夢置き場
うなかん
夢(1)
真夜中に駅前から家へと向かっていた。自分以外に人の姿は見えない。ひとりっきりで交差点の信号に立ち、青に変わるのを待っていた。車道に車の影はなく、走行音すら聞こえてこない。飾りを取り払われた夜本来の静けさに怖気が首をもたげた。
信号を待っていると子どもの声が聞こえてきた。自分の右方向に伸びた歩道の遠くからだった。ここ最近は夜中になると、「きゃっきゃっ」という子どものはしゃぐ声がどこからか聞こえてくる。いったいどこで何が騒いでいるのだろうかと思っていたが、まさかここで声の主に遭遇するとは思ってもみなかった。声のする方を見ようと思ったが、顔をそちらに向けるのは、自分の存在を相手に意識させてしまわないかと思い、少しためらわれた。それで自分は眼球を可動域の限界まで動かし、顔は正面のまま視線だけで右方を捉えた。
横目に、光に包まれた異様に小さな人影が映った。六人いた。こちらへ歩いてきている。まっすぐ立った大人の腰に届かないぐらいの背丈で、そのシルエットは全体的に丸っこく、人を象ったクッキーみたいな形だった。
子供の声が耳に入る。それは今まで聞いた「きゃっきゃっ」というものではなく、確かな意味を示す人間の言葉だった。
「こんな時間に人間って珍しいね」
「でも僕たちの方がノートはいっぱい取ってるもん」
「この街について知ってることが多いだけだ」
危機感と焦燥が冷たい波になって、頭の奥から背筋に走った。自分の存在を奴らは認識している。なんなら多かれ少なかれ見くびっている。自分はこれは人間の類ではないと直感した。幸い信号が青に切り替わり、自分は道路の向こうへ渡った。そのまま直進した。道は急に狭まった。自分の知らない道だったが、自分の家がこの道の先にあるということを自分は知っていた。
自分の想像を語るなら、あれはホムンクルスや人造人間の類だと思った。生まれつき高い知性や能力をもったものとして設計された存在だ。ノートというのは恐らくその作成者なり管理者なりが生まれたてのホムンクルスたちに教育を施しているのだろう。危機感と恐れが自分の中に瞬いた。もしこの想像が実際のところとある程度でも合致していたなら、彼らは生まれたばかりでまだ幼く、そして幼いがゆえに無邪気な残酷さを奮いうるということになる。自分の体は彼らの好奇心に耐えられるだろうか?
自分はこの道をさっさと抜けたいと思い早足に歩いた。その途中で自分の後方に女の人がいるのに気づいた。偶然同じ道を通る人らしかったが、この人も足を早めているのが伝わってきた。
自分は脇目も振らず歩いた。しかしやがて背後からやんわりと車のライトのような光が差してきた。彼らの光に違いなかった。彼らが自分の後についてきている。
自分は戦慄しつつ道を曲がった。自宅の面する通りに出た。駅前から自宅まではもっと距離があり、経路もただ直進するだけとはいかないはずだが、しかしこのときはあの細長い路地へと全体が省略されていた。自分は足音を立てないように小走りした。普段その通りにある街灯が消えていて真っ暗だった。
なんとか家の戸口にたどり着いた。ドアを開ける直前に元来た道の方を見た。明滅する強い光があの狭い道から溢れた。きゃっきゃっ、と声が響く。あの女性は捕まってしまったのだろうか。
奴らがこの家まで来たらどうしようか。自分は不安を抱きながら暗い玄関で靴を脱いだ。この夜だけでも音も立てず電気もつけず、自分がここにいるという気配を発しないようにせねばならない。しかし真っ暗な家の中で、それは無理なように思えてきた。家々は眠っていて、彼らの存在を知らない。
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