
「助かった……」
彼女が救援の存在にひとまず安堵した頃、迫ってくる騎士にも紫音が確認できた。
「あれは、あの時の少年か……。この数奇な再会に人魚座(にんぎょざ)の私としては、何か不思議な運命を感じずにはいられない」
「あれ? あの人さっきの騎士さん? 魔物は五体もいるのに一人で大丈夫なの?」
そして、何より紫音の運が良かったのは、この騎士がこの世界の人間側で匹敵するものが五人しかいないほどの騎士であったことだ。
彼はゴブリン達に近づくと馬からジャンプして、着地点にいたゴブリンを愛剣【グラムリディル】で、着地と同時に一撃の元に斬り伏せる。
紫音はその腕前に、木の上からこう呟いた。
「凄い、あの魔物をたった一撃で!? あの人、一体何者なの!?」
勿論彼には聞こえていないはずだが、二体目のゴブリンを再び一撃で撃破した後に、名前を聞かれたような気がしたのでこのように名乗った。
「あえて名乗らせてもらおう、ユーウェイン・カムラートであると!」
ユーウェインは、背中に背負ったラウンドシールドには手を伸ばさず、腰のパリィ用ダガーを左手に持つと一番近いゴブリンとの距離を一気に詰め、ダガーを使わずに軽やかに攻撃を躱すと、いとも簡単に愛剣でそのゴブリンを切り捨てる。
「すごい……」
紫音がその強さに、魅入っているうちにユーウェインは三分と掛からずに、四体のゴブリンを魔石に変えてしまった。
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