くろがねっ!?

京城香龍

偽装結婚1

「ええー!?部費が足りない!?」

大宮大成高校鉄道部部室。

舎利弗とどろきみなみが部費の明細を見て驚愕する。

「しかも1年分」

「前回派手にやっちゃったからね〜」

「4人でJR東日本管内の、しかも特急料金だけ別にかかるとなるとそれだけはいっちゃうよね」

左衛門三郎さえもんさぶろうきぬ文珠四郎もんじゅしろうかえで勅使河原てしがわら絵未えみの3人はそれを聞いてため息が出ている。

「飲食代だって4人で結構したんだし…」

「ちよっ…私のせいだっていうの?」

「おかげで1年間活動できなくなっちゃうんだから!」

「ちよっと、やめてー!」

絵未と絹の諍いに南が仲裁する。

「ともかく、こうなったら部費に頼らないで私たち独自に部費、即ち旅費を調達するしかないわ!」

楓がここぞとばかりに動き出す。

「それは即ち?」

「ジャジャジヤッジャジャ〜ン!アルバイト〜!」

「アルバイト〜?」

楓が求人誌を取り出す。

「それもほら!見てみて!」

楓が求人欄を3人に見せる。

―とても簡単なお仕事!必要なのは印鑑を持ってくるだけ!珍しい名字の方歓迎!

「珍しい名字って私たちの事じゃん?文珠四郎に左衛門三郎、勅使河原、舎利弗!」

「まぁ…そりゃそうだけど…」

「怪しくない?この求人票から怪しさぷんぷんなオーラがするんだけど…」

「部活動の危機よ!背に腹は代えられない!贅沢は言えない!いざ、面接の申し込み!」

楓が携帯電話から求人票の番号に電話をかける。

―ピポパ

―トゥルルルルトゥルルルル

「もしもし、求人誌RJを見たんですけど…」

「いいの?学校に黙ってアルバイトなんて?」

「うちは黙認してるしいいんじゃない?」

電話をかけている裏で3人がひそひそ話を始める。

「―はい、わかりました、よろしくお願いします!では失礼します!」

―ピッ

「面接いいって!」

「おお!」

「それでなんだけど履歴書の他に親の印鑑持ってきてだって!仕事に使うからって」

「親の印鑑?」

「ますます怪しくない?」

「もう面接申し込んじゃったし後には引けないよ〜」

(親の印鑑かぁ〜どうも胡散臭いなあ〜でも部活動存続の危機!ここは何とか乗り越えないと!)

―ググッ

「協力するよ!行こう!みんなで!」

「あ、おう…」

「それでどこなの?」

「都内渋谷の…」

南が腹を括ったかのように求人票を見つめ、こぶしを握り、みんなの意見をまとめ上げる。


―翌日

学校のあと、親の印鑑を手にした4人は大宮から湘南新宿ラインで一路渋谷に向かった。


15:57発

平塚行き(籠原始発)

2851Y

E233系(15両)


「Fライナーだったらもっと早いのにな〜」

「大宮からは選べないんだからしょうがないでしょ」

絹が地元を走る東武東上線?地下鉄副都心線?東急東横線を直通するFライナーの話題を持ち出す。


渋谷

16:35着


渋谷駅の迷路のような複雑な構内をかき分け、地上に出て求人票の地図に記された目印のあるビルの前にたどり着いた。

「ハハ…なんだか、ビルからも怪しさプンプンだね…」

「でもここで間違いないんでしょ?」

「うん、“国鉄金融”って看板でてるね」

渋谷の小ビル。喫茶店とテレクラの中間の階に国鉄金融はあった。

4人はそのビルに恐る恐る入っていく。

国鉄金融の扉の向こうからは男の怒りの声が響き渡る。

「田母神さん、居ますか?居ますー!?今日の3時まで入金お願いしますよーっ!!」

「うわっ!やっぱ怖いよ…」

南がビビる。

「後には引けないって、さぁ!」

楓が先頭を切ってドアをノックする。

―コンコン

「失礼します、本日面接の予定を入れておりました文珠四朗楓と左衛門三郎絹、勅使河原絵未、舎利弗南ただいま参りました!」

「おう!入ってくれ!」

ドアの向こうから別の男の声が出てくる。

4人は恐る恐るドアを開けて中に入ると、眼鏡に4つのピアス、蓄えたあごひげに鋭い目つき、縦長に厳つい顔つきといかにもアウトローらしい風貌の男がソファーに座って待機していた。

「よろしくお願いします」

(うっ!!うぐっ!!)

4人は心の中でその男の風貌を見て怖気づく。

「おう、座れ!」

4人はとりあえず一礼してソファーに座る。

「これからの面接、こちらも本当のことを言うからお前らも本当のことを話せよな。嘘はすぐバレルからね」

「はっ、はいっ!!」

鋭い目つきで男は4人の顔を見る。

「それじゃあ電話で言っていた履歴書と印鑑出して」

「はい!」

4人は持参した履歴書と印鑑を机の上に出す。

「まずはこれを見てくれ」

―バッ

男は男性鉄道員の写真を数枚出して4人に見せる。

「JRグループの駅員に保線員、東武の運転士に小田急の車掌、京成の作業員…俺はこいつらにトゴ(10日で5割)で金を貸していたが、回収が困難になってきた。そこで今回お前らに頼む仕事ってェのはズバリ、こいつらをお前らの籍に入れてもらう!」

「!?」

「籍を入れるってまさか…!?」

「そう、結婚は結婚だが、こいつらの名字を変えるための結婚、偽装結婚だな」

「偽装…結婚…?」

「こいつらがお前らと婚姻する際に、こいつらの方がお前らの方の名字に変更する。まァ入り婿だな」

(それって犯罪なんじゃ…)

4人はまさかの仕事内容に唖然とした。

「ククク…驚いてるな…さらに説明するとお前らは言うまでもなく未成年。親の同意が必要不可欠だ。そこでお前らに親の印鑑を持ってこさせた。俺がその印鑑を使ってお前らの親になりすまして婚姻届に印を押して署名もする。そうすりゃこいつらは皆、マッサラの鉄道マンだ。カードの1枚や2枚作るのも屁じゃねぇ」

「!?」

「そんなことでその鉄道マン達の借金を回収できるんですか!?」

「「回収できるんですか?」じゃねェ、回収すンだよ!」

「!?」

男の眼光が光る。

「俺たち闇金の客はよ、銀行はもちろん消費者金融からも見放されたブラックリストな鉄道マン・鉄ヲタどもだ。人並み以下のクセにあれ乗りたいこれ乗りたい、あっち行きたいこっち行きたい、鉄道関連の仕事に携わりたいなんてワガママぬかす身の程知らずのクズどもに終止符を打つのが、俺たち闇金の仕事だ…!」

「……」

「ちょっと、さっきからおかしいですよ!!鉄道マンや鉄ヲタ達を身の程知らずのクズだなんて言い放って!!求人票に書いてあるコトと全然違う!!こんなの詐欺、犯罪じゃないですか!!」

絵未が堪り兼ねて立ち上がり男に怒声を飛ばした。

「おい!」

ビクー

男が眼光を絵未に飛ばすと絵未は一転して怖気づいた。

「自分の立場わかってる?」

「立場って…」

「金を稼ぎてェから求人票を見てウチに来たんだろ?本当はわかってるはずだ、世の中金だ。金が全てなンだと」

「そんな…!」

「おい!」

またも男は絵未に眼光を飛ばして会話を遮る。

「鉄道に乗るには何が無けりゃ乗れねェんだ?」

「そりゃあ…乗車券に特急券と…」

「突き詰めれば?それを手にするには?」

「運賃に料金、即ちお金?」

「そうだ。よく言えたな」

絵未はいい心地をしていなかった。

「世の中金が全ては極端じゃねェ!金が無けりゃ電車に乗れねェ、特急や新幹線にも乗れねェ、行きたいところに行けねェ…金の無い奴は鈍行列車にすら乗る事ができねェんだ。歩くしかねェんだよ!」

(なんていう暴論だ…暴論だ…暴論だ…暴論だ…暴論だ…!)

4人は心の中で呆れ返った。

「お前ら電車に乗りたいから金を稼ぎに来たんだろ?その為にちょっとテメーの手を汚すくれーでオロオロすンじゃねェ!!」

(なっ…!)

「なら聞くけどよォ…お前らに罪悪感があるなら何故日常では感じない?」

「はい?」

「それはどういう意味ですか?」

とが聞き返す。

「動物を殺す罪悪感も無く駅弁を食い、自然を壊す罪悪感も無く線路を敷きまくる、今の生活は負担を感じない様にできているから人間が鈍感になる。つまり普段は鈍感でいていざここぞという時に罪悪感が出る。罪悪感を感じるなら鉄道やめればいい話だし、乗りたいなら罪悪感を吹っ切るしかねェんだ!お前らはどうしたいんだ?」

男が選択を迫る。

(うう、暴論だ…暴論だ…暴論だ…暴論だ…!)

(でもお金が必要なのは確か。その為に犯罪に手を染めるなんて…)

4人の心の中が大いに揺れる。

「俺は別にいいんだぜ。このまま他所当たるのも罪悪感に負けちまうくらいならそうしたら?」

男がハッパをかける。

「や、やります…!」

楓が言いかけるも、南が止めに入る。

「待って!私たちにふさわしい本当のチャンスが来るから!あと少しで来るから!必ず来るから待つんだ!その時まで…!」

「フフフ…ふざけたことを……来ねェよ!そんなもん…!」

男は南の制止を振りほどいた。

「無責任に、何の確証もなくよく言うぜ。なんだ?その“待つ”ってェのは?」

男が続ける。

「一体“何”を“いつまで”待つつもりだ?平凡な学生生活といえば聞こえはいいが、半ば眠ったような意識で欝々と“待つ”?冗談だろ?」

「……」

「そういうのを無為っていうンだよ!そんなことをしても、乗りたい列車がゆっくり小刻みに消えていくだけの話だろ……」

(うう…その通りだ…その通りなんだけど…)

―パシッ

楓が南の腕をとる。

「南、この腕は何のためについているの?」

「え?」

「リスクを恐れて動かないなんて言うのは、大人の休日倶楽部に入るべき年寄りたちのすることだよ!年老いた者にとってその手は、これまでの長旅で得た“何か”を守る手、つまり放さないための手よ…だけど…持たざる者、若者がそれじゃあ話にならない!若者は…掴みに行かなきゃだめだっ!」

―バン

楓が親の実印を男に差し出す。

「ちょ…楓…!?」

「でなきゃ道は開かれないっ…!」

「この印鑑が、私達を開放し、未来へ導く……見逃す気なの?この“救い”を……」

「くっ……!」

(救いだって?)

「南、絹、何を躊躇してんの!?」

「掴もう!組んだ腕をほどき、共に掴もうっ…!!」

「迷うことはない!その印鑑と履歴書は私たちの未来そのものなのだから!」

(う、ううっ…もう腹を括るしかないっ)

ーバン

「これ、親の印鑑です!」

「お金の為に協力します!!」

4人の心は金に傾いた。

男に履歴書と親の印鑑を差し出す。

(結局金か…)

「よし!この婚姻届の「妻になる人」の氏名、住所、本籍、両親の名前を記入して、「婚姻後の夫婦の新しい氏」の「妻の氏」にレ点をして、「届出人」の欄に署名押印しろ!その他の欄は俺と債務者どもが書く」

「はい!」

4人は男が差し出した婚姻届に、個人情報を記入し、4人の姓に債務者の姓を変えるのが目的なので「妻の氏」にレ点をし、届出人の欄に署名し、拇印を押した。

「これでよし!お金はこの婚姻届が受理されたら渡してやる」

(ついに犯罪に手を染めてしまった…16年間真っ当に生きてきて…)

(これでおしまいだ…)

(ついにやっちまったなぁ〜)

4人は心の中で良心の呵責に喘いだ。

(フフフ…)

男が薄ら笑みを浮かべる。

「ついでにいい機会だから教えてやる。お前らの毎日って今ゴミって感じだろ?」

「はい?」

「結局金だ!金のある所に切符や特急券が集まる!金のねェ奴はとことん搾り取られ、尊厳まで奪われる」

「そりゃあ……まぁ…」

「だろ?それはな、金を掴んでねェからだ!」

「か…金…?」

(また金〜?)

もはや呆れ気味に南が聞き返す。

「そうだ!金を掴んでねェから毎日がイキイキじゃねェんだよ!頭に靄がかかってンだ!上野東京ラインと横須賀線・総武快速線のグリーン車は“出してもいいような追加料金”の金額にしてあるからみんなこぞって乗りたがるンだぜ。あれが1駅で830円も取るような新幹線だったら誰もわざわざ1駅2駅乗ろうとはしねェ!今のお前らがそうだ!」

「!!」

―プツン

4人の中で何かが吹っ切れた。

「支払いたくても支払えない金額の追加料金にうんざりしているンだ!毎日新幹線を見はするだろうが、文字通り高架の上だ!自分には届かない…その乗れないストレスが、お前らから覇気を吸い取る。真っ直ぐな気持ちを殺してく!」

(うう…胸が痛いよ…)

「真っ直ぐ自分の経験にしようと考えられねェ…ハナっからあきらめてあげく…ラストランにすら間に合わない」

「……」

「この仕事はそんなお前らの負け癖を一掃するいいチャンスだ…人生を変えろっ…!」

「!!」

「よろしくお願いします!!」

4人は男に深々と頭を下げた。

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