プロローグ
プロローグ
「私はご先祖様のように、人を助けられる立派な人になりたい!」
天河紫音(あまかわしおん)は、幼い頃から祖母に自分の先祖である天河天音(あまかわあまね)の話を何回も聞かされ彼女に憧れていた。
天音の家は、山間部の田舎に代々受け継がれてきた無名の古流剣術【天河天狗流】の道場で天音はそこで妹の鈴音と共に腕を磨いていた。
その腕前は体格で勝る男性の剣士にも負けないほどで、天才剣士として地元では有名であった。
そんなある日、彼女の村が20人ぐらいの野盗の集団に襲われる。
彼女は戦うことに慣れていない村人を避難させ、一人戦いを挑み野盗を全て退治する。
だが、流石に無傷では済まず、その時の傷が原因でしばらくして亡くなってしまった。
亡くなる前に彼女は、
「村人のみんなが無事で良かった」と言って、息を引き取った。享年22だった。
最後まで自分の命より、村人の命を心配していた優しく正義感のある立派な天音に、紫音は自分の祖先として誇りに思い憧れ自分もそんな立派な人間になりたいと思っていた。
そんな思いから彼女は、直系の先祖鈴音から代々受け継がれてきた天河天狗流を8歳より、祖母風音から教わり始めることになる。
天河天狗流は、その名の通り天狗から教わったという怪しい伝承の剣術である。
その特徴は軽快な足さばきからの速さを活かした移動と跳躍、そして、そこからの斬撃である。
あらゆる方向に移動するのを見て、天狗と思われたのかもしれない。
軽快に動き続けるには、強靭な足腰を必要とする。
修行方法は、まず山を走り回り強靭な足腰を作ることから始まる。
そのため道場は、今も山間部の田舎にあり、紫音も山の中をよく走った。
辛い修行で挫けそうになった時は、天音への憧れで頑張った。
祖母風音が天音の話を何度もしたのは、辛い修行で幼い紫音が剣術の修行を辞めると言い出さないようにするためだったのかもしれない……
現に妹の音羽は、辛くて早々にリタイアしてしまっている。
中学の時も、足腰を鍛えるため自転車で、山道を含む通学路を約50分かけて通学した。
だが、この頃から剣術の修行を、やめようかと思い始めていた。
何故なら、中学2年生に成長した紫音は、こんな苦しい修行をして剣術を学んでも、この時代では天音のような立派な人になれないと薄々気づいていたからだ。
「そもそも周りのみんなは部活とかで鍛えているし、友達と遊んだり恋したりして青春している。自分の青春は剣術だけでいいのかな……?」
このような思いがあったが、祖母の期待を感じていた真面目で優しい紫音は、言い出せずにいた。
天音の正義感の影響を受けてか紫音は、中学では風紀委員になった。
その役目柄、風紀を乱すものに注意していたため、
「黙っていれば、可愛いのにもったいない」
男子からは陰で、このように言われていた。
紫音の見た目は、可愛らしい顔に綺麗な黒髪のポニーテール、剣術で鍛えた無駄のない身体で、まさに剣術少女という凛とした姿だったので、一部女子には人気があった。
そんな紫音も年頃の少女、2年の半ばで3年の爽やかイケメンに恋をした。
この恋は、<恋に恋する>ものだったのかもしれないが、まだ子供の紫音にはわからなかったが、
「この告白が成功したら、お婆ちゃんには悪いけど剣術をやめて、今どきの女の子になる!」
紫音は心にそう誓うと、勇気を振り絞り告白することを決意する。
だが―
「ごめん。君、可愛いけど風紀委員で堅そうだし… それに俺、巨乳が好きなんだ」
そう紫音の胸は、2年生女子中学生の平均よりも、控えめだったのだ……
運が悪かった、彼はたまたま巨乳好きであった。
だが、子供だった紫音は、世の中には大多数の胸の大きさにあまり拘りがない、普通の男子がいることを知らないため
「胸の大きさで判断する、男の子となんてもう2度と恋なんてしない! お婆ちゃん、私剣術頑張る!」
と、剣術に打ち込む(逃げこむ)ことになる。
田舎育ちの情報量の少なさが招いた悲しい決断だった。
3年になった紫音は、正しいことをして人を救うには、警察関係・弁護士・医者だろうと考え、剣術修行を一旦中断し猛勉強をして、高校は有名女子進学校に入学した。
高校へは約1時間かけて自転車通学した。
最初は高校受験で、1年間碌に修行していなかったために辛かったがすぐに慣れた。
高校でも風紀委員を務め、
「服装の乱れは、心の乱れ!」
と、お約束のセリフで、女生徒達の制服の身だしなみをよく直した。
陰で同級生からは王子様、下級生からはお姉様と呼ばれていた。
高校生活は、剣術・勉強で青春が費やされた、もう意地だった。
そのお蔭で腕前は免許皆伝、手前まできていた。
3年生になり大学受験を始める為、剣術修行を中断し本格的に受験勉強に取り組んだおかげで、模試でA判定を取り一流大学への入学も夢ではなくなった。
「これで、天音様とは少し違うけど、人々の役に立てる立派な人物になれるかもしれない」
入学試験も無事終わり、試験の出来に手応えを感じた紫音は希望に胸を膨らませながら、帰宅の途に着いた。
試験会場から、雪が降り始めた帰り道を歩いていると彼女の眼に映ったのは、幼い少女が渡る横断歩道に、トラックが猛スピードで突っ込もうとしているところであった。
その原因はトラックが坂道を下っている時に、少し積もった雪でブレーキが効かなくなってしまったからであった。
少女はトラックにはまだ気付いておらず、歩行者信号が青なので渡り続ける。
「危ない!」
紫音は考える間もなく、幼い少女に向かって飛び出していた。
1年前の彼女なら例え雪が積もっていたとしても、鍛えた脚力と反射神経で子供を救い自分も助かったであろう……
だが、受験勉強で鈍った体では、幼い少女を押すことぐらいしかできなかった。
全身に強い衝撃を感じたと思った瞬間、彼女の意識は遠くなった……
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