二十七章 洛陽大戦6 ———陥落———
(まあ思えばこれまで、それなりに楽しめたんだがな)
今まで彼が宿った人物は四人。
最初は、彼ら一族の祖である
二人目は
(まあ人の世とはいえ、わしの世界と大差なくて安心したわ)
その後、宗家は日本へ移住。進藤と改姓し朝廷や幕府に仕ることとなった。
三人目は、日本での中興の祖、進藤宗十郎龍将。当時の官位は
猛者ぞろいだった龍将の時代。彼にとってこれほど心踊る日々はなかった。何より、龍将の人柄に惚れ抜いていた。
結局、その龍将は将軍家家臣三好修理大夫長慶の家臣(つまり陪臣)松永久通らの謀反により、当時彼の主であった室町幕府将軍足利義輝と共に死んでしまった。
そして、四人目が今の宿主である。『鬼神大元帥』と世界中から畏怖された大日本帝国軍大将兼大元帥進藤龍彦の孫である龍二。
龍彦のことを知っている理由は、その当時、彼は分家である
まだ少年だが、この男、龍将と同じくらい───いや、それ以上に面白い。
何せ、一族の中で最も恐れられていたあの紅龍がアッサリと認めたのだ。滅多に宿主を認めることがないあの龍が、である。
今は、どうなるかまだ分からない。だが
(この男・・・・・・化けるやもしれん)
ならば、見届けようではないか。この男が行く末を。
伏龍は彼にかなりの興味を惹かれていた。
───その為なれば、わしは助力を惜しまん
董卓の顔が苦痛に歪んでいた。
十六ある腕の、既に半数が斬り落とされた。
ケタが違う。さっき現れた謎の男もそうだが、この男も次元がまるで違うのだ。まるで人が変わったように。
オマケに、龍爪を持った青龍の相手は甚だ面倒だった。
「進藤流八之舞、居合。雷神ノ太刀・百花繚乱」
伏龍の雷を纏った刃の乱れ斬りにより、彼は腕をまた一本失った。
「ふうぅぅぅぅぅぅんぬ!」
二人を何とか退けると、董卓は全身に力を込めた。
みるみると、彼の傷が快復し、斬り落とされた腕から無数の彼の分身が姿を現した。
「ぐわはははははっ! いくら貴様らでもこの数は相手に出来まい!!」
その様子を、龍二はリアルタイムで認識していた。しかし、見ているだけである。
(すげぇ・・・・・・・・・)
伏龍の駆使する剣閃の数々に言葉を失っている龍二は、眼から彼を通じて入ってくる情報を受け取りながら彼の技を吸収していった。
特に、彼の使う進藤流剣術は、龍二の知らない技ばかりで興味が湧いていた。
董卓が高らかに叫ぶそばから数体があっという間に屠られた。
「おいおっさん。俺達を忘れちゃぁ困るぜ!」
龍一と義輝が太刀の切っ先を董卓に向けて言った。その矢先、また数体の分体が屠られた。
『傍観と洒落込もうと思いましたが・・・・・・助太刀することにしました』
(単に君が楽しみたいだけだろ? とは口が裂けても言うまい)
泰平はそう思ったが、敢えて口にして地獄を見る愚行はしなかった。
「あっ、えっと、その」
「大丈夫です。姫は私がちゃんと守るから」
しどろもどろの趙香に華龍は優しく言い聞かせた。
「フッキー、助けに来ったよー♪」
やはりどこかテンションが天地ほど違っている天龍を、主の趙雲が後ろから両頬を思いっきりぐにぃとつねった。
「貴方はもう少し緊張と言うものを覚えてください」
言葉に怒気が篭っているが、そんな天龍はどういうわけか涙目になりながら
「ひぃひゃひひょひひゅふふん(痛いよ子龍君)」と笑っていた。
『よし、行くぞっ!』
それを見た───天龍と趙雲のやり取りを無視して───龍一らも突撃を開始する。
「青龍や。いつの時代も、仲間とは良いものじゃな」
「全くじゃな」
自然と青龍と伏龍の顔が笑む。いかに世の中が乱れていようと、それは変わらないものらしい。
「それがしらも助太刀致す」
「私達もちょっとは身体動かさないとねぇ~」
聖龍と華龍も加わり、一気に攻勢にでるが、董卓は流石敵総大将だけのことはあり、早々簡単に倒せるほど甘くはなかった。
斬っても斬っても敵はその身体の一片を媒体に次々に複製体を作るのである。
「しっかし、これじゃキリがないな」
「あ゛ーウザッてぇ!」
張飛が怒りをそれらにぶつけるのだが、それだけである。
(ふむ・・・・・・・・・)
伏龍は敵の攻撃を避けながら皆を観察していた。アレは中々面倒なモノである。早く何か対策を立てないとこちらが不利に転がる。
(・・・・・・やれやれ。久々に『アレ』を使うしかない、か)
伏龍は瞳を閉じて『誰か』に合図を送った。
(青龍。例のをやる。皆を遠ざけてくれ)
伏龍が念で伝えたことに青龍は頷き
「お主達、今すぐこの場から離れるのじゃ」
と言った。ほとんどの者が何で? という顔をしているのに対し、趙雲・趙香・聖龍・華龍・天龍・龍一・義輝はその意を悟り協力して皆を退けようとした。
『何で今更?』
という泰平の問いに
「それは見てからのお楽しみさ」
と龍一ははぐらかされ、不満が残ったものの、従うことにした。すぐさま聖龍が結界を張る。
「───」
瞳を閉じたまま、伏龍は何かぶつぶつと口を動かしている。
「とうとう観念したか! まずは貴様からあの世に送ってくれるわっ!」
勝利の雄叫びに似た声をあげ、続けて分身共に行けっと命じた。
分身共が迫り来る中、伏龍は一歩も動くことがない。
「おい、本当に大丈夫なのか!?」
曹操らが声を荒げるも、聖龍らは微動だにしない。むしろ、口元がにやけていてじっくりと様子を見る感じだった。
分身共が伏龍に攻撃をしようとした時である。
「進藤流七式之九、紅蓮爆砕刃・激焦」
龍牙の刀身を紅蓮の炎がとぐろを巻いて包み、龍牙を払うとそれが分身共に襲いかかった。地獄の業火が分身にぶつかると、あっという間にそれらの全身に燃え移り、ものの数秒足らずで全ての分身共を灰一つ残さず葬り去ってしまった。
それは、焼き尽くしたというより、紅蓮の炎の龍が董卓の分身体を食らい尽くしたと表現した方がいいだろう。
そして、それらが二度と現れることはなかった。
「なっ、何だ!?」
驚きの声が上る最中、達子はある疑問が浮かんでいた。
「ねぇ聖龍さん。さっきのアレって紅龍の炎じゃない? 何で伏龍が使えんの?」
「あやつの能力の一つじゃよ。奴は宿主の中におる龍の力を使えるのじゃ」
「そういうことじゃ」
伏龍が振り返った。髪の所々が紅く色づいていて、鐔で造った眼帯が取れ、傷ついた右眼はしっかりと開き、現れた眼は真紅に染まっていた。
「わしの特権ってやつだな」
「そん時は、俺も意識を共有できるってわけだ」
口から発せられたのは紅龍の声だった。
「本来、進藤の人間は、一人につき宿った龍の力しか使えない。
進藤流剣術の第二式は身に宿した龍によって少しずつ型が変わるのじゃ」
「伏龍が宿った者は、簡単にいえば二種類の第二式が使えるというわけだ」
龍二の口から伏龍と紅龍の声が交互にでてくるのが色々不気味だが、成程と頷けるものだった。
「ついでに、我が主龍二の右眼を一時的に見えるようにした。
───いくら万能の力を持つ俺らでも、視力ばかりは治せん」
「まあ、もう幾つかあるんだがな」
伏龍がボソリと呟いた。
その彼は、董卓に振り返ると、龍牙の切っ先を向ける。
「さて。そらそろ終まいにしようかの」
董卓はキッと睨みつける。
「ふざけるな! まだ終っとらんわ!」
言うより早く、床から無数の化け物達が現れる。それを前に、当人は勿論、龍や青龍は董卓を嘲るような笑いをしていた。
「終ったの、あの男」
「そうだねー♪」
「御愁傷様」
当然、彼らがそう結論づけた理由が分からなかった。
「どういうことだ?」
それに、聖龍が静かに答えた。
「まあ、黙って見ているでござるよ」
趙雲、趙香は「まさか?」と思いながらも、今だ信じられず、じっと見ていた。
「進藤流。六式之秘剣、紫焔斬・刹那」
化け物達は何をするということなく、紫と紅の混業火によって一瞬にして消滅した。
「なっ・・・・・・・・・」
「ま、こんなものか」
趙雲は唖然としていた。自分達があれほど苦戦していた化け物を、まさに一瞬にして滅したのだから。
「No.2の紫焔に紅龍の紅炎。これほど強力な炎はないぞ」
「す・・・・・・すげぇ・・・・・・・・・」
「成程、権力者が欲しがるわけだ」
龍一は納得したように頷いた。
「初めて見る君もそう思うだろう? だから、私は記録を工作したのだ」
義輝が言う。
『これが伏龍の力ですか』
「・・・・・・・・・」
くい、くい。
達子の袖を誰かが引っ張った。呉禁だった。
「どうしたの?」
達子が聞くと、呉禁は眼を潤ませて龍二───今は伏龍であるが───を指差した。
達子はニッコリと笑い
「大丈夫。龍二は大丈夫だから心配しなくていいのよ」
優しく彼を抱いてやる。呉禁は彼女の言葉を聞いて嬉しそうだった。
伏龍はゆっくり歩を進める。その眼は据わっていた。
「貴様は道を外しすぎた」
交互に発せられる伏龍と紅龍の口調は冷たいものだった。董卓は恐怖に言葉が出ず、彼が進む度に退く事しか出来なかった。
「その報い、受けてもらおうぞ」
伏龍の両手に、紫紅の炎玉が現れる。
「貴様は一生を地獄で過ごしな」
「ひっ・・・・・・・・・」
「「魔断滅焔獄」」
両手の炎玉が董卓に向かいながらとぐろを巻いて、迫る。そしてそれは一匹の神々しい龍となり董卓に喰らいついた。
「ぎやぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!」
地獄の炎と魔を断罪する紫色の焔に包まれ、董卓は断末魔をあげ、この世から完全に骨の一片も残さず消え果てた。
「冥府で、その罪の重さを知るがいい」
伏龍がさっきまでそこにいた者に最後の言葉を言い放った。
直後、城が大きく揺れだした。
「マズイ、崩れるぞっ」
「落ち着け皆の者。わしか聖龍らの元に集うのじゃ」
「待って、良介がいない!」
慌てる明美に伏龍が告げた。
「わしが迎えに行く。お主らは先に行け」
「承知」
聖龍らは足早にそこか脱出した。
(龍二。お前の友の良介はどこにいる?)
(四階だ。多分)
よし、と頷き、彼らの姿も消えた。
「ちょ、待ってくれよぉ為さぁん。僕まだヘロヘロ」
「んなこと言うとらんと、はよせんと潰れてまうぞ!」
良介らも城の揺れに気づいて現在避難中なのだが、バテバテの良介にはゆっくり走るのが精一杯だった。
そこに、救世主のように龍二が現れた。最初は何だ龍二かと安堵した良介であったが、眼の色や髪の色、雰囲気などが彼とまるで違う。まして、負傷して失明したはずの右眼が開いているのだ。彼は、すぐさま警戒心をあらわにする。
「無事じゃな、お主ら」
「お前は誰だ」
「詳しい話は後じゃ。死にたくなければ、早くわしの元へ来い」
男はそう言う。尚も疑う彼に、男は戸惑っている為憲に眼を向けた。
「為憲や。お主、まさかわしのことを忘れたわけではあるまい?」
「───! アンタ、伏龍かいな!?」
うむと男が頷くと、為憲は「この人は俺らの味方や、言う通りにするんや」と口早に告げた。
良介が近寄ると、伏龍は即座に城を脱出する為に移動を開始した。
「申し上げます! 城が倒壊を始めました!」
数分前に突然敵軍が姿を消したかと思うと、地鳴りが響き、兵士が帝にそう告げにきた。帝が眼をそこにやれば、空を陽が照らし、要塞と呼ぶに相応しき城が内から崩れているように見えた。
「鳳凰、どう見る?」
訊かれた鳳凰はにっこり笑い
「勝ったよ」
とVサインを誇らしげに作った。
「そうか」
フッと帝が笑った。
「戦は終わりだ! 我らの勝利だ!」
帝が拳を突き上げ高らかに叫んだ。
高蘭達は、ちょうど城の南側に避難していた。
「やれやれ。何とか脱出できましたね」
「し、死ぬかと思った・・・・・・・・・」
「お、同じく・・・・・・・・・」
優雅に背伸びする高蘭の横で黄満と陳明は地に手と膝をつきゼェゼェと荒く呼吸していた。
戦闘終了後にのんびりくつろいでいた時に城が揺れ始めたので、全力疾走でここまで逃げてきたのだった。
「まぁ何にしても、勝ったではないですか」
「ま、まぁな」
まだ黄満の呼吸は荒い。
「───彼らも、やっと自分達の世界に帰れるわけですね」
ぽっつり呟いた高蘭の言葉は、二人の耳にしっかりと聞こえていた。
彼らの戦いは終わったのだ。
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