寒い日の入れ違い

奇数七七

寒い日の入れ違い

窓を少し開けただけで、切れるような冷気が部屋に入りこんだ。思わず、寒いと口に出していた。

よほどのことがない限り、本当は窓を開けたくないのだ。彼の住む世界には寒さや暑さはなかった。寒いという感覚を初めて知ったときには少し楽しかった。しかし、5年もここに住んでいると寒さが嫌いになった。この国は一年間の内に必ず寒い時期がやってくる。おそらく、自分は寒さにはこれ以上、適応できないのだろう。これが彼の出した結論だった。

今日で、この寒さから解放される。彼はそのために我慢をして窓を開いたのだった。

やっと迎えがくる…

その時だった。

ピンポーン ピンポーン

玄関から呼び出しのベルが鳴って彼はこの世界に引き戻された。

彼は軽く舌打ちすると玄関に向かった。

「はい。何かご用意ですか。」

玄関のドアを数センチ開けると、真っ白な髭の老人がにこやかに笑っていた。

「お迎えにあがりました」

「お迎え…?」

彼は少し首をひねった。迎えに来るのは窓からではなかったのか。

「もしかして、あなたが…」

彼が言い終わらない内に老人がこくりと頷いた。

「ええ。5年間お疲れさまでした」

老人の言葉に思わず涙がこぼれでた。彼にとってはこの5年間はとても辛いものだったのだ。彼の住んでいた星とは何もかもが違う。日本は彼にとって寒くてたまらなかった。


「よほど、お迎えを楽しみにしておられたのですね。準備はもうできているでしょう。すぐにでも出発しましょう!」

老人はそう言ってにこにこと笑った。


老人が乗るように促したのは、彼にとって始めて見る乗り物だった。箱のような形の椅子を角が生えた動物が引こうとしている。

「僕、この乗り物にのるのは始めてです」

「乗ったことがない方が多いんですよ」

老人はどこか誇らしげだった。


彼と老人が夜空に飛び立った後、彼の住んでいたアパートの隣人が愚痴をこぼしていた。

「まったく。いつになったらやってくるんだろう」

隣人は一枚の紙を投げ捨てた。


チラシにはこう書いてある。


サンタクロース研修 参加者募集

選考期間 5年

行き先 グリーンランド


その時、窓をコツコツと叩く音がして、隣人は慌てて駆け寄った。

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