二十五話 洛陽大戦4 ———首魁董卓と『護國神』———
龍二達が城内で激戦を繰り広げている間、地上では実に一週間近くの時間が経過していた。連合全軍と董卓軍の戦況は連合軍にやや有利ではあったが、油断できない。
ある日、趙香は夜空に不気味なほどはっきりと確認できる、黒雲が渦巻き雷鳴轟く城を見ていた。
「彼らが心配ですか? 姫」
華龍が近づいてきてそっと肩に手をおいた。
違うと趙香は首を振り
「そうじゃないけど・・・・・・・・・」
と口ごもる。
華龍はそんな主の気持ちを何もかも見透かしたように優しく語りかけた。
「安心してください。あの子達が早々死ぬわけありません」
そこに、四聖・青龍がやって来た。後ろには、周美ら達子の護衛将隊の姿も見える。
彼女達は本来あの城に行く予定だったのだが、直前に安徳から「彼女の護衛についてほしい」と頼まれた為、已むなくここに残ることになったのだ。
「趙香や。お主の思っていることはよく分かる。が、今はあやつらを信じて戦い抜く他あるまい?」
青龍が言うことは正しく聞こえたので、不安の色を隠せないながらもこっくり頷いた。
「早く寝ることじゃ。明日も早いからの」
それだけ言って去っていく青龍は、若い風貌のくせにどこかえらくジジくさい雰囲気を醸し出しているが今の彼女にはそれがとても頼もしく思えた。
決戦場は地獄を思わせるような光景だった。至る所が戦闘により陥没、破壊されており、その穴の中や四隅には人や『かつて人間だった者』の屍が無造作に転がっていてその凄惨さを助長しているようだった。
(流石ラスボス。強いな・・・・・・・・・)
龍二は大きく肩で息をしながら、眼の前に〝そびえ立つ〟化け物を見上げていた。
(あーちっくしょう。あんだけ攻撃喰らわせといて無傷とかどんだけチート野郎なんだよ)
その化け物には傷一つすらついていなかった。それまで必死に仕掛けた攻撃は全くもって意味を成さなかったといって良い。
化け物の周りには、数十の人間もどきが機を伺いながらジリジリと少しずつ彼に迫ってきている。
(こりゃとんだ貧乏くじだ)
あーあとため息をついて、屈伸する。
紅龍と融合しているとはいえ、反則級に無尽蔵の体力がある相手では、いかに体力自慢の龍二であってもキツイものがあった。
(ありゃ本当に人間か?)
龍爪の穂先をソレに向けているが、体力が無くなってきているのが分かるくらい、龍爪を持っているのが辛くなってきていた。
『(俺もこんな規格外の相手は初めてだ)』
紅龍が相槌を打つ。
ちらっと龍二は横に眼を向ける。
壁にめり込み気絶している明美。人間もどきとの死闘の末果てた孫舞や張耳らの死骸が転がり、それらの横では、今だ戦っている曹操や孫堅らがクタクタの表情ながらも頑張っている。
(助けは求められない・・・・・・完全に詰みじゃねこれ?)
視線を化け物に戻した。
圧倒的威圧感を放っている化け物は、薄気味悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。完全に勝った気でいるのが気に入らないのだが、実際それに近い状況であるので、ぐっと憤りを抑え込む。
(下は大丈夫か?)
あいつらのことだから多分大丈夫だと思うが、心配でならない。
『(龍二、他の奴らより自分の心配だ。今は眼前の敵に集中しろよ)』
(お、おう)
紅龍に窘められ、龍二はそれらの雑念を頭から追い払った。汗を拭い大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(行くぜ、相棒!)
紅眼を輝かせた龍二は化け物に向かって突貫した。
(あ゙ー・・・・・・やっばいわね)
達子の体力は既に限界に達し、今は残り少ない気力のみで頑張っていた。
立っているのがやっとと言うくらい体力を消耗していた。剣を持つ腕はダラリと力無く下がっており、剣先が床についていた。視界も数分前から焦点が定まらず霞み始めている。
明美はかなり前から気絶していて動く気配はない。周りでは、曹操や関羽らが今も必死になって戦っている。
我ながらよく戦っているな、と彼女は思った。女の中では力のある方だが、男から見れば〝そんな大したことはないと自負して〟いた。化け物から見れば、それこそ塵芥か蚤に等しい。その中で、彼女はよく戦っていた。
ただ、体力はもたなかった。もう、意識が朦朧としてきている。瞼が徐々に徐々に重くなりつつあった。
(やっば・・・・・・。でも、こんな所で倒れるわけには───)
その為、後ろから迫り来る敵の存在に気づけなかった。
「・・・・・・・・・?」
ようやくその気配に気づいた時には、相手は既に攻撃体制に入っていたが、朦朧としていた達子の脳は、その者が敵であることを未だ認識できないでいた。
ガキィィン
鈍い金属音が、達子の朦朧とした意識を正気に戻した。
彼女の前には、大河ドラマに出てくるような鎧武士が化け物の攻撃を押さえていた。
武士はそれを跳ね退けると、そのままその者の首を鮮やかな太刀筋で刎(は)ね飛ばした。
鎧武士は達子の顔を見ると、にっこり微笑んだ。
「大丈夫かい、達子さん?」
「あっ・・・・・・えっ、菊さん??」
武士は菊幢丸であった。彼の右手は太刀を握っていたのだが、柄が血で汚れているのを発見した。
「菊さん、それは?」
達子は柄を指差したのだが、菊幢丸はそれに気づくと沈痛な面持ちで沈黙してしまった。
『あぁ、それは私の血ですね』
聞き覚えのある声にギョッとして振り向くと、そこには安徳がいた。ただいつもと違うことに、その身体は空中に浮遊していて半透明になっていることだった。この時、達子は彼がこうなった意味を悟った。
「安徳・・・・・・アンタ」
暗い顔をする達子を見た安徳は何故か笑っていた。
『何を悲しんでいるんですか? これは、ただ単に私の寿命が尽きただけですよ』
途端にげんなりとした顔に達子はなった。
(・・・・・・コイツ、真性のバカだわ)
自分が死んだというのに平然と笑いながら軽くそんなことを言ってのけたインテリかぶれ野郎に、一瞬でも悲しんだ自分がバカらしく思えた。あたしの悲しみを返せバカ徳と言ってやりたかった。
とは言え、龍二に彼の症状を聞く前から薄々勘づいていた。ここに来て以来、戦いの中に身を投じてきた彼の心臓が、成都奪還戦まで何もなかったのが不思議な位だったのだ。
彼の異変に最初に気づいたのは成都城内であった。ある日の夜、なかなか寝つけなくて仕方なく回廊を歩いていると、誰かの苦しむ声が聞こえてきた。
隠れて見ていると、安徳が壁伝いに歩いてきた。しかも、胸を押さえ苦しそうな顔をしながらである。
「彼らに、知られる、わけには・・・あのいかない」
安徳の呻きが、小さく耳に響いた。
(・・・・・・あのバカ)
達子は、唇を噛み締め、ただただ隠れて見ていることしか出来なかった。
彼の症状を知ったのはこの時であった。
『それに、この姿は中々動きやすいのでね』
楽観的ともとれる安徳の発言に、達子は特大のため息をついた。
「アンタ・・・・・・将来絶対大物になるわ」
何でこいつはこうもお気楽的発言が堂々と平然と阿呆みたく言えるのかね、と彼女は額を押さえ呆れ返ってしまう。
「んで、アンタがこうなったってことは、泰平は助かったのね?」
『いやぁ、ほんにゴメンね迷惑かけて』
ひょっこり現れた泰平の霊体に、何となくムカついて、当たらないと分かっていて左ストレートをかます。柔らかい感触と共に泰平は放物線を描き吹っ飛んでいった。
「えっ? あれ? 当たった? 何で???」
『さて、何ででしょうねぇ?』
頭に疑問符を浮かべる達子に、安徳はあくまで他人行儀な返事をする。
『さて、達子さん。まだ行けますか?』
安徳が真剣な表情で聞いてきた。
「えぇ。ヤスぶん殴ったら何か元気でてきた♪」
そう言われてみれば何だか身体が軽い気がしてかつ力が回復しているように思えた。
『どうやら、お役に立てたようで』
赤く腫れた(?)頬を擦りながら寂しい声で泰平が言った。
「その前に一つ質問ー」
『何です?』
「菊さん、蘇ったんだよね? 何とかって札使って・・・・・・あっ」
『あれま。そんなことまで知ってましたか』
『おやおや』
泰平はほんの少し驚き、安徳は別に驚くことなくいつもと変わらない。
「───偶然聞いちゃった」
達子は間の悪そうな顔をしてチロッと舌を出した。
『油断してましたねぇ~』
肩を落として安徳が呟くとそうだねと泰平が調子を合わせる。
『ま、わざとってわけじゃなさそうだしね。隠していたとはいえ気にすることないよ』
「その前に、そんな大事なことをあたしと明美ちゃんに隠してんじゃねぇ!」
『ガフ!』
達子は再び泰平をぶん殴った。
『おやおや、随分と飛んでいきましたね』
「アンタもよ!」
安徳は頭蓋のてっぺんに拳をくれてやった。
『いたた・・・・・・相変わらず容赦無いですね』
「やかましい!」ともう一発拳を今度は鳩尾にくれてやる。
『短気は損気───』
「あ゛? 何か言った?」
こうなった達子はたとえ安徳であっても敵うものではない。何でもないと切り抜けるほかないのだ。
「ところでさ、泰平。アンタ、術使えるの?」
『うん。何とかね』
「札が掴めないのに?」
『そこは聞かないお約束』
「つか、アンタ達の存在も、普通常識的に考えたら有り得ないわよね?」
『それも聞かない方向で』
「まあいいや。じゃあ行きましょう。 当然アンタ達はあたしの護衛と援護よ」
『分かってますよ』
『迷惑かけた分はしっかり仕事するよ』
「では後ろは私が引き受けよう」
「お願いします菊さん」
達子はすっと立ち上がった。『朱鋭』の刀身を真紅の炎が包みこむ。
「それじゃぁ、行きますか!」
『『ほいきた!』』
「おう!」
「「せーのっ!」」
轟音と共に新たに設置されていた分厚い鉄扉が、劉超と龍一によって蹴破られぶっ飛んでいった。恐るべき脚力である。
「おーおー。よう吹っ飛びよった」
「・・・・・・すごい」
「何を感心してるんですか元譲殿。早く助けに行きますよ?」
「そうだった。孟徳───!」
苦戦している曹操のもとへ、夏候惇達は駆け出した。
彼女の声を聞いた曹操の憔悴した表情は喜色に満ち溢れた。
先に勇んで敵に突っ込んで行った関羽に続こうと張飛が一歩を踏み出した時、その姉に後ろから近づくの敵の存在に気づいた。
「姉貴! 後ろ!!」
咄嗟に名を叫んだのだが、相手はもう得物を上段に構えたところであった。
(しまった!)
関羽は妹の声に反応し相手を視覚するも、遅い。
それでも、何とかしようと強引に体を捻ろうとした刹那、急に身体が軽くなる感覚がしたかと思うと、本当に軽くなったようにふっと宙に浮いた。彼女がもといた場所を敵の得物が通り過ぎた。
『大丈夫かい、雲長?』
「えっ・・・・・・・・・?」
そこにいるはずのない者の声を聞き、思わず振り返った。優しい笑顔の男に、彼女は見覚えがあった。忘れるはずのない顔であった。
「兄・・・・・・上?」
霊体の劉備は微笑んだまま彼女を安全な場所まで運んでいきそこに降ろした。
「兄上・・・・・・・・・」
もう一度名を呼ばれた劉備は何だいと笑みを浮かべる。関羽は二度と会えぬと思っていた義兄に会えた嬉しさから泣き出してしまった。
そんな彼女を劉備は頭を撫で自分の胸に寄せた。
「兄貴ィ・・・・・・・・・」
近寄ってきた張飛も、眼に涙を浮かべている。
『すまないな、お前達には苦労をかける』
関羽と同じように、空いている手で張飛の頭を撫でる劉備。
「戦場であんな事していていいのかね? つか、何で幽霊が生身の人間触れんだよおい」
苦笑してツッこむ劉超が隣にいた龍一を見る。
「いいじゃないですか今日くらい。そしてそれは聞かないであげないでくださいな」
そんなことより、と龍一はある場所を指差す。
「早く助けに行かないとね。可愛い弟がもちそうにない」
劉超がそうだなと言うように構える。
「そいじゃ、アイツらのことは任せたぞ」
腰に佩いている刀の鯉口を切り、劉超は一気に走り出した。
『よいのでござるか主? あの者一人に行かせて?』
龍一の意識に聖龍が語りかける。
「おいおい野暮なことを聞くなよ聖龍。あの人は〝世界最強〟の異名を持つ人だよ? 簡単に死ぬわけないじゃないか」
自信たっぷりに物を言う龍一のある言葉に、聖龍はふと違和感を感じた。
『どういうことでござる? 世界最強とは如何なる───』
意味でござるか? そう続けようとしたが、彼が口を開く前に龍一が口を開いた。
「・・・・・・何だよ、お前気づいてなかったのかよ」
聖龍はますますわけが分からず執拗に聞いてくるが、龍一はいずれ分かると一蹴した。 そんな彼に、龍一は俺達は曹操殿達を助けるぞ、と告げた。
ほんのすこしヘソを曲げていた聖龍であったが、主の命にはしっかりと返事をして従う。
助けに行く前に、龍一は異様な力を感じる化け物の所へ向かう劉超をちらっと見た。
「お手並拝見するよ。祖父(じい)さん」
『良介、こないな所で何してんねん?』
為憲が部屋のど真ん中で大の字に寝そべっている良介に声をかけてやると、良介は閉じていた瞼を開いた。
「あれ? 為憲さん、と政義さん? 何でここにいんの?」
起き上がった良介が問うと、側にいた政義が代わりに答えた。
『公方様にちょいと仕事頼まれてな』
ふ~ん、と頷く。為憲が口を開きかけたのを見て、彼は先に話し出した。
「僕は体力回復してたんだ。そろそろ来る頃だから」
二人には意味不明な言い方だった。
『来る? 何がや?』
首を傾げる為憲の後ろで、良介の式神である滿就がぽんと肩を叩く。
『前を見てみな』
『ふぇ?』
間抜けな声をあげた為憲が顔を良介の先にやると、先の戦闘で砕けた床からニュッと何か黒いものが無数伸びているのが見えた。
『何やあれ!?』
「簡単に言えば『諸悪の根元』が残していった思念体みたいなものだよ。まっ、泰平に憑いていたアレと同じようなもんだよ」
成程と為憲は頷く。
それは段々と形を変え化け物へと姿を変えていった。それも、かなりの数となって現れた。
「さて、力も戻ったし、アイツらを永久の眠りにつかせてやりますかね」
『それはいいが、術は使えるのか?』
心配する相棒に、良介は手を振って答えた。
「うん。全く支障ない。完全完璧全快さ」
イェイとVサインを送る良介を見て、滿就はそうかと胸を撫で下ろした。自分達を囲み始める敵を一瞥しながら、為憲は右腕をグルングルン回す。
『ほな、派手に暴れたろうやないかい』
『同感だ為憲。コイツらにはモノスッゴクムカついていたところだったからな。それと、我らが主泰平の弔いをしないといけないしな』
政義はそれまでの鬱憤を表すかのように指の骨を鳴らしている。
(霊体でも指の骨鳴るんだ)
疑問に思うも、今はそんなことを考えているヒマはない。それは頭の隅っこの方においやって、良介は化け物共を睨む。
「僕の陰陽術で君達を成仏させてあげるよっ!」
札を取り出した良介が敵に突っ込む。それに式神三人衆が抜刀して続いた
龍二はたまらず間をとった。
(そりゃねぇよ)
眼の前に存在する化け物に絶望を覚えた。あれだけ攻撃しているのに、傷一つつかないなんてことは現実にはあり得ないことなのだが、それが今現実に眼の前で起こっている。
「グハハハ! この程度か小僧っ!」
(言ってくれるなこの野郎)
その化け物───董卓は高らかな笑いで、神に等しい自分に挑んでいる愚か者を見下ろしていた。
「参ったな、こりゃ」
龍二は苦笑した。ここまで強いとなると、破龍と融合した父龍造並に歯が立たない。いや、下手するとそれ以上かもしれない。
「さて、飽きた故消えてもらおう」
董卓が剣をひっさげ近づいてくる。気持ちを保てる精神が無ければ、彼の威圧的な姿の前に押し潰されていただろう。
───あぁ、これまでかな
もう、アイツの攻撃を受けたり逃げたりする力はこれっぽっちも残ってはいなかった。龍爪の穂先を向けているだけで、龍二は精一杯だった。
迫り来る敵を前に、龍二は穏やかな眼で見ている。すでに覚悟を決めた、そんな瞳である。
だがしかし、敵は彼の数歩手前で足を止めた。
「貴様が死ぬにはまだ早いぞ」
直後、龍二の横を無数の風の刃が横切った。董卓は無数の風刃を避けるのに必死で、龍二のことなど頭に入っていなかった。
「よく耐えたな、白龍」
声の主はそのまま突っ込んでいき董卓に斬撃を喰らわせる。今まで傷一つつかなかった彼の腕に浅い傷がついた。
「マジかよ」
(何者だ、あの男は!?)
龍二と紅龍は驚愕した。
元護衛総隊長劉超は、自分達がかなりの手数で攻撃したのに全く傷をつけることが出来なかった董卓に対し、たった一撃で浅いながらも傷をつけたのだ。
(おいおい、ありゃ本当に元護衛隊の隊長か? 一隊を率いる長にしてはケタが違いすぎんだろうよ?)
龍二は劉超の力を見誤った。これほどの実力の持ち主だったとは思っても見なかった。
しかしこれはチャンスである。龍二は彼がアレの相手を務めて神経がこっちに向いていない隙に体力の回復を図ることにした。
その董卓は、突然現れたこの強敵を内心恐れていた。さっきまでの小僧とは格段にレベルが違った。威圧感、経験、技量、剣技、その全てが彼の常識を超えていた。
それに、この男はまだ何かを隠しているように見える。だが、それが一体何だかよく分からない。
「貴様、何を隠している?」
そんな彼の問いを、劉超は鼻で笑った。
「別に。てか、お前に教える義理はない」
鋭い斬撃が董卓を襲う。
相変わらず劉超の剣撃はどこから来るのか判断がつかない。それどころか、威力や剣速がだんだん上がっているように思える。
「何か・・・・・・すんげぇな、アレ」
(つか、強すぎだろ? ありゃ人か?)
「人だろ? 人じゃなきゃ何なのさ?」
ちゃっかり腰を下ろして休息している龍二と紅龍は、のんびりと彼らの戦いを観戦してお互いに意見を述べ合いながら体力を回復していた。
「さてと、体力も戻ったしそろそろ───」
腰を上げ、攻撃に加わろうとした時だった。
「小賢しいわァァァ!」
「うおっっ!?」
怒りが頂点に達した董卓は自身の全魔力を解放して劉超を攻撃した。魔力は無数の黒き尖状の攻撃物となり、劉超を襲う。
丁度斬撃を見舞った後だったでろくすっぽに防御できるわけない。劉超は何とか直撃は免れたものの、それでも幾つか喰らい壁まで吹っ飛ばされ、壁に激突し粉塵の中に消えた。
その攻撃は、龍二も襲撃した。彼の場合、立ち上がると同時にそれが襲ってきた為、避けることは勿論反応すら出来なかった。
「グフッ!?」
尖状の攻撃物の一つが龍二の腹部を貫通、そのまま壁へ彼を案内し激突した。
「あ・・・・・・っ、ガハッ・・・・・・・・・」
黒血を吐き、ふらふら二・三歩歩いた後、倒れた。
(くそっ・・・・・・油断・・・・・・した───)
彼の意識はそこで途絶えた。
「これで終いだっ!」
龍一の一撃が堕ちた李儒の首を叩き落とした。
「うし、終了!」
この場にいた人間もどきは全て葬り去った。かなり時間がかかったが、被害は思いの外少なく済んだ。
『終ったねぇ~♪』
「・・・・・・天龍殿。まだ、終ってませんから」
ここでも場違いなテンションでいる天龍に、主の趙雲は頭を抱えた。
『・・・・・・お前はもう少し場の空気を読んでほしいでござる』
ぼそりと聖龍が呟く。うんうんと龍一は同調する。
『♪♪♪』
天龍は一人ではしゃいでいた。聖龍の言葉など、全く耳に入っていない様子である。
「なぁ。これが長でよく今まで従って来れたよな、龍って」
「ですね。不思議ですよね」
高満と陳明はそんな不安要素ありまくりの天龍を相棒にしてしまった趙雲の苦労にため息をつくしかなかった。
「・・・・・・子龍、お前今までよく耐えてきたな」
「貴方、立派よ」
哀れむかのように、そっと張飛が趙雲の肩に手をおき、関羽が労いの言葉をかける。
はらりと趙雲の眼から涙が流れた気がした。
「はい・・・・・・・・・」
力なく趙雲が肩を落とす。それを見た曹操らが次々と同情してくる。
「あ゛~こんな時にアレなんだが・・・・・・早く董卓を討たないと───」
と龍一が言い終わる前に、凄まじい轟音が耳を劈いた。
「うおっ!?」
見れば、劉超が無数の黒い尖状物の攻撃により壁に激突して崩れ落ちるところだった。
そして───
それは龍二の腹部をそれが貫通し同じく壁に激突した瞬間だった。
「龍二っ!!」
達子は思わず彼の本名を呼び次の瞬間には駆け出していた。
「天龍殿!」
『は~い♪』
「翼徳、明林ちゃんはまだダメなの!?」
「まだ無理だ姉貴!」
「そこの二人! 彼女を担いで隅の方へ」
「あいよ!」
「妙才、伯符は奴らについていけ! 公明、姜維は俺達の側にいろ」
『承知した!』
「義輝さん、俺と一緒に。アイツの相手をしてください」
「応っ!」
それぞれが互いに声を掛け合いながら自分の成すべきことを開始する。
董卓は動かなくなった相手にとどめを刺さんと攻撃に移ろうとしていた。
「させるかっ!」
その董卓の攻撃を龍一が邪魔した。それに続き義輝や曹操らも董卓の前に立ち塞がった。
一方の達子は、倒れ臥している龍二に寄っていた。
龍二を仰向けにした達子は衝撃を受けた。彼の腹部からはおびただしい量の血が流れ出ているのだ。それを見た時、達子の脳裏にはあの時の出来事が瞬時によぎった。
「龍・・・・・・二」
彼の身体を揺らすも、糸の切れた人形の如く、彼はピクリとも全く反応を示さない。
「ねぇ、ちょっと・・・・・・起きてよ龍二」
何度も揺らし、服が血で汚れるのも構わず彼を抱き上げた。腹部に刺さっていた黒い尖状の攻撃物は既に消えていたものの、そこには赤黒い染みに大きな傷、だらんと下がった腕、蒼白い顔。息もいていないようだ。
冷たかった。
触った彼の身体はまるで氷のようだった。それは、人の最後を暗示しているようであった。
「嫌・・・・・・嫌よ・・・・・・龍二」
大粒の涙を溢しながら龍二の肩を何度も揺する。
「嫌よ・・・・・・もう、こんなの・・・・・・・・・」
何も言わぬ龍二を強く抱き締め、彼女は声を絞り出す。
「ねぇ、眼ぇ開けてよ・・・・・・龍二ぃ」
龍二の身体を破砕された床の上に置き、泰平に習った回復術で彼の回復を試みた。が、一向に彼の意識が戻る兆しはない。
涙も止まることはない。
「アンタ・・・・・・あたしを、守るって言ったじゃない」
いつからいたのか、呉禁が近くで泣きじゃくっている。龍二の頬や腹に彼女達の涙が落ちていく。
「ねぇ、何とか言いなさいよぉバカ龍二ぃ」
そんな二人を泰平と安徳は、ただ宙から見ているしかな出来なかった。
たとえ生前の状態でも、こうなってしまえば何の施しようもなかった。
『僕にもう少し力があれば・・・・・・・・・』
悔いる泰平に安徳はそっと手をおく。
『人間は全知全能の神ではありませんよ。人には限界というものがあります』
安徳とて悔いらないわけではない。だが、受け入れなければならない時が、世の中にはあるのだ。
人間はいずれ死ぬ。逃れられぬ運命。生まれた時からその道を歩んでいる。ただ、迎えるのが早いか遅いかだけだ。その時、残った者はそれを受け入れ、その者の分まで生を全うする。
そう、あの時のように───
それでも、やはり辛いのだ。
『泰平。あの男が何をするか分かりません。警戒しますよ』
安徳が優しく促した。
『───今は、彼らだけにしてあげましょう』
と付け加えて。
『・・・・・・うん、分かった』
淋しい姿でそこをあとにし、適当な場所で怪物が彼らに近づかぬよう神経を集中させた。
「うぅ・・・・・・ひっく・・・・・・・・・」
達子の声は、最早声にならなかった。
「───これで、全部かな?」
滝のような汗を流した良介が傍らにいる滿就に尋ねる。
『あぁ、全部だ』
何千という人外の化け物共を、何百という食人鬼を相手にした。
良介はどっと疲れていた。
「そ・・・・・・っかぁ・・・・・・・・・」
ドサッと良介は倒れた。
『ちょっ、おい、良介!?』
近寄ろうとした為憲を滿就が止めた。
『ちょぅ、何すんのや!』
怒鳴る為憲に政義がシッと黙らせる。
「・・・・・・スゥ・・・・・・スゥ・・・・・・・・・」
「あっ・・・・・・・・・」
良介は心地良さそうに寝息をたてながら熟睡していた。
『寝かせてやってくれ。あれだけの数を相手に刀を振るい陰陽術を限界まで駆使したんだからな』
『・・・・・・せやな』
『そういうことだ。俺はこの辺の警護をしてくる』
滿就は両手を頭に組んで行ってしまった。
「ほいじゃ、俺も行こうかな」
「待てコラ。爆睡しているコイツの守りは誰がするんだ?」
政義の指摘もあり、為憲は渋々そこに残り彼の護衛をすることになった。
その間、二人は生前の話で盛り上がっていた。
「うわっ!」
董卓の攻撃に全員が壁や床に叩きつけられた。その衝撃で気絶する者、呻く者、他人とぶつけられる者が多々いた。
その中で、趙鐐こと進藤龍一と足利義輝は彼の攻撃を全て避けきって間を取った。『
「小煩い蠅共めが!」
董卓が吠える。最も、立っている者は彼ら二人を含めて小数である。
「───」
この圧倒的不利の状況で、龍一はどう戦うか思案していた。
「どうする龍一君。まともに戦えるのはどうやら我々くらいみたいだ」
一緒に駆け寄ってきた義輝に言われ、龍一は後ろを見渡した。曹操や孫堅、張飛、趙雲達はなんとか立ち上がったが、まともに戦える状態には見えない。他の者は残念ながら気絶している。
義輝の言う通りであった。
「・・・・・・どうしたもんかな」
頼みの『彼』が気絶しているとなると、こちらはかなり不利な立場になる。天龍や聖龍には気絶している者達を守ってもらわねばならなかった。
「死ねがいい、虫ケラ共よ!」
董卓の横薙ぎの一閃が彼らに襲い掛かる。とっさに回避行動を取ろうとして彼らは眼を見張った。
(何!?)
いつの間にか、董卓の魔力により作り出されたであろう六本の腕に持たれた剣が自分達目掛けて襲い掛かっていた。彼らの後ろには満身創痍の者達がいた。
退路を断たれた彼らに避けられる手段はなかった。
彼らは覚悟を決め、攻撃が来るのを待った。だが、その攻撃が彼らに当たることはついになかった。
「ナメるなよ、小僧」
突如として董卓の攻撃は不可視の何かに防がれ、それはそのまま董卓の右半身の腕を胴体から切断した。腕は魔力によりすぐに再生したが、董卓は今実際目の当たりにした現象を信じられず、攻撃が放たれたであろう場所に怒鳴った。
「誰だ!!」
そして董卓はその攻撃者の姿を捉えた。
「たかが力を得たくらいで調子に乗るなよ」
その男は
「えっ? 総・・・・・・隊長?」
護衛将隊の劉封が驚きの声をあげる。彼がいたであろう場所にはさっきまで総隊長の劉超が気絶していたはずだった。しかし、そこから姿を現した男は、確かに劉超の面影があるのだが、どこか彼とは違う雰囲気を漂わせていた。
その男は見慣れぬ茶色の服に被り物、見慣れぬ黒い履物という恰好であった。
雰囲気が違う。何と言うか、彼の圧迫するような『気』で押し潰されそうな、そんな感じがする。あまりの『気』の強大さに堪えられず吹っ飛ばされるような、そんな気がした。
「なあ黄龍。もうちょいマシなのはなかったのか?」
その男が宙に向かって何か言っている。しかし、相手の姿はどこにもなかった。
と思いきや、彼のすぐ横に、誰かがその姿を現した。彼と同じ金色の髪と金眼の持ち主で、何とも神々しいその姿はどこか天龍や、趙鐐の聖龍を思わせた。
男はどうやら服装に不満があるらしく、隣の男に文句を言った。
「文句を言うな。お前さんが『戦いやすい服』と言ったらそれしか思い浮かばなかった」
その男は総隊長(?)に平然と言ってのけるが、彼はそれに不満げに反論する。
「道着があったろうがよ黄龍。道着が」
「お前馬鹿か。アレはこんな荒れた場所じゃ不向きだろうが」
やれやれと額に手を当てる黄龍なる男は、男の額にデコピンを喰らわせる。
「いってぇな」
「やかましい。今の状況を考えろ」
敵を眼の前にしながら平然と言い合いを繰り広げている。まるで、董卓のことなど眼中に無いようにである。
劉封は男の言ったある言葉が気になっていた。
「黄龍?」
ふと、近くにいた趙雲を見た。彼も同じ様な顔をしていた。
何故劉姓の男が龍───それも、五大龍の一人である黄龍を宿しているのか。それが不思議でならなかった。
「そんなバカなことが・・・・・・・・・」
趙雲が思わず漏らす。そう、有り得ないことなのだ。一族以外の者が龍を宿すことなど彼はこれまで聞いたことがなかった。
だが現実にその黄龍が眼の前に現れている。それは否定しがたい事実であった。
「誰だ、貴様っ!」
どうやら、董卓も男の存在の変化に気づいたらしい。声が上擦っていた。それと自分を完全に無視しての言い合いに多少腹が立ったのだろう。
それに気づいた男は鼻で笑った。
「あ? 貴様ごとき外道に俺の名を教えるわけねぇだろ」
アッサリと拒否した。
「さて、アレが起きる前に、これまでにやられた奴らの分、きっちりしっかりちゃんとお礼してやらねぇとな!」
そう言うと、男は刀を抜いた。いや、実際董卓にはそう見えた。そうと認識した時には既に右腕の一本が宙を舞っていた。それに気を取られた董卓が己の身体を斬られたことに気づいたのはそのすぐ後であった。
曹操や劉封らは息を飲んだ。自分達では一切傷をつけられなかった董卓の身体に次々と傷を作り出す謎の男の実力に。
「・・・・・・龍一君、あの人は一体何者だい?」
流石の義輝も、この男の力量には驚きを隠せないようだった。
それを察した龍一は、知ったのはここ最近なんですがねと前置きしてから義輝にこう告げた。
「進藤龍彦。かつて『護國神』と謳われ、世界中が恐れた俺の祖父です」
龍一は苦笑いしつつも、それに誇りを持っているようだった。
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