第1章 少女、冒険者目指して奮闘する。

01話 2人の女神(1)



「ここは……?」


 意識が戻った紫音が見た光景は、オフィスの一室のような場所で、彼女はソファーの上に寝かせられていた。


「私は確か… 小さな女の子を助けるのに走り出して、それで……」


 彼女がまだはっきりしない意識の中で、自分の身に何が起きたのか記憶を振り返っていると後ろから女性の声でこう言ってくるのが聞こえた。


「ようやくお目覚めかしら?」


 紫音は慌てて起き上がり、声の聞こえてきた方を見ると、そこには若い女性が仕事机の向こう側に座ってこちらを見ており、紫音が目覚めた事を確認すると席を立って、こちらに近づいてくる。


 その女性はブラウスのボタンを首元まできっちり締め、髪は赤色で肩までのボブで、パンツスーツで身を固めた20代前半ぐらいのできる新人OLという印象を受ける女性であった。


「すみません、あなたは誰ですか? ここはどこですか?」


 その紫音の質問に、美人というより可愛らしいといったその新人OL風の女性は、あまり好意的ではない目で紫音を見ている。


 彼女が紫音に好意的でない理由は、後に知ることになる。


「見てわからない?」


 若い女性に逆に質問を返されてしまった紫音は、もう一度辺りを見渡してこう答える。


「オフィスでしょうか…?」


 さらに詳しく付け加えると、この狭さから個人用のオフィスだと思われる。


「そう、ここは私のオフィスよ。アナタ達が言うところの<天国の神様の神殿>って場所ね」


「え……!? えーーーー!! ここ<神様の神殿>なのですか!? ということは、ここは天国!!?」


「騒がしい子ね… お姉様ったら、こんな娘の何処が良いのかしら…?」


 紫音は思いがけない言葉を聞いて、驚きのあまりに思わず大きな声をあげてしまい、その様子を見た若い女性は少し呆れた感じでいる。


 何故なら、どう見ても個人オフィスであり、何なら仕事机にはパソコンも載っている。


「ここが天国?! だって、机にパソコンが!?」


「あー、あれは【神様パソコン】よ。アナタ達人間のモノとは、比べ物にならない性能で、アカシックレコードにだってアクセス出来る… そんな事はどうでもいいわ。死んだ人間であるアナタがいることが、何よりの証拠でしょう?」


「えっ!? 私… 死んだんですか……?」


「覚えていないの? 子供を助けようとして、トラックにはねられて、そのまま亡くなったのよ」


「そうだ… 私は小さな女の子を助けるのに、トラックの前に飛び出して… そして、あの子を押して… それから…」


 紫音は自分が子供を助けるために、その子の体を押した所までは覚えているが、そこからは思い出せない。


 ただ、若い女性の言うとおり、自分が死んでしまっている事だけは実感できた。


「思い出したようね。まあ、若くして亡くなったことは、可愛そうだとは思うけど、気を落とさないことね」


 落ち込んでいる紫音を見た若い女性は、流石に気に病んだのか慰めの言葉を掛けてくる。

 そして、この話題を変えるためか、自分の自己紹介を始める。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はアナタが生きていた世界の管理を百年前から、大神様により任されている女神のミトゥースよ」


「えっ!? 女神様!!?」


 女神という言葉に、紫音は驚いた。


 何故なら、紫音にはミトゥースのスーツ姿とこのオフィスの風景とが相まって、彼女が女神というより、できる新人OLにしか見えなかったからである。


「驚いたり、悲しんだり、忙しい子ね…」


 ミトゥースは、紫音の解りやすい喜怒哀楽の表現に、少し戸惑いながらそう呟く。

 紫音は物語で知る女神のイメージを、目の前にいる自称女神の若いOLさんに語る。


「女神様って、もっとひらひらの胸元が開いた、肩が出ているような緩い感じの服を着ていると思っていました」

 

 すると、女神ミトゥースは、その言葉を聞くと語気を強めて、紫音に反論してくる。


「アナタはそんな女の「性」を強調するような服を着て、男に媚びを売るという考え方をいつまでするつもりかしら? 私が世界を管理してからは女も男と対等に活躍できる世界になるよう、少しずつ干渉してきたつもりだったけどまだまだのようね…」


「あ、はい。すみませんでした…」


 紫音はミトゥースの迫力に押されて、すぐさま謝罪する。


「やはりお姉様のように、もっと積極的に干渉しないといけないかしら~」


 そう独り言を言ったミトゥースの顔は、憧れの誰かに恋するような顔だった。

 ここで紫音は、どうしても先程から気になっていたことをミトゥースに質問する。


「ところで女神様、私が助ようとしたあの小さな女の子は助かったのでしょうか?」

(お姉様の言う通り、本当に自分のこれからより、先ず助けた女の子の安否を聞くのね…)


 ミトゥースは少し驚いた顔をした後に、こう質問に答えてくれる。


「安心しなさい、かすり傷だけで済んだみたい」

「よかった。じゃあ、私は一人とはいえ天音様のように、ちゃんと人の役に立てたんだ」


 紫音は少女が無事だと知ると、安堵の表情を浮かべた。


 ミトゥースは、自分の死よりも少女の無事を知って、喜んでいる紫音にこのようなことを尋ねてくる。


「アナタはそんなに若くして死んでしまったのに、未練はないのかしら?」


 若い女神がそう質問すると、紫音はこう答える。


「確かに未練はないと言うと嘘になりますけど、自分なりに精一杯生きてきたし、最後に人の役に立ったのならいいかなって思いまして……。まあ、欲を言えばもう少し長く生きて、もっと人の為になりたかったかなってところでしょうか……」


 そう言ったあと、紫音は泣きそうになりながらこう続けた。


「あと…… 両親より先に死んでしまって…… 申し訳ないです……」


 紫音は残された家族が悲しんでいると思うと、自分の死に急に悲しくなってしまった。


(自分の死よりも、残された家族や助けた少女のことを心配する…。なるほど、お姉様が気に入るわけだわ…)


 若い女神は紫音の優しい性格に触れ、ようやく敬愛する<お姉様>が彼女を気に入っている事を納得する。


 すると―


「この世界に生き返してあげることはできないけど、あなたに新しい世界で生きるチャンスをあげるわ。まあ、与えるのはお姉様だけど」


 ミトゥースが紫音にそう言葉をかけると、言葉の意味が理解できていない彼女からは、このような質問が返ってくる。


「あの… それって、どういう意味でしょうか?」


 紫音を少し気に入ったのかミトゥースは、理解していない彼女に説明を続けてくれる。


「悲しむ家族の事は、どうにもしてあげられないけど、アナタの夢である<人の役に立てる立派な女性になる>という願いは、別の世界で叶うかもしれないってことよ」


「本当ですか!?」


 残された家族のことで悲しんでいた紫音は、夢が叶うと聞かされようやく表情に少し笑顔が戻る。


「まあ、叶うかはアナタの努力次第だけどね」


 ミトゥースはそう忠告した後に、家族の事を心配する紫音にこのような事を言って、その悲しみを和らげようとする。


「あと、家族の方も時間が解決してくれるわよ」

「はい、そう成って欲しいです…」


 若い女神の言葉で、少し心が軽くなった紫音がそう返事をすると、


「では、今からアナタをその新しい世界を管理している… 素敵な先輩女神が居る所に連れて行くわ」


 そう言って、手から不思議な光を放ち光の通路を作り出すが、その顔は明らかに緩んでいる。


「私の後に着いてきなさい~」


 そして、紫音にそう告げると、敬愛する素敵な先輩女神のいる場所に向かうために、案内するべき紫音を放って、足早にその光の通路へ侵入する。


「まっ 待ってください~!」


 紫音はそう返事をすると、自分を置いてさっさと進むミトゥースを追いかけて、慌てて光の通路に入っていく。


 光の通路はトンネル状になっていて、周囲は光り輝いており、その光に触れるとどうなるか試してみたいが、怖いので止めておくことにした。


(オフィスや服装はあれだけ現代式なのに、移動は神様の不思議パワーでするんだ…)


 光の通路を歩きながら、紫音は現代的なのか神秘的なのか解らない、この天界のシステムに困惑していた。


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